婚約の回帰
初投稿です。書きたいがままに書いてった産物を供養。
お、お手柔らかにお願いします⋯⋯:( ;´꒳`;):
2026.7.7 誤字報告ありがとうございます!作中の「習熟」については、貴族としてできて当たり前の技術だと認識しているため「習得」のわかるだけ、ではないと判断して使用しております。
公爵令嬢として生まれ、貴族として発生した家の契約に報いる為、今まで努力を惜しんだつもりはない。
しかし、現状は「そんなものはくそくらえ」とでも言うかのように無情であり、無慈悲だった。
「この場をもって、リディア・グロニア公爵令嬢との婚約を破棄し、このサナム・ヴァランディ男爵令嬢と婚約する!」
我が国の次期王となる人の言葉とは思えない、身勝手な宣言。それも、貴族の学院の、卒業記念のパーティで、である。他の卒業生の方々の事をなんだと思っていらっしゃるのかしら?
今思えば、まともに殿下から私に関わるのは初めてかもしれませんわね。手紙も贈り物も、1度だって「殿下」が私に贈った物は無かったもの。初めて頂いたアクセサリーを着けてお茶会に参加した際、殿下に似合わないと仰られてしまったのだから。
本人から贈られていない物を身に付けても意味が無いので贈られたものを御礼のお手紙だけで済ませていたら、いつしか殿下名義の贈り物は届かなくなったのは、私からしたら嬉しい誤算でしたわね。私用に用立られた金銭がどのように使われたかは分かりませんが。
今日のパーティも、本来であれば婚約者である殿下からドレスなどを贈られるものでしたが、お父様と相談したうえで最低限の期間まで打診が無いことを待ったのよね。お父様は予想していたのか、今回は採寸だけで意匠は当日のお楽しみだと言われていましたが⋯⋯ええ、本当に好みのドレスを頂けて私は幸せです。
アイスブルーからダークブルーのグラデーションで、穏やかな海の波のような流れる広がりを持つドレス。フリルなどの装飾は控えめながらドレスに味わいを持たせている。細やかな刺繍は金色で決して下品に魅せない施し、細やかな宝石の煌めきは水しぶきを表しているのかしら? 合わせたアクセサリーは、トパーズが際立つネックレスに、キャッツアイをあしらったブレスレット、そして幼少の頃から愛用しているサファイアとトパーズの髪飾り。⋯⋯流石はお父様ですわね。私の好みのドレスとアクセサリーを纏わせてくれた事は感謝してもしきれません。
「余りにも驚きすぎて声が出ないのか?︎︎だがこれは決定事項だ。お前のような悪女に王妃など務まらん!」
⋯⋯忘れていましたわ。いえ、忘れたかったですわ。できる事なら夢であって欲しかった。流石に返事をしませんといけませんね。さて、どこから入りましょうか⋯⋯。
「婚約、破棄⋯⋯ですか。承知致しました」
「あぁ、たとえ泣いて縋ろうとも、この決定は変わらな⋯⋯何??」
「しかし悪女、ですか⋯⋯私、いつの間にそんな称され方をしたのか存じ上げませんわ」
「いや、まて⋯⋯ん⋯⋯? ⋯⋯サナム嬢を虐げていた癖によく言う!」
「虐げる?」
思わず疑問が口からこぼれてしまいましたが、私が令嬢を虐げるとはどういう事かしら。名を挙げられた令嬢に視線を向けると、酷く怯えた表情が返ってきたが、正直な所彼女に特別何かした覚えはない。元平民という事で何度か貴族の常識は説いたが、覚える気がないので相手にするのをやめた事はある。怯える彼女に気付いたのか殿下が庇った事で仕方なく視線を戻す。
「そうやって睨みつけた所で、事実は変わらんぞ!」
「⋯⋯睨みつけた覚えはございませんが、特別彼女に何かをした、という記憶もございません」
「とぼけるつもりか? 少なくとも、お前が彼女を虐げていた証拠は揃ってる。素直に謝罪すれば、重い処罰にはしないでやろう」
何を言っているんだろうかこの男は。関わるとしたら学院内であり、学生同士のいざこざを王族として処罰しようとしている? その前に一生徒として対処すべきであり、こんな祝いのパーティの席で行うものではない。
「身に覚えのないものを認め、謝罪するなど⋯⋯殿下は冤罪をお認めになるのですか?」
「証拠は揃っていると言っているだろう!!」
「⋯⋯婚約者のいる殿方にみだりに抱きついてはいけない。礼儀作法を習熟すべき。学院を走り回らない。その令嬢に伝えた事はこの程度です。正直、貴族であれば当然の常識を説いただけです」
「いまだに言い逃れができるとでも思っているのか? それだけではないだろう!」
「婚約者でもない令嬢と安易に二人になろうとなさらないでください。学院とはいえ節度を保ってください。婚姻後一年は側室も作れませんので側室候補の情報は教えてください。ご自身の振る舞いを今一度振り返ってください。側近候補の方々と共に一人の女性を囲うのはやめてください。……他になにか殿下にお伝えしたかしら」
サナム・ヴァランディ男爵令嬢への注意より、殿下への注意の方が多いのは何故だろう。彼女と違って生粋の貴族のはずなのだけれど⋯⋯。殿下も予想していなかった言葉のようで、顔を真っ赤にされている。恥をかいたと思うのならば、恥をかかぬように学んで下さればいいのに。
「おい! そいつを取り抑えろ!」
「えっ」
一瞬で景色が変わる。気がついた時には床に押さえつけられ、自由が利かない。後からくる痛みにこれが現実なのだと突き付けられる。押さえつけられた時の衝撃で髪飾りが外れたらしく、視界に映る。私の大切な、思い出の品。
「ん? そういえばお前、いつもソレを付けていたな? 大切な物が壊される辛さをお前も知ることができるかもな! おい!」
それは、つまり⋯⋯壊すつもりなのか、この男は。それも人に指示して、高みの見物なのか。
誰かが近付いてくる足音が、嫌に耳に響く。
壊さないで。私の、好きな人からの贈り物。
じわりと視界が歪んでいく。
泣きたくない。こんな所で、負けたくない。
足音が私の隣で止まった。
お願い、やめて。
「っ⋯⋯」
ちゃり、と音を立てて誰かの手に髪飾りが消えていく。
踏み潰されるのだと息を飲んでいた反動で涙が引っ込んだ。
「おい、何をしている。さっさと壊せ」
「⋯⋯⋯⋯」
殿下の訝しむ声。
⋯⋯何にせよ、私の願いは届かない。
その筈だった。
――ゴッ!!
物凄い音が頭上から聞こえた次の瞬間、体を押さえつけていた圧がなくなった。
一体何が起きたのだろうか?
「失礼」
男性の声が聞こえたと思えば、今度は私は立っていた。いや、正しくは立たせてもらっている。
相手を確かめる為にそっと伺う。⋯⋯美女だ。
高い位置で括られたアイスブルーグレーの髪が光を反射して輝いて見える。少し伏せたその瞳は美しい金色だ。
混乱を極めていると美女が私の方を向いた。
「少し、自分で立てる?」
「えっ、ええ⋯⋯」
令嬢かと思えば、声は男性のそれで。状況が一気に変わっていることもあり脳の理解が追いつかない。周りもそうなのだろう。未だに、この人以外は動かない。
私を支えていた手で、彼は髪留めを付け直してくれる。そしてドレスを軽く払うと、また支え直してくれた。
「これでよし。遅くなってゴメンな。でも、賭けは俺の勝ちだよ、リディア嬢」
「賭け⋯⋯」
「⋯⋯えっ? もしかして、忘れられてる?」
少し悪い笑顔を浮かべていた彼が一気に心配そうな表情になる。首を横に振れば、安心したのか苦笑した。
成長した姿に驚きはすれど、忘れるはずがない。なにせ彼は私の初恋の相手、セルディオ・ベグナット辺境伯爵令息なのだから。
「⋯⋯ありがとう、セルディオ様」
ぐっと涙を堪えながら微笑んでお礼を言えば、彼は私の手を取り口元へ引き寄せる。
「どういたしまして、愛しの婚約者様」
小さなリップ音と共に大きな爆弾が投げ込まれた。おかげでまた涙が引っ込んだ。
⋯⋯いつ私は彼の婚約者になれたのだろうか? いや、不満がある訳では無いけれど、色々状況が変わりすぎて何が何だか分からなくなってしまった。
「ところで、俺が蹴り飛ばしたヤツ。放っておいて良いのか? 当たり所が悪ければ死ぬぞ?」
「!!」
彼の言葉で、世界が動き出した。言葉の綾ではあるが、本当にそう感じたのだ。それと同時に、力を抜いていいのだと安心する。
「っ! 貴様! 何をしたか分かっているのか!」
「暴漢を蹴り飛ばしただけですが、何か?」
「なっ?!」
「何か暴れようとした訳でもない令嬢を無理やり押さえつけるなど、暴漢以外の何物でもないでしょう」
「っ⋯⋯ふざけるな! しかも、婚約者だと?! 馬鹿にするのも大概にしろ!!」
「いや、それはこちらの台詞ですね。我々の婚約が決まった直後に、王命で私の婚約者をかっさらった癖に何を仰るんですか。公爵殿も王命には逆らえない為に、一時的に彼女を譲っていたに過ぎませんよ?」
「⋯⋯は??」
彼の言葉が理解できないほどに殿下は頭の回転が良くないのでしょう。ヴァランディ男爵令嬢も話についていけないのか怪訝な表情ね。
「どうせボンクラ王子が親に決められた婚約者を王妃にする訳が無いと思っていましたから。えぇ、それはもう予想通りで嬉しいですよ。⋯⋯彼女に暴力を振るわなければ、ね?」
︎︎ 穏やかな表情でいて、殿下を見る目は鋭く冷たい。彼に睨まれた殿下は顔を青ざめさせて目を泳がせている。そんな中空気が読めないヴァランディ男爵令嬢は、よりにもよって彼に色目を使い始めた。
「でもでも、その人は私に酷いことを沢山してきたんですよっ!」
︎︎ 涙を滲ませ潤んだ瞳、庇護欲を誘う弱々しい表情で私を下げる。周りの観客達はその姿を見て事実が嘘か判断に迷っている様子だ。
︎︎ しかしそんな中、彼は彼女に一目も向けない。存在を認知しようとしない。ただただ、殿下だけを冷たく見据える。
︎︎ ヴァランディ男爵令嬢は見向きもされないことに狼狽えながらもさらに言葉を紡ぐ。
「ひ、酷い言葉も言われたし、勉強道具なんかも壊されたりしたんです!」
︎︎ 一筋の涙を零しながら訴える彼女は生粋の女優なのかもしれない。少なくとも、観客の一部の男性の心は掴んだようだし、彼女を囲っていた令息達は何とも痛ましそうに彼女を見ていたのだから。
︎︎ それでも、彼は殿下から目を離さない。殿下は何も言葉を発することも出来ずに彼を見るしかできない。
ヴァランディ男爵令嬢も言葉に詰まり何かを言おうと口を開くが、言葉に出来ずに口を閉じるを繰り返している。
︎︎ セルディオ様が小さくため息を零した。
「だんまりですか、噂に違わずボンクラのようで何よりです。それで?︎︎ この騒動の落とし前はどう着けるおつもりですか?︎︎ 陛下を頼ることはできませんよね。彼女との婚約を王命を使ってまで取り付けたのに、その息子が台無しにしたのですから怒り心頭でしょうし」
「な、何を⋯⋯父上がこのような事でお怒りになるはずがない!︎︎ どこの誰かも名乗らぬ不敬者が、偉そうに父上を語るな!」
「⋯⋯だ、そうですよ。陛下」
︎︎ 静かでいてよく通る声で語る彼と、相反して怒鳴るように話す殿下。話にならない殿下の勘違いに、彼も諦めたように別の方に振った。恐らく、パーティのどこかのタイミングで既にいらしていたのであろう、我らが国王陛下に。
︎︎ しん、と静まり返るホールに靴音が響く。彼に導かれるようにして靴音の方に身体を向ければ、酷く険しい表情の国王陛下がこちらに向かって来られている。
静かにカーテシーをしようとすれば、彼がそっと支えてくれた。私の行動に、観客となっていた参加者達も頭を垂れる。
「ち、父上、何故こちらに⋯⋯」
「ベグナット辺境伯から、リディア嬢について忠告を受けていてな。お前がこのパーティで婚約破棄を行う可能性があると言われてしまえば、確認せぬ訳にもいくまい」
国王陛下はため息をつくと、周りに面を上げるように指示を出される。セルディオ様に合わせて面を上げると、他の参加者達も面を上げて陛下と殿下に注目する。
「しかし父上もご存知でしょう?︎︎ その女に、国母たる資格など⋯⋯」
「それはお前だ、馬鹿者」
「⋯⋯え?」
「お前に次期国王としての自覚や素養が足りないから、補うためにリディア嬢との婚約を取り付けたのだ。それをお前は台無しにしてくれた。⋯⋯その男爵令嬢と婚約するのだったな?︎︎ 好きにするが良い。ただし、王族を名乗ることは許さない」
「⋯⋯は?︎︎ いったい、何を⋯⋯」
「廃嫡する、と言っておる。王位継承権だ、国のしきたりだ、などの外野の意見を聞くものでは無いな。無能は無能でしかない。ベグナット辺境伯の言葉に耳を傾けておいてよかったと痛感したよ。第2王子や、第3王子は優秀だからな。あちらに王位は継がせるとしよう」
「な、何故ですか、父上!?」
「父と呼ぶな、痴れ者が。衛兵、この者達を放り出せ。王城に近付けるな。どこで野垂れ死のうが関係ない。国家転覆罪で死刑にしないだけありがたく思え」
国王陛下の言葉にフロアの壁際で気配を消していた兵達が殿下とヴァランディ男爵令嬢を取り押さえた。離せと喚く殿下達を引きずるようにしてフロアから退出していく。ついでと言わんばかりに気を失った令息も連れて行かれていた。
厳しい眼差しでそれを見送った国王陛下が、私に向き直られた。
「リディア嬢⋯⋯いや、グロニア公爵令嬢。我が愚息が迷惑をかけた。すまなかったな」
王族はいち貴族に対して、頭を下げることは無い。国王陛下も少し目を伏せただけだがそれでも謝罪の意は充分に伝わった。私もその誠意にしっかりと向き合う必要がある。
「そんな、畏れ多いお言葉でございます⋯⋯私にも、非がございました」
「良い、ベグナット辺境伯との婚約を無理やり潰した罰だ。お主には苦労をかけ過ぎた。⋯⋯まだ、間に合うのであれば。本来の婚約を王家が支持しよう」
「本来の、婚約⋯⋯でございますか」
言葉の意味を汲み取り損ね、瞬く。ふと、隣で私を支えてくれているセルディオ様に視線を向けると、彼は私の視線に気付き柔らかく微笑んでくれた。
「我が辺境伯家と、君の公爵家の婚約の事だよ」
彼の言葉に、国王陛下に向き直る。先程の険しい表情とは違い、穏やかな表情で静かに頷かれた。
「⋯⋯ち、父は、なんと⋯⋯?」
尋ねる声が震える。しかしそんな無礼も国王陛下は咎めることはなかった。
「王命の婚約に対しグロニア公爵より条件を提示されている。何らかの事象により王命が履行されない場合、娘の心が伴う限りベグナット辺境伯との婚約を成立させるように、な」
何度、涙を堪えれば良いのだろう。感情が追いつかない。それでも私の表情は貼り付けられた笑みのままなのかもしれない。声が震えないように静かに深呼吸をする。セルディオ様に視線を向ければ変わらず笑みを浮かべて私を見ていた。すぐに国王陛下に視線を戻し口を開く。
「そのように、お願い申し上げます」
言葉と妃教育で培ったカーテシーをする。暫くして静かに面を上げれば、父のような表情で国王陛下は頷かれた。
「この場にてセルディオ・ベグナット辺境伯とリディア・グロニア公爵令嬢の婚約を祝福する」
国王陛下の言葉に、場を見守り続けた参加者達が拍手を贈る。暫くして拍手が止むと国王陛下はまた頷かれて参加者達を見渡された。
「ひどい寸劇もあっただろうが、ここは汝らの卒業パーティの場だ。閉会まで楽しむと良い。⋯⋯私は先に、失礼する」
仕切り直しの言葉と国王陛下の退出の意に参加者達全員が礼を執る。国王陛下が退出し、静かにフロアの扉が閉じられる。その音を聞いてお言葉の通り卒業パーティが再開された。
「痛みは、酷くなっていない?」
ずっと側で私を支えてくれていたセルディオ様が、労るように声を掛けてくれる。振り向けば、心配そうに眉を下げて私を気遣ってくれていた。その近さが、本当に彼の婚約者に戻れたのだと実感できた。
そっと彼の腕に手を載せて微笑む。床に叩きつけられた痛みは収まってはいない。でも酷くもなっていない。それ以上に心が満たされていた。
「酷くはなっていないわ。また貴方の⋯⋯ルディの隣に立てて、嬉しい」
「そう⋯⋯私も嬉しいよ。また君の、リディの手を取ることができて」
彼の手が私の手に重なる。見つめ合って今度こそ、心からの笑顔を浮かべた。
本当は後々、王子に名前を付けようとしていたけれど⋯⋯
不要のまま過ぎ去った不憫な王子だった⋯⋯( ˇωˇ )




