21.金のセイレーンの伝説
――ガチャリ。
そんな金属音で、私の意識は浮上した。
身体が揺れている。誰かに運ばれている……?
(……誰? ラグ?)
とにかく頭が重くて、目を開けるのも億劫だ。
揺れ方と足音が変わって階段を上っているのだとわかった。
次いで、ギィっという多分ドアが開く音。どこかの部屋に入ったみたいだ。
リディの家、だろうか。
優しくベッドに下ろされたのがわかって、このまま眠っていいのだとほっとする。
せめて眠る前に一言、ここまで運んでもらったお礼を言わなきゃとなんとか重い目蓋を持ち上げて――。
「ふん、目が覚めたかよ」
視界に入った予想外の人物に、私は一気に覚醒した。
「――グリスノート!?」
「よぉ」
その面白がるような笑みを見て焦って起き上がり、ズキリと頭が痛んだ。
「~~っ!?」
なんでこんなに頭が痛いのか、どうして彼に運ばれていたのか、わからないことだらけでとりあえずゆっくりと顔を上げて辺りを見回す。
そこはやっぱり今朝まで使っていた部屋だった。
(――そうだ。ここは元々グリスノートの部屋なんだっけ)
彼はベッドに腰掛け、その肩にはグレイスがちょこんと乗っていた。と、そのグレイスが彼の肩から飛び立ち窓際に置かれた人形の頭にうまく着地した。
他にはラグもセリーンもリディも誰も見当たらなくて、みんなは? そう聞こうとグリスノートに視線を戻した時だ。
「なんだかよくわからねーが、あんたのお陰で夢が叶いそうだぜ」
(夢……?)
にやりとその口端が上がるのを見た。
「礼をしねぇとな」
「え……」
伸びてきた手に軽く顎を持ち上げられて、切れ長の目がこちらに近づいてくる。
(え?)
――バンっ! という物凄い音が響いて舌打ちとともに彼が私から離れていった。
続いてドタバタという階段を上って来るけたたましい足音。そして。
「カノン!!」
「ラグ、セリーン!」
入ってきたふたりの名を呼ぶ。すぐ横でグリスノートが大きな溜息を吐いた。
「朝まで邪魔すんなって言ったはずだが?」
「てっめぇ……っ」
「カノンから離れてもらおう」
ラグの低い怒声とセリーンの冷え切った声。ふたりの手がそれぞれ武器に触れているのを見て驚く。
「おいおい、結婚初夜だぜ? 無粋な奴らだな」
「けっ……!?」
結婚――その言葉で全部思い出した。
そうだ。わけがわからないうちに皆にグリスノートのお嫁さんだと持ち上げられ、彼もそれを否定しなかったのだ。
私は急いで彼から離れベッドから降りるとセリーンたちの方へと駆け寄った。
「カノン、無事だな」
「え? あ、うん!」
私が頷くとセリーンは優しく微笑んで軽く抱きしめてくれた。
ラグもほっとしたように短く息を吐いてからもう一度グリスノートを睨みつけた。
グリスノートはやれやれというふうにベッドに両手をついてふんぞり返り、大きく足を組み直した。
「で? この俺に何か話があるんじゃねーのかよ」
「え?」
「さっき言っただろうが。聞こえてなかったのか?」
「……あっ!」
思い出して声を上げると、ラグがこちらを睨むように振り返った。
「なんの話だ」
「あ、えっと、セイレーンの話が聞きたいなら、今だけ合わせろって、言われて……」
グリスノートが満足げな顔で頷く。
そうだ。なんだかかなり回り道をした気がするけれど、漸く本題に入れるのだ。
と、そのとき。
――!
甲高い歌声が部屋の中に響き渡った。グレイスだ。
その声に応えるようにラグの服からすぽんっとブゥが飛び出た。グレイスも同時に飛び立ち2匹は嬉しそうに天井付近を飛び回ってから仲良く窓際に降り立った。グレイスは再び先ほどの人形の頭に。ブゥはそのすぐ傍らに。
ちっとグリスノートの舌打ちが聞こえて焦る。ここに来てまた不機嫌になられたらたまらない。迷っている時間はないと、私はすぐさま話を切り出した。
「私たちセイレーンのことが知りたいんです! だから、あなたが知っていること全部教えてくれませんか?」
「ふん。全部とは、随分と欲張りだなぁ?」
「特に、金のセイレーンのことだ」
ラグの低音に、ピクリとグリスノートの片眉が上がった。そしてその目が少しだけ真剣さを帯びる。
「金のセイレーン……エルネストのことか」
「やっぱり、知ってるんですね!?」
思わず大きな声が出てしまう。
「銀のセイレーンの伝説は大抵の奴が知ってるが、金のセイレーンについて知る奴は少ない。よく知ってたな」
「オルタードが知っていたぞ」
「オルタードが?」
セリーンがさらっと答えるとグリスノートは瞳を大きくした。
「そりゃ初耳だ……」
あの野郎、と小さく毒づくのが聞こえた。
「まぁ、元々私の父から聞いたようだがな。銀のセイレーンと対をなす存在だと」
グリスノートは一度短く息を吐き、私たちを睨み上げた。
「……なんであんたらはそんなに金のセイレーンのことが知りたいんだ。納得行く理由がねぇとこれ以上は話せねぇな。こちとら長年かけてかき集めたネタだ」
(理由……)
どこまで話していいだろうか。私がそう逡巡していると、
「オレたちは、そのエルネストを捜してる」
そう、ラグが先に答えた。
「捜してる?」
グリスノートがオルタードさんと同じように訝しげに眉をひそめた。
「伝説の金のセイレーンをか?」
ラグが頷く。
「オレは奴のせいで厄介な呪いを受けた。それを解くために奴を捜してる」
「……まるで会ったことがあるような言い方だな」
「会ったことあります! エルネストさんに、何度も!」
私が割り込むと、グリスノートの視線が私に移った。
「へぇ?」
鼻で笑われて私は更に強く言う。
「嘘じゃないです! 幽霊のような姿でいつも私たちの前に現れて、助けて欲しいって」
「……助けて?」
きっと彼にならエルネストさんのことを話しても大丈夫だろう。ラグも止めない。
「エルネストさんはどこかに幽閉されていて、だから助けて欲しいって、私お願いされたんです!」
「……」
グリスノートから先ほどまでの人を小馬鹿にしたような雰囲気が消えた。
彼は少しの間考え込むように口元を押さえ、それからもう一度私たちを見上げた。
「あんたら三人とも、金のセイレーンに会ったことがあるのか」
「私は一度だけだがな。金髪に碧眼の若い男だった」
セリーンが答える。
「いつも薄笑いを浮かべた腹の立つ野郎だ」
「いつも綺麗な笑顔と声で、優しく話してくれます!」
ラグの言葉を訂正するように私は大きな声で言う。
するとグリスノートは再びワルそうな顔を見せ、こちらに身を乗り出した。
「おもしれぇ。俄然興味が湧いてきたぜ。俺も会えるもんなら会ってみてぇ。金のセイレーンに」
「じゃあ……!」
グリスノートは不敵な笑みで続けた。
「あぁ。俺の持ってるネタ全部教えてやるからよ、そっちも知ってること全部包み隠さず差し出しやがれ」
私たちは顔を見合わせる。
(全部、は無理だけど……)
私が異世界から来た「銀のセイレーン」だということさえ黙っていれば――。
「わかった」
ラグがそう答え、私も頷いた。
「よし、決まりだ」
グリスノートはパンっと自分の足を叩いて、ベッドの上で胡坐をかいた。
「これは俺が長年セイレーンについて調べて、自分なりの推測も入ってはいるが。――金のセイレーンは銀のセイレーンによって、その存在を消されたんだ」
「!?」
私は大きく目を見開く。ラグとセリーンも息を呑むのがわかった。
(銀のセイレーンに、エルネストさんが……?)
また頭がズキリと痛んだ気がした。
「銀のセイレーンに、どっかの国の王子が殺されたって話を聞いたことねぇか?」
「あぁ」
はっきりと肯定したのはラグだ。
私も声は出なかったが、頷く。
――それは確か、この世界に来たばかりの頃にラグから聞いた話だ。
「あれは王子じゃねぇ。金のセイレーンのことだ」
それからグリスノートは神妙な顔つきで、彼の知る“金のセイレーン”の伝説を語ってくれた。
◆◆◆
世界を破滅へと導く“銀のセイレーン”。それと対をなす“金のセイレーン”は、この世界を創り出したとされる存在だ。
金のセイレーンは長命で、歌を使いなんでも創り出すことが出来た。――海も大地も、人間も。
金のセイレーンのもと、この世界は歌であふれていた。
だが、“銀のセイレーン”がこの世界に現れてしまった。
金のセイレーンはこの世界を守るために銀のセイレーンと戦い、銀のセイレーンはこの世界から消滅したが、金のセイレーンもその戦いで力を使い切り、伝説とともに封印された。
◆◆◆
「――これが、俺が知る金のセイレーンの伝説だ」
「カノン、大丈夫か?」
気が付いたら、後ろにいたセリーンに支えられていた。
足に力が入らなかった。
「ご、ごめん」
「いや。横になるか?」
「おいおい、そんなにショックだったかよ」
グリスノートが意外にも心配そうな声でベッドから立ち上がった。
「ここ使え。こっちもまだあんたに訊きてぇことがあるんだ」
「カノン」
セリーンにも優しく促され、私は頷いた。
「ありがとうございます」
お礼を言って私たちはベッドの方に移動し、グリスノートはグレイスのいる窓際に寄り掛かった。
――幽霊とは少し違うな。でも……少し正解。
――僕の本体を助けてもらいたいんだ。今ある場所に幽閉されていてね。
彼の綺麗な笑顔が頭をよぎる。
今まで揃わなかったパズルのピースが一気にはまって、スッキリするはずなのに……なんだか吐き気がした。
「だからよ、あんたらが会ったっていうその金髪の男は間違いなく、どこぞに封印されている金のセイレーンだってことだ。こりゃ鳥肌もんだぜ!」
興奮するようにグリスノートが大声を張り上げた。
「……その封印された場所ってのは、わからねぇか」
ラグが訊ねると、グリスノートは待ってましたとばかりにこちらを指さした。
「そこで、“セイレーンの秘境”よ」
「!」
また私たちは一斉に息をのむ。
「そう。今でもそこでは金のセイレーンの復活を待ち望み、セイレーンたちが歌を捧げてるって話だ」




