お礼のチョコレート
授業が始まる前、僕は席に座りながら自身のスマホと睨めっこをしていた。
そんな僕に、友人のヤマが「菖蒲ー、何してるん?」と声をかけて来るので、僕は「良さそうなスイーツ屋さんを探してて……」と伝える。
するとヤマは、ハッとした表情を浮かべたかと思えば「女か……? ついに菖蒲も?」と嬉しそうに言って来る。
「今度ダブルデートしようや!」そう言ってウキウキとしながら隣に座って来るヤマに、僕は「違うよ」と首を横に振る。
「僕のとも、だちみたいな甘いものが好きな人がいるんだけど、その人に貰ってばかりだから、何かお礼をしたくて、流行りのお店を探してたんだよ」
未だ、僕と晴臣さんの関係が分からない僕。
晴臣さんは友達って言ってたけど、友達にしては晴臣さんの事を知らなすぎる。
だからと言って知り合いは、距離がありすぎるし。
とにかく、晴臣さんを友達と呼ぶことに慣れていない。
その事を怪しんだのか、ヤマは「やっぱ彼女やろ?」と言って来るのだ。
「違うよ。そもそも、女性でもないし」
「ふーん。そのために、わざわざインスタ入れたん?」
「まぁ……」
わざわざ友人のために、使い慣れないアプリを入れ、スイーツ店を探すのか。
そう言いたげな目で、ヤマは僕のことを見て来る。
「まぁいいや。スイーツ店か……ここは? この前彼女と行ったけど、美味かったで?」
そう言ってヤマが見せて来た写真に映る店内に見覚えがあった。
僕と晴臣さんが一番初めに行った、パンケーキ屋のお店だ。
僕は「ヤマもこの可愛い空間に行ってたのか……!」と仲間意識を持つ。
僕以外に、あの可愛いで溢れた空間に無理やり連れて行かれた男が居ることに喜んだのも束の間、ヤマの「そう。彼女が食べたいって言うから」と言葉を聞き、一気に敵対意識を持つ。
ヤマは彼女と、僕は晴臣さんと。
ここの違いは大きい。
「俺以外の男おらんし、めっちゃ可愛い空間やったし気まずかったわ。菖蒲もそうやったやろ?」
「彼女と行ったお前と、男二人で行った僕を同じにするな」
「えー、気まずさは一緒やろー」
違う。それはもう比べものにはならないくらいに。
僕は他に、どこか良い場所は無いかと尋ねるも、ヤマは「あんまスイーツ食べに行かんからなぁ」と写真を漁る。
まぁ、そうだよな。僕も、スイーツなんて晴臣さんと出会ってから食べに行くようになったし。
そう考えながら、溢れかえるスイーツの画像をスクロールしていた時だった。
「白井くん、スイーツ屋探してるん?」
突如、澄んだ声が僕たちの会話に入って来る。
僕はスマホの画面から、顔を少し上に向ける。
そこには、同じ学科の鈴宮さんがいた。
普段、同じ学科の女子とあまり面識もなければ、話すこともない僕だが、鈴宮さんの事は認知していた。
と言うか、同じ学科の人間で彼女を知らない人はいないと思う。
彼女は美人と有名だからだ。
認知しているとはいえ、あまり話した事がない彼女が突然話しかけて来たことに驚くも「おすすめの場所ないかな?」と尋ねる。
すると、鈴宮さんは「この間食べに行った、チョコレート専門店のカフェ良かったよ」と教えてくれた。
「チョコレート専門店……!」
チョコレートは、晴臣さんの一番の好物だ。
この前、トゥンカロンを食べに行った時、晴臣さんに聞いたのだ。
チョコレート好きな晴臣さんなら、専門店のカフェは凄く喜びそう……!
僕は「それ、どこにあるか教えてもらえる?」と、立ち上がり、鈴宮さんに尋ねると、鈴宮さんは「あ、口じゃ説明しづらいし、リンク送りたいからライン交換しよ?」と言うので、僕は頷き鈴宮さんと交換する。
直ぐに、リンクは送られてき、開くとチョコを使ったメニューが沢山あり、ここなら晴臣さんも喜んでくれそうだと思う。
「鈴宮さん、教えてくれてありがとう」
「白井くんのお役に立てて良かったわぁ。また、知りたかったらいつでも連絡ちょうだい。」
鈴宮さんはそう言うと、友人に呼ばれ友人の元に行く。
そんな鈴宮さんを見送りながら、いつ誘おうかな。なんて考えていると、ずっと僕と鈴宮さんのやりとりを見ていたヤマが「鈴宮さん、可愛い顔してるけど、めっちゃ策士やな。見習わな」と感心していた。
一人で何を言っているんだろうと思うも、僕の頭の中は、晴臣さんをチョコレート専門店に誘うことにいっぱいで、それどころではなかった。
「――晴臣さん、空いている日はありますか? でいいのかな……?」
鈴宮さんに教えてもらったその日の晩、僕は早速、晴臣さんに予定を聞こうとしたのだが、何て聞けばいいのか分からず、送ろうと決めてから30分経っていた。
いきなり、空いている日を聞くのはおかしいかな? でも、チョコレート専門店に行くって事は、内緒にしときたいし……。
僕は、こんなに誰かを誘うのは難しいものだったっけ? とベッドに横なり、スマホのトーク画面を眺める。
ヤマとかと遊ぶ時は「明日、⚪︎時暇?」とか簡易的なやり取りで済むんだけど、相手が晴臣さんだからな。
そもそも、僕なんかが気安く晴臣さんを誘ってもいいのかな?
そう、時間が経つに連れ、だんだんと頭の中での会話が増えていき、僕はもういいや! と「晴臣さん、空いている日はありますか?」と送信する。
送ってしまった……。
そう思ったのも束の間、既読が直ぐについたのだ。
「は、早……! って、電話……!?」
何故か、晴臣さんから電話がかかってき、僕は迷う暇もなく反射的に電話を取る。
「も、もしもし……」
恐る恐るそう言うと、スマホの向こう側から「ごめんな、いきなり。電話のほうが早い思って。今大丈夫やった?」と晴臣さんの声が聞こえて来る。
スマホ越しの晴臣さんの声は、いつもと少し違っていて、耳元でする晴臣さんの声が少しくすぐったく思えた。
「いえ、大丈夫です。」
「良かった。時間言うてくれたら、いつでも空けるけど、どうしたん?」
晴臣さんの言葉に、この感じは一日空いている日を聞いているって伝わってないな。
そう思った僕は「あ、あの……晴臣さんと行きたい所がありまして……晴臣さんが行ける日を聞きたいんですけど」と言う。
どこに行くかは言わなければ、サプライズにはなるだろう。
僕の言葉を聞き、何故か無言の晴臣さん。
僕は「聞いてますか?」と問うと「……っあぁ、ごめん。まさか、あやめんが俺を誘ってくれるとは思わんくて。嬉しくてつい驚いてしまっててん」と返って来る。
その声は心なしか、優しく嬉しそうだ。
僕は何故か恥ずかしくなり「す、少し離れている場所で、電車を使わないといけないので、朝からがいいんですけど……」と話を進める。
それやったらと、晴臣さんは自分が車を出すから車で行こうって言ってくれた。
晴臣さんにお礼をするために行くのに、晴臣さんに車を出してもらってもいいのだろうか?
いや、良くないよな。
僕は「大丈夫です」と断ると、晴臣さんは「そう?」と言うと、空いている日を教えてくれる。
「それでは、今週の土曜日、朝の9時にトミーの前で」
結局、晴臣さんは「いつでもいいで」と僕の大学の休みの日に合わせてくれ、今週の土曜日に行く事になった。
僕は「お休みなさい」と言うと、晴臣さんも「お休みあやめん。あったかくして寝えや」と言ってくれ、電話は切れる。
いっつも、晴臣さんは別れ際とかにお母さんみたいなことを言うな。
いつまでも僕のことを子ども扱いだ。僕ももう直ぐ20歳だというのに。
僕はベッドに横になると、そう言えば、晴臣さんと電話したの初めてだったな、と考える。
晴臣さんの声がいつもより近くて、何か…………いや、いやいやいや。
僕は、体を横に向ける。
晴臣さんを無事に、誘えて良かった。
晴臣さん、喜んでくれるかな? 喜んでくれるといいな。
それから日にちは経ち、晴臣さんとチョコレート専門店へと行く約束をした、土曜日になった。
「あやめん、おはよう」
朝9時、約束通りトミーの前にやって来た僕は、僕を見て笑顔で手を振る晴臣さんに「おはようございます」と返す。
晴臣さんは約束通り、車ではやって来なかった。
「電車で行くんやんな? どこに行くん?」
駅までやって来た僕と晴臣さん。
乗る線を確認している僕に、晴臣さんが横からそう聞いてくるので、僕は「秘密です」と返す。
「秘密なん?」
「はい、そうです」
慣れない大阪の線を確認する横から、晴臣さんが話しかけてくるので、返事が適当になってしまう。
そんな僕に晴臣さんは「ふーん。一体どこに連れて行かれてしまうんやろ〜、怖いわぁ」と言いながらも、どこか楽しそうで、そんな晴臣さんを見て凄くご機嫌やなと思う。
何とか線を確認することができ、電車に乗ることができた。
晴臣さんは「電車なんか、何年ぶりやろ」と窓の外を見る。
「普段、電車使わないんですか?」
「基本、車やな」
そりゃ、あんな高そうな車あったら、車を使うか。
それに、車運転するの好きそうだし。
そう思いながら、隣に座る晴臣さんを見ると、窓の外を見ながら楽しそうにしているので、乗り物が好きなのかな? と思う。
「でも、ほんまあやめんから、連絡来た時はびっくりしたわ」
「そんなにですか?」
「だって、こっちから連絡しな、あやめん連絡くれへんやん? 連絡しても素っ気ないし、ずぅーっとあやめんの方から連絡くるの待ってたのに」
そう、うざ絡みをしてくる晴臣さんに僕は「だって、いつも意味わからないスタンプ送ってくるじゃないですか。どう返せばいいかわからないんですよ」と答える。
晴臣さんはいつも、訳がわからないスタンプを送ってくるのだ。
一番意味がわからなかったのは、ショートケーキに手足が生えてるやつだ。
あれを一体どう言ったテンション感で送って来ているのか、本当にわからない。
「あの変なスタンプ、自分で買ってるんですか?」
「変?」と凄く驚いている晴臣さんは「可愛ない?」と聞いてくるので、僕は「全く」と答える。
「えー、可愛いと思うねんけどなー。あれは、うちの若いのから貰ったやつやで。流行ってるからあげるって、流行ってないん?」
「……ヤクザの若い人たちの間では流行っているんじゃないですか? 知りませんけど」
それから僕たちを乗せた電車は、目的地の駅へと着く。
「――あ、あった!」
駅から徒歩すぐの場所に、目的地の場所はあり「ここです! 来たかったの!」と指差すと、晴臣さんは「ここ……チョコレート屋?」と驚いたようにお店を見上げる。
僕は晴臣さんの方を向くと「ここが、今日僕が連れて来たかった場所です。前におおきに倶楽部のライブに連れて行ってくれたお礼と、いつも、スイーツを食べに連れて行ってくれるお礼、にと思いまして……」とここに来た理由を説明する。
僕の話をずっと黙って聞いていた晴臣さんは、口をポカーンとし、驚いている様子。
そんな晴臣さんに僕は「あの、聞いてますか?」と聞くと、晴臣さんは「……わざわざお礼するために、調べてくれたん?」と聞いてくる。
「え……ま、まぁ……流行りとかわからないんで、大学の友人に教えてもらったんですけど……」
そう言うと、晴臣さんは口元に手を持って行き、ははっと笑うと「めっちゃ可愛いことするやん」と言った。
その表情は、凄く嬉しそうで、思わず恥ずかしくなる。
晴臣さんは僕の肩に腕を回すと「俺のために探してくれて、サプライズしてくれたん? えー、めっちゃ可愛いねんけど、しかも一番好きなチョコって」と嬉しそうに言うと「あやめん、俺の事めっちゃ好きやなぁ」と言うのだ。
僕はすかさず「なっ……! 何でそうなるんですか……! お礼ですよ! お礼!!」と言い返す。
だが、何を言っても、今のご機嫌な晴臣さんには届かず「そうそう、お礼やな〜」と軽く流されてしまう。
そんな晴臣さんを睨みつけていると、晴臣さんは「でも……」と言うと、僕を見る。
そして、柔らかく優しい笑みを浮かべると「ほんまに嬉しい、ありがとう」とお礼を言うので「どう、いたしまして……」と素っ気なく返すも、喜んでもらえたようで凄く嬉しかった。




