私が証明できなかったもの
私は長い間、正しいことだけを信じて生きてきた。
証明できるもの、再現できるもの、論理で閉じることのできるもの。それ以外は、私の人生には不要だと思っていた。
そう思うようになったのは、随分昔のことだ。
妻は、私がまだ助教授だった頃に亡くなった。
病室で彼女が何かを言おうとしたとき、私はその言葉を聞き取れなかった。心電図の音と、自分の鼓動の方がうるさかったからだ。
子どもはいなかった。
葬儀のあと、部屋に戻ると、世界は驚くほど静かだった。
それ以来、私は人との距離を数式のように扱うようになった。
近づきすぎなければ、失うこともない。
そうやって、研究だけを残した。
夜の研究棟が好きだったのは、そのせいだ。
誰もいない空間では、孤独が「問題」にならない。
あの猫に出会うまでは。
冬の夜、裏口の非常灯の下に、猫はいた。
白と灰色のまだら模様で、片耳が欠けている。
逃げもせず、鳴きもせず、ただ私を見ていた。
次の日も、その次の日も、同じ場所にいた。
理由を探したが、答えは出なかった。
やがて私は、理由がなくても足が止まることを知った。
ある夜、研究棟の休憩室に置いてあった煮干しを一本、指で折って地面に置いた。
猫はすぐには食べなかった。
私を見て、少しだけ目を細め、それから静かに口をつけた。
乾いた音が、小さく夜に溶けた。
その沈黙が、不思議と心に残った。
私たちは、言葉を持たない関係になった。
名前はつけなかった。
名前をつければ、失う準備をしてしまう気がしたからだ。
吹雪の夜、猫は震えていた。
私は迷った。規則、理性、過去の自分。
それらをすべて無視して、研究室の鍵を開けた。
机の下で丸くなり、猫が眠ったとき、私はふと思った。
あの病室で、私はこうして隣にいられただろうか、と。
研究が行き詰まった夜も、評価されなかった日も、猫は何も変わらなかった。
責めない。慰めない。
ただ、そこにいる。
私は初めて、「役に立たない存在」に救われていた。
春、猫はいなくなった。
探しても、呼んでも、答えはない。
黒板の前で立ち尽くし、私は数式を消した。
失う痛みは、もう知っているはずだった。
それでも胸が痛むのは、私は確かに、もう一度誰かと生きてしまったからだ。
――愛とは、理解することではない。
――失うとわかっていて、なお共に在ること。
証明はできない。
だが私は、生涯で初めて、それを避けなかった。
研究室に差し込む春の光は、遠い日の病室と、煮干しの乾いた匂いをまとったあの猫の温もりを、同時に思い出させた。
夜の研究棟の裏口で、非常灯だけが、もう誰も待たずに灯っている。




