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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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1.懐かしい音色


 ゆらゆらゆらゆら。


 光の届かない海の底を私はひとり漂っていた。

 まるで自分も海の一部になってしまったかのような心地の良い揺れに、ただ身を任せる。


「……ん……華音……」


 声が、どこからか聞こえてくる。

 それと、懐かしい音。もう何年も聴いていない気がする音色。

 これは、ピアノの音……?


「約束しただろう、華音」


 約束……?


「また歌ってくれって、約束したじゃないか」


 歌。

 約束。

 ――うん、約束した。

 帰ってきたら、また歌うねって……。


「答えてくれ、華音」


(響、ちゃん……?)


 こぽこぽと私の周りに小さな泡が立つ。


「ッ、華音!?」


 ピアノの音がぴたりと止まって、懐かしい声が鮮明に頭に響いた。


(響ちゃん、なの?)


 ごぽりと今度は大きな泡が立った。


「聞こえる……。華音、今どこにいるんだ!?」


(私は今、レヴールに……違う世界にいるの)


 ごぽごぽ、ごぽごぽ。

 私の声に合わせるように泡は生まれ、それはどんどん増えて全身を包んでいく。


「違う……い? ……って、……!?」


 無数の泡に邪魔されて、彼の声も次第に途切れ途切れになっていく。

 それでも私は泡の中で必死に呼びかける。


(なに? 聞こえないよ、響ちゃん)


 ごぼごぼごぼごぼ……。


(響ちゃん! 響ちゃん……っ!)


 ごぼごぼごぼごぼごぼごぼ……。


 ついには私自身も泡になってしまったのだろうか、押し上げられるようにどんどん海面へと上昇していき――。




「――ん、カノン?」

「!?」


 急に声が近くクリアに聞こえてパっと目を開く。

 心配そうな瞳が私を見下ろしていた。

 呼吸を忘れていたような気がして、大きく息を吸ってゆっくりと吐きだしてから、その名を呼ぶ。


「セリーン……?」

「大丈夫か? 随分うなされていたぞ」


 薄暗い部屋。木組みの天井。ぎぃぎぃという船体の軋む音。

 ――そうだ。今私は船に乗っていて……。


(じゃあ、今のは……夢?)


 ピアノの音も、懐かしい声も、どちらも酷くリアルだった。

 まるで本当に彼と会話していたような……。


「そろそろ夜明けだが、また気分が悪くなったか?」

「え? あ、ううん、大丈夫。変な夢、見ちゃって」


 言いながら私はハンモックからまず足を下ろしてゆっくりと上体を起き上がらせた。

 このハンモック、簡単そうに見えて実はすごく難しく最初は何度かかっこ悪くひっくり返って落ちてしまった。だから慎重に。


「夢か。誰かを呼んでいるようだったが、例の想い人か?」

「お、想い人じゃないけど。夢の中で話せた気がして……」

「そうか。帰れる日が近いからかもしれないな」


 セリーンが優しく微笑んでいてどきりとする。なんとなく視線を落として私は答える。


「だったら、いいな。――あ、リディは? もうギャレー?」


 元は物置だった暗く狭い部屋を見渡すが、その姿がない。


「あぁ。少し前に待ちきれない様子で出て行ったぞ」


 セリーンが小さく笑って言った。

 窓のない部屋だと今が朝か夜かもわからないが、イディルを出てから10日目の朝が来たのだ。



 幸い、イディルを出てここまで酷く海が荒れることなく、私たちの乗る元海賊船は順調な航海を続けていた。

 と言っても私はやっぱり最初の何日かは船酔いで満足に動くことが出来ず、3日目くらいで漸く船内を移動出来るようになった。

 リディは船酔いは殆ど平気なようで、初日からギャレーでその腕を存分に振るっていた。

 ギャレーとは、船の中のキッチンのこと。

 私たち女性陣は船に乗ってからそのギャレーでほとんどの時間を過ごしていた。特に料理好きなリディはこのままここで寝たいと言い出すくらい気に入ったようだった。私とセリーンの船内での仕事はそんな彼女のお手伝いだ。

 食事は一日2回だが、海賊たち……もとい船員たちは総勢20名ほど。何しろ作る量が多いのでやることはたくさんあった。

 イディルで積み込んだパン、塩漬け肉、チーズ、野菜と豆、その日釣れた魚を使ってリディは毎日のように違う献立を考え、それまで交代で料理をしていたらしい船員たちは皆毎回大袈裟なくらい喜んで完食してくれる。

 ちなみにラグは船員たちと同じ部屋で寝ていて、“働かざる者食うべからず”という船の掟に従い渋々船内の様々な仕事を手伝っているようだった。

 彼と顔を合わせるのは食事時くらいだったが、船員たちと揉めたというような話も聞かないし、うまくやっているみたいだ。


「リディって本当に凄いね。このままこの船専属のコックさんになったりして」

「ありえない話ではないな。お蔭で私も料理の腕が随分と上がった気がする」

「あはは、私も!」


 物置部屋に急遽鍵を取り付けた女性専用の寝室を出て、セリーンと一緒にギャレーへと向かっていると、若い船員さんが2人並んでやってくるのが見えた。

 彼らは私たちに気づくと笑顔で声を掛けてきた。 


「あ、姐さん、おはようございまーす」

「カノンの姐さん、おはようございます!」

「あ、おはようございます……」


 苦笑しながら、私はどう見ても年上の彼らにぺこりと頭を下げる。そして、


「はぁ……」


彼らが行ってしまった後で大きな溜息を吐いた。


「なかなかしつこいな」


 セリーンも呆れた様子だ。


(本当に……慣れないなぁ)




「リディ、おはよう」


 ギャレーに入ると中はすでに食欲をそそるいい香りがしていて、そこにはリディともうひとり先客がいた。

 かまどで大きな鍋をかき混ぜていたリディが笑顔でこちらを振り返る。


「あ、カノン、セリーン、おはよう!」

「はよーっス。姐さん今日は調子どうっスか?」


 リディと背中合わせでパンを切っていた背の高い彼、コードさんが私に訊ねた。

 コードさんは確か“航海士”と言っていたか。船長であるグリスノートの右腕のような存在で、リディにとってはもう一人の兄のような存在らしい。喋り方も雰囲気もとてもマイペースな人で他の船員たちに比べこうして会う機会も多く、私にとって今一番話しやすい人だ。

 なので、思い切って彼に頼んでみることにする。


「あの、コードさん」

「なんスか、姐さん」


 確か25歳だと言っていた彼が私を見て首を傾げた。


「その、『あねさん』って、そろそろやめてもらえませんか?」


 この呼び方に私は今ほとほと困っている。船員たち皆が私のことを『姐さん』『カノンの姐さん』と呼ぶのだ。最初呼ばれたときはセリーンのことだと思い、自分のことだと気づくまでに随分と時間がかかってしまった。

 だがコードさんは少しだけ苦笑して答えた。


「やぁ~、一応船長の命令なんで、俺はそれに従うしかないっスねぇ」

「そうですか……」


 がっくりと肩を落とす。

 ――そう、私を『姐さん』と呼べと言い出したのは、あのグリスノートなのだ。



 出航した日の夜。私は早々に寝込んでいてその場にはいられなかったが、グリスノートは私が嫁というのはオルタードさんや町の皆を納得させるための嘘だったと皆に告げたそうだ。そこまでは良い。でも……。


「だが、俺の嫁候補ってのは変わらねぇからよ。てめぇら手ぇ出すなよ?」


 そう言ってのけたらしく、しかもこれからは私のことを『姐さん』と呼べと命令したらしいのだ。



「兄貴ってばホント抜かりないわよねぇ。私もカノンのこと姉貴って呼んでいい?」

「リディ~~」


 力なくリディの方を睨むと彼女は、あははと明るく笑った。


「うそ。でもいつかそう呼べたらいいなぁとは思ってるわよ」


 そんなふうに悪戯っぽく言われて、また大きなため息が漏れてしまった。


「さ、もうそろそろ皆食堂に集まってくる頃よ。3人とも準備お願いね!」

「うぃーっス」

「あぁ」

「はーい」


 そうして私たちは食事の準備に取り掛かったのだった。



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