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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第六部

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24.楽園

 けれど、彼は納得してくれなかった。

「良いわけあるか」

「でも、どうせもうお嫁さんってことになっちゃったんだし」

 そう返すとラグは眉間の皴を更に深くした。

「条件を思い出してみろ。嫁だけじゃねぇ、子供もだ。お前はふりであいつと子供まで作る気か」

「そっ、」

 かぁっと思わず顔が熱くなる。

「そんなわけないでしょ!?」

「あの野郎も、あのじぃさんもそのつもりなんだろうが」

「そこは、なんとかオルタードさんを説得して……」

 言いながら私は後ろのセリーンを振り返る。でも。

「オルタードを説得するのは難しいぞ」

 そう言われてしまい、また言葉に詰まってしまう。

 と、彼女が溜息交じりに続けた。

「あとは、リディにオルタードの考えを全て話して、彼女から説得してもらうしかないだろうな」

「あ……」

 オルタードさんの出した条件が全部リディのことを想ってのことだということ。

 でもそれを話してしまったら彼女はどう思うだろう……。

 また沈黙が訪れて、私もつい溜息が漏れてしまった。

「セイレーンの秘境がどこにあるかわかればなぁ」

 エルネストさんの言う通りこの近くなのだとしたら、グリスノートもそこまで長旅じゃなくて済む。リディを想うオルタードさんの条件もきっと緩むはずだ。

 私はぼやきながらラグの手元に視線を移す。

「それ見せてもらっていい? 他に何か手がかりないかな」

 ラグからその本……エルネストさんの作曲ノートを受け取り、再び最後のページを開く。

「埴生の宿」と「銀のセイレーンのお気に入り」。私が読めるのはそのふたつだけだ。

 そのふたつの文字をじっと見ていて、ふと気づく。

「エルネストさん、なんで日本語が書けるんだろう」

「は?」

「だって、誰かに教えてもらわないと普通こんなにちゃんと書けないよ」

 達筆とまでは言わないが、漢字も、平仮名も、カタカナもきちんと書けている。

 私はラグを振り向き言う。

「銀のセイレーンとエルネストさんって、もしかして一緒にいたんじゃないかな。やっぱり戦って封印されたなんて絶対間違いだよ」

 ラグはまたそれか、と言わんばかりの呆れ顔だ。

 私は他のページも開いてみる。――セイレーンの秘境の手がかりも見つけたかったけれど、エルネストさんと銀のセイレーンの関係も気になって仕方なかった。

(これ全部エルネストさんが作った歌なんだ。……私がこの世界に来るきっかけになったあの楽譜も、もしかしたら――)

 それにしても楽譜を見ていると、ついそのメロディを口ずさみたくなってくる。歌詞が読めなくて、今は良かったかもしれない。

 ウズウズする気持ちを振り切るように私はラグの方を見る。

「歌のタイトル、一曲ずつ教えてもらっていい?」

 すると彼は仕方ないというふうに小さく息をついてから私の手元を見下ろした。

「《大地》、《海》、《空》、《太陽》、《月》」

 私がページを捲る毎に教えてくれるラグ。

「《雨》、《風》、《楽園》、《花》、《愛》……」

 でも最後、「埴生の宿」直前のページで彼が少し躊躇するのがわかった。

「《死》」

 ぎくりとする。

 そういえば、笛の楽譜にもそんなタイトルの曲があった。

 私は慌てて前のページに戻ってお礼を言う。

「この歌で、エルネストさんは世界を創っていたのかな」

「どうだかな。歌でこの世界を創ったなんて、そう簡単に信じられるかよ」

「だよね……」

 思わず苦笑してしまう。

 ――それではまるで、“神様”だ。

 流石にスケールが大きすぎる。銀のセイレーンがこの世界を破滅へと導くという伝説だって未だに信じられないのだ。

「うーん、この中でセイレーンの秘境の手がかりになりそうなのは……」

「《楽園》じゃないか?」

 後ろのセリーンを振り返る。

「なんで?」

「私たちは《秘境》と呼んでいるが、セイレーン達からしたらそこは《楽園》なんじゃないか」

「あっ!」

 確かにそうだ。私は前に向き直り再びページを捲り始める。

「えっと、どこだっけ」

 するとラグの手が伸びてきてそのページを開いてくれた。

「ありがとう。この歌詞、なんて書いてあるの?」

 訊くと、ラグはそこに書かれた歌詞を抑揚なく読み始めた。



 風が歌い、草木が躍る

 波が歌い、月の橋がかかる

 ここは楽園


 鳥が歌い 綿毛が舞う

 人が歌い、愛を紡ぐ

 ここが楽園



「――風が」

「歌うなよ」

「! う、歌わないよ!」

 ……正直、危なかった。

(なんて綺麗な歌)

 頭の中に流れたメロディもその楽園を描いた詞もとても美しくて、歌えないことが心底もどかしかった。

「鳥が歌い……」

 そのときラグが難しい顔で呟いた。

「例のあの白い鳥のことか?」

「え?」

 ラグが私を見る。

「セイレーンの楽園に、あのグレイスとかいう鳥の仲間がいたんじゃないか」

「あっ!」

 私は声を上げて、ラグの頭に乗るブゥを見上げた。



「んなこと、とっくに気付いてるに決まってんだろ」

 グリスノートに《楽園》のこと、そしてグレイスのことを伝えに一階に下りると、そう呆れ顔で言われてしまった。

 かくんと肩が落ちる。

 彼は昼間私たちが食事をしたテーブルに頬杖をつき、ブゥと一緒にまた嬉しそうに羽ばたいているグレイスを目で追いかけながら続けた。

「コロコロドリは昔この辺いたるところにいたって話だ。それだけで場所の特定は難しいんだよ」

「だが他はどうだ。コロコロドリがいて、海が近くて、あと綿毛が舞う場所だ」

 セリーンが言うと、グリスノートは彼女を軽く睨み上げ答えた。

「この近辺の海岸は全て調べた。綿毛が飛ぶような植物についてもな。だがそんな場所は見つからねぇ」

「そうか……」

 セリーンが溜息をつくと、グリスノートはその視線をラグに移した。

「で、解読は出来たのかよ」

「出来なかった」

「はぁ!?」

 バンッとテーブルに手をつき立ち上がったグリスノートにラグは言う。

「読めると思ったんだが、ダメそうだ」

「んだよ、期待させやがって!」

 大きく舌打ちをして再びグリスノートはどっかり椅子に腰をおろした。

 と、そのとき3人の視線が玄関の方へ集まった。私もそちらを見ると、がちゃりとノブが回りゆっくりとドアが開いた。

「兄貴、いる?」

 恐る恐るというように顔を覗かせたのはリディだった。宴が終わったのだろうか。

「リディ、おかえりなさい。お疲れ様!」

「カノン!」

 私が声を掛けるとリディはその目を大きく見開いてこちらに駆け寄ってきた。

「カノンごめんなさい! 私まさかあんなことになると思わなくて」

「え!?」

 ぎゅうっと手を握られ泣きそうな顔で謝られて驚く。

「エスノさんたち、よっぽど嬉しかったみたいで私何も言えなくなっちゃって」

「あ、あぁ。びっくりしたけど、大丈夫!」

 私は笑顔で答える。お嫁さんの格好にされた件についてリディは何も知らなかったようだ。あの時私を見て驚いた顔をしていたリディを思い出す。

「でも私も、兄貴とカノンが結婚してくれたらそれが一番いいなって思っちゃって……私、カノンの気持ち全然考えてなくって、ごめんなさい!」

「あぁ……うん。大丈夫」

 それに関しては苦笑しながら頷く。

「お酒も、カノンが全然飲めないなんて思わなくて、私自分が好きなお酒出しちゃって」

「あー……」

 それを聞いて身体の不調についても合点がいった。

(ていうか、やっぱりリディもお酒飲めるんだ……)

「本当にごめんなさい!」

「ううん、もう大丈夫だよ」

「おめぇ、まさか嫁は間違いだとか皆に言ったんじゃねぇだろうな」

 そう間に入ってきたのは兄のグリスノートだ。リディは私の手を離しながら辛そうな顔をした。

「あんなに皆喜んでるのに、言えるわけないでしょ」

 それを聞いて思わず溜息が漏れそうになる。おそらくは真逆の意味でグリスノートが息を吐いた。

「ならいいけどよ。俺は夜が明けたらオルタードんとこ行って、こいつを紹介するつもりだからな」

 ぎくりとする。やはりグリスノートはそのつもりなのだ。

「オルタードの前で結婚したふりをするってこと?」

「俺はマジにしたいんだが、このナイトたちがうるせーんだよ」

「ナイトたちって……」

 リディの視線がゆっくりとラグに向かい、彼と目が合った瞬間その顔が真っ赤になるのを私は見てしまった。

(リディ?)

 彼女はパっと彼から視線を外すと、天井付近を仲良く飛んでいたグレイスとブゥを見上げ、赤くなった顔を誤魔化すように口を開いた。

「この子たち、本当に仲がいいのね! こうしてると、まるで綿毛が飛んでるみたい」

「!?」

 皆が一斉に息を呑むのがわかった。リディがそれに気づいてびくっと肩を震わせた。

「な、なに? どうしたの?」

 グリスノートがガタンっと音を立てて立ち上がり、ラグを睨み据えた。

「このモンスターの生息地はどこだ」

 考えたことは皆一緒だったみたいだ。

 ――歌詞にあった《綿毛》とは、ブゥの仲間たちのことなのではないか。

 だとしたら、出会ったばかりのこの2匹がこんなに仲が良いのも納得がいく。

(姿かたちが似ているからじゃなくて、元々仲の良い種族同士なのかもしれない!)

「こいつは……」

 ラグはそう言いかけた口を一旦噤み、もう一度ゆっくりと開いた。

「レーネの近くにあった森の中だ」


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