第二話「放課後の強制執行」
登場人物
■ 主人公
橘 恒一
哲学的な孤独を愛する高校2年生。
家庭: 母親を亡くし、父親は海外赴任で不在。実家は「ただの寝床」と化している。
苦手なもの: ツナの油っぽさとマヨネーズの過剰摂取が苦手(さくら調べ)
癖: 考えごとをするとき、無意識に左手で前髪をいじる。
意外な一面: 字がめちゃくちゃ綺麗(詩織調べ)。本人は「読みやすければいい」と思っている。
■ ヒロインズ
1. 春野 さくら
恒一の幼馴染。
恒一の呼び方: 「恒一」
得意料理: 恒一が「旨い」と言った肉じゃが。隠し味に白出汁を使う。
苦手なもの: ホラー映画。しかし好奇心に負けてみてしまう時があるのでそういう時は恒一を盾にして見る。
秘密: 実は恒一の家のスペアキーを、自分の家の鍵より大事にキーケースに入れている。
2. 白石 詩織
寡黙な美少女。クラスではあまり目立たない。
話し方: 丁寧な敬語。以前より言葉に詰まることが減り、意思が伝わりやすくなった。
持ち物: 自作のラベンダーポプリを常備。緊張すると指で揉む癖がある。
好きな食べ物: コンペイトウ。ゆっくり溶かして食べる時間が好き。
意外な一面:華奢な腕のわりに握力が意外と強い。図書室の重い棚を一人で動かせる。
3. 小鳥遊 彩音
ツンデレ。
礼儀: 毒は吐くが、他人の家にお邪魔するときの手土産(高級羊羹など)は欠かさない。
好きなもの:みかん。皮をむく技術は職人レベル(?)
秘密: 恒一のノートを写すとき、彼の筆跡を少しだけ真似して書いてみる練習をしている。
4. 小日向 美優
太陽のような「光のエース」バスケ部員。
身体的特徴: 常にいい匂い(石鹸系)がする。パーソナルスペースが異常に狭い。
好きな食べ物: パピコ。必ず誰かと半分こしたがり、恒一に渡すのが日課。
意外な一面: 裁縫がめちゃくちゃ上手い。ユニフォームのほつれを秒で直す。
「……よし。今なら行ける」
放課後のチャイムが鳴り響くと同時、俺は教科書を鞄に叩き込んだ。
狙うは、裏庭へ通じる非常階段だ。ここなら、放課後の部活動へ向かう喧騒を避け、誰にも見つからずに「聖域」である旧校舎の図書室へ逃げ込める。
俺は一人がいいんだ。
昼休みのあの地獄のような相席……。彩音の激辛攻撃、さくらの過干渉、美優の光速アプローチ、そして詩織の震える指。
あんな情報過多な時間は、一週間分の一人でいる蓄えを一瞬で食いつぶす。
「橘くん! 確保――ッ!!」
……背後から、鼓膜を突き破らんばかりの快活な声。
直後、俺の右腕に、温かくて柔らかい、けれど万力のような力強さを持った「何か」が絡みついた。
「……っ!? 小日向、離せ!」
「あはは! 無理無理! 橘くん、今絶対逃げようとしたでしょ。私の『陽キャセンサー』がビンビンに反応したんだから!」
ショートカットの髪を揺らし、美優が俺の顔を覗き込んでくる。
近い。相変わらず、距離感がバグっている。
「……センサーとかいいから、腕を離せ。折れる」
「折れないよー! さあ、行こう! 体育館横の会議室! 球技大会の実行委員会、もう始まっちゃうよ!」
「……俺は引き受けた覚えはない。俺は石なんだ。石は会議に出ない」
「石は喋らないの! ほら、さくらももう先に行ってるよ? 行かないと、さくらが泣いちゃうかもよ?」
「……さくらが泣くわけないだろ。あいつはそんなにタマじゃない」
「あはは! 詳しいね! やっぱり幼馴染! さ、レッツゴー!」
ずるずると引きずられるように、俺は全校生徒の視線に晒されながら廊下を運ばれていった。
「……遅いわよ。いつまで待たせんの」
会議室のドアを開けた瞬間、冷ややかな声が突き刺さった。
長机の端、不機嫌そうに頬杖をついているのは、ポニーテールをいじりながら俺を睨む小鳥遊彩音だった。
「……小鳥遊。お前、なんでここにいる」
「ふんっ。私が聞きたいわよ。あんたみたいな陰気男、リストになかったじゃない」
「あはは! 小鳥遊さんも実行委員なんだよね。バスケ部の備品管理、女子代表でお願いしたんだ!」
美優が明るく割って入る。
「……最悪だ。なんでお前と放課後まで顔を合わせなきゃいけないんだ」
「それはこっちのセリフよ! 激辛の匂いが移るから、あんたは一番端っこに座りなさいよね!」
「言われなくてもそうする」
俺が一番隅の椅子に座ろうとした時、隣の椅子がスッと引かれた。
「恒一、お疲れ様。美優に捕まったんだね」
「……さくら。お前、分かってて放置しただろ」
「あはは、バレた? でも、あんたがこういう行事に参加するの、私、結構楽しみなんだよね。ほら、資料。あんたの分も取っておいたよ」
さくらは、当然のような顔をして俺の隣に陣取った。
彼女の手から資料を受け取る際、指先が触れる。
「……サンキュ」
「どういたしまして。あ、小鳥遊さんもよろしくね。恒一の扱い、結構難しいけど」
「扱いも何も、私はこいつと関わるつもりなんて一ミリもないから!」
「あはは、小鳥遊さん、顔赤くなってるよ? 怒りすぎ!」
美優が手を叩いて笑い、会議が始まった。
だが、会議とは名ばかりの、美優の独演会だった。
「えー、今回の球技大会! スローガンは『燃えろ友情、掴め勝利!』で行きたいと思います!」
「……ダサすぎるだろ。小日向、もう少しひねれ」
「橘くん、厳しいなー! じゃあ何がいいの?」
「……『効率的な運動と、速やかな解散』」
「あはは! 恒一、それ大会じゃないよ、ただの作業だよ」
「……何よそれ。あんた、やる気ないなら帰りなさいよ。見てるだけでイライラするわ」
「俺は最初から帰りたがってる。……なぁ、俺の役割は何だ。早く終わらせたい」
美優がニヤリと笑い、俺の前に大量の名簿を叩きつけた。
「橘くんは、全クラスの参加種目チェックと、ゼッケンの配布担当! 事務作業のプロって、さくらから聞いてるからね!」
「さくら、お前……」
「だって、あんた細かい作業得意じゃん。プラモデルとか作ってる時、怖い顔して集中してるし」
「……それは趣味だ。これと一緒にすな」
美優が俺の肩に腕を回してくる。
「大丈夫! 私が現場で指示飛ばすから、橘くんは私の『トナリ』で支えてくれればいいからさ!」
「……ちょっと! なに馴れ馴れしく肩組んでんのよ、この筋肉娘!」
「えー、いいじゃん小鳥遊さん! 橘くん、意外と肩幅あるし、落ち着くんだよー」
「……あはは、美優、あんまり恒一をいじめないで。こいつ、これでもパニックになってるから」
さくらは笑っているが、俺の制服の裾をギュッと掴む手に、わずかに力がこもった。
……なんだ、この空間。
一人が正解なはずの俺の放課後が、三人の少女の視線と声で、密度を増していく。
酸素が薄い。俺は逃げ場を求めて、無意識にドアの方を見た。
「……す、すみません。……プリント、届けに来ました……」
ドアが少しだけ開き、控えめな声が滑り込んできた。
そこに立っていたのは、白石詩織だった。
彼女は俺と目が合うと、ビクッと肩を揺らし、それからほんの少しだけ、俺にしか見えないような角度で微笑んだ。
「あ、白石さん! ありがとう、そこに置いといて!」
「……はい。……失礼、します……」
詩織は、美優やさくらの勢いに圧倒されるように、足早に去っていった。
だが、彼女が残していったのは、さっきの渡り廊下と同じ「静かな空気」だった。
俺は無意識に立ち上がろうとした。
「あ、橘くん、どこ行くの?」
「……トイレだ。……すぐ戻る」
俺は美優の手を振り切り、会議室を出た。
廊下の角を曲がると、まだそこに詩織が立っていた。彼女は壁に背を預け、胸元を抑えて深呼吸をしていた。
「……白石」
「あ……橘くん。……びっくりした……」
「悪い。……お前、さっきの場所、大丈夫だったか」
「うん。……でも、やっぱり……あの、橘くんの隣にいた女の子たち……すごく綺麗で、眩しくて。……私、場違いかなって……」
「……そんなことはない。あいつらが騒がしすぎるだけだ」
詩織は俺の顔をじっと見つめ、それから一歩、距離を詰めた。
「……橘くん。……会議、大変……?」
「……ああ。地獄だ。……俺は、お前みたいな静かな奴のトナリにいたいよ」
「えっ……。……あ……」
詩織の顔が、夕焼けのような赤色に染まった。
俺は自分の失言に気づき、慌てて視線を逸らす。
「……いや、語弊がある。……一人の時間の方がマシだって意味だ」
「……ふふ。……うん。……分かってるよ。……でも、嬉しいです……」
詩織は、俺の制服の袖を、指先だけで、ほんの少しだけ摘まんだ。
昼休みのさくらよりも、ずっと頼りなく。けれど、美優の万力のような腕よりも、ずっと重く。
「……私も。……橘くんと、二人だけで……本、読みたいな……」
「……気が向いたら、図書室に来い。……貸し出しカード、作ってやるから」
「……はいっ。……約束ですよ……?」
詩織は、今日一番の笑顔を見せて、今度こそ去っていった。
……約束。
俺の人生に、最も必要のない、呪いのような言葉。
なのに、不思議と嫌な気はしなかった。
「……おーい、恒一! 誰と喋ってたのー?」
背後からさくらの声。俺はビクッとして振り返る。
「……何でもない。……トイレだと言っただろ」
「トイレにしては、顔が緩んでる気がするけど? ま、いいや。ほら、会議終わったよ。スーパー、行くよ」
さくらは俺の鞄を勝手にひったくると、先に歩き出した。
「おい、返せ」
「やだ。買い物付き合ってくれるまで、人質ならぬ『鞄質』」
校門を出て、夕暮れの道を二人で歩く。
この距離。この歩幅。
母さんがいなくなったあの日、泣きじゃくる俺の手を引いて、「大丈夫だよ」と言い続けたのも、この小さな手だった。
「……なぁ、さくら」
「んー? なに?」
「……お前、なんで俺の世話を焼くんだ。……俺、お前に何か返したこと、一度もないだろ」
さくらは歩きを止め、夕日に目を細めて俺を見た。
「返してほしいなんて、思ってないよ。……ただ、あんたの隣にいるのが、私にとっての『当たり前』なんだよね」
「……当たり前、か」
「そう。……それに、あんた、放っておくと本当にどこか遠くへ行っちゃいそうなんだもん。……だから、私が繋ぎ止めておかないと」
さくらは笑いながら、俺の腕に自分の腕を絡めた。
昼休みの時よりも、ずっと「雑」で、けれど逃げられない、幼馴染という名の鎖。
「ほら、今日はカレーにするから! 恒一も野菜切るの手伝ってよね」
「……断る。俺は、食べる専門だ」
「あはは、言うねー! じゃあ、ジャガイモ三袋、持って帰ってもらうからね!」
「……重すぎるだろ、バカ」
一人が正解だと思っていた。
誰かを隣に置くことは、いつか来る別れの恐怖を育てるだけだと。
けれど。
美優の強引な誘い。
彩音の不器用な反発。
詩織の静かな約束。
そして、さくらの「当たり前」という名の重力。
俺の「空白」だった隣の席は、今、騒がしくも温かい体温で満たされようとしている。
母さんがいなくなったあの日から、俺がずっと拒んできた「誰かを必要とする自分」が、少しずつ、少しずつ、顔を出し始めていた。
「……さくら。……スーパー、あっちだぞ」
「あ、本当だ! ごめんごめん!」
笑い合う声が、夕闇に溶けていった。
二話投稿させていただきました!
そして同時に3話のほうも完成しているので同時に投稿させていただきます!
これからも「ひとりのトナリ」をよろしくお願いします!




