ちゃんと分かってる
「あーやめん! 今日、何時にシフト終わるん?」
いつものように10時ぴったりに店にやって来た晴臣さんの元へ、注文を取りに行くと、裏がありそうな笑みを僕に向けて来る。
この感じはもしかして……と思いながらも「15時までですけど……」と答える。
「おっけ! 15時ね!」
「あの……前みたいな可愛い店は行きませんからね」
もう、あんな気まずい思いをしながら、食べるのはごめんだと、晴臣さんを見ると、晴臣さんは「大丈夫やって! 今度はちゃんと男もおる所やから!」と言う。
だが、前回のことがあるので、俄には信じられない僕は、晴臣さんを睨みつける。
「――ほな、15時な!」
晴臣さんは、会計を済ませるとそう手を振り帰って行く。
結局、行くことになってるし……何て思いながらも、結局僕も行くのだけど。
そして時間は15時になり、店の外に出ると、この間と同じように、店の前で晴臣さんは待っていた。
「……可愛いところは行きませんからって言ったら、大丈夫って言いましたよね」
「うん。やから可愛くないし、男もおるやろ?」
「十分可愛いじゃないですか……」
晴臣さんの言葉を信じ、連れて来られたのは動物の形をしたスイーツが売りのカフェだった。
動物の形をしたスイーツが売りなのもあり、やはり店内は、前回までとは行かないが可愛いものになっている。
確かに晴臣さんの言う通り、僕たちの他にも男性客が居るが、やはり、いかつくガタイのいい晴臣さんは誰よりも目立っている。
「信じた僕が馬鹿だった……」
そう言う僕に晴臣さんは「あ、見て! にゃんにゃんカップケーキやって! これ頼みいや!」とメニューを見せて来る。
「何で僕が……」と言いながらも、メニューを見るとそれはそれはとても可愛らしい猫の顔をしたカップケーキが載っていた。
その猫と目が合い、数秒見つめ合っていると「可愛いやろ? あやめんに似てる」と前から聞こえた気がするが無視しておく。
「――て言うか、前にも言いましたけど、やっぱりこういう場所は女性と来るべきでは? 絶対野郎二人で来る場所じゃないですよね?」
晴臣さんはガオガオトラさんパフェを、僕はにゃんにゃんカップケーキを食べている時、ふと思った事を口にする。
晴臣さんは目が死んでる自分一人でこういった場所に入ると通報されると言っていたけど、僕と二人でも通報はされないものの、変な目では見られる。
晴臣さんは「まー、それはそうやけど」と言うと、ホットミルクチョコを一口飲む。
そんな晴臣さんに僕は言う。
「もしかして、女性の知り合いいないんですか?」
その瞬間、飲んでいたホットミルクチョコでむせる晴臣さん。
そして咳き込み終えると「何でそうなんねん」と言うのだった。
「いや、だって。頑なに僕のこと誘うじゃないですか。だから、女性の知り合いいないのかなと」
そう言って僕は、カップケーキを一口食べると、晴臣さんは「あのなぁ」と言い返してくる。
「あやめんは知らんかもしれんけど、俺とデートしたいって女の子、めっちゃおるねんからな! 俺がどれだけこれまでの人生モテてきたか!」
自分で言うか……? そうジトっとした目を晴臣さんに向けると「あ、その目信じてないな?」と言ってくる。
「なら、その人たちを誘えばいいじゃないですか。喜んで来てくれますよ」
僕はそう言って、アイスコーヒーを飲むと、晴臣さんは「そりゃ、喜んでくるやろな。俺が誘えば二つ返事や」と言うと、僕のことを真っ直ぐ見るので、僕も見返す。
すると、晴臣さんはふっと笑うと、僕の顔に手を伸ばし、口の横を拭い言うのだ。
「それでも菖蒲くんのこと誘うんは、俺が菖蒲くんと一緒に行きたいからや」
「え……」
驚き、口からストローが離れる。
晴臣さんは「クリーム口についてたで」と言うと「あ、流石に舐めへんからな」と手をお絞りで拭く。
だけど僕は、その声は耳には届いていなかった。
口についていたクリームを拭われた事へと恥ずかしさからか、それとも僕と一緒に行きたいからと言われた事への嬉しさらからか。
とにかく、耳の先まで熱く、赤くなるのがわかった。
「だ、だからって、毎回可愛いところはやめてください。……気まずいです」
それが精一杯の反抗だった。
何とも子どもっぽい反抗だろう。
晴臣さんは「そうやな。あやめんに嫌われたら嫌やし、可愛いところはやめとくわ」と優しく笑う。
そんな晴臣さんはあまりにも大人っぽく、僕は少し悔しかった。
「そう言うあやめんは、彼女おんの?」
「はっ……? 何ですか急に」
「俺ばっかり、女性関係バラすの不平等やん?」
何が不平等なんだか……そもそも僕は、晴臣さんに彼女の有無は聞いてない。
そう思いながらも「いま、せんけど」と答える。
そんな僕の返事を聞き「まぁおったら、こんなおっさんとスイーツなんか食べに来てへんか」と言う。
「おったことは?」
「……ありますけど。て言うかもういいでしょ、この話」
「えー、面白いやん、恋バナ」
何でこんな女性客ばかりの可愛いお店で、野郎二人で恋バナしないとダメなんだ。
そう思いながら残しておいた、猫の耳の部分のチョコを食べる。
すると晴臣さんは「何で別れたん?」と聞いてくる。
まだ続いていたのか。
と言うか、何でそんなに聞いてくるんだ。
僕は「言いませんよ、そんなプライベートなこと」と返すと、晴臣さんは「まぁそうやけど」と最後の一口のフレークを食べる。
そんな晴臣さんを数秒見つめた後、僕は「……何考えているかわからないって言われたんです」と言う。
「え?」
「別れ、と言うか振られた理由。昔から感情が表に出ないと言いますか、感情と表情が見合わないと言いますか。僕は彼女のこと、本気で好きだったんです」
「だから、自分なりに行動で示したつもりだったんですけど、結局、何考えているか分からないって、結局浮気されて振られました」
やばい、話してしまった。
せっかく、食べに連れてきてくれたと言うのに、重い話を……それも、過去の彼女との事とか。
絶対、面倒くさって思われた……。
そう、話したことを後悔し「すみません、急にこんな暗い話……」と謝ると、晴臣さんは「いや、何であやめんが謝るん? 俺がしつこく聞いたから話してくれたんやろ。むしろ謝るのは俺の方や、ごめんな」と申し訳なさそうに言う。
そう、慌てている晴臣さんが新鮮で、僕は少し面白くなる。
「いえ……。聞いてもらえて、少し気が楽になりました。別に元カノの事はもう、どうも思っていないんですけど、別れた理由を誰にも話していなくて、自分の中でずっと引っかかっていたんで……」
「聞いてもらえて、むしろスッキリしました」
どうしていきなり、晴臣さんにフラれた理由を話したのか。
あまり分からないけど、いつの間にか口から出ていた。
僕の中で引っかかっていると言うか、刺さっている〝何を考えているか分からない〟と言う言葉に対して何か慰めて欲しかったのか。
定かではないが、聞いてもらえ刺さっている何かが取れた気がした。
晴臣さんは「前も言ってたよな、あやめん。表情筋死んでるってよく言われるって」と、もう空になったパフェの器の中で、スプーンを回す。
そう言えばそんなこと言ったなと頷くと、晴臣さんは言う。
「その時も言ったけど、俺はあやめん分かりやすい方やと思うけどな。ちゃんとよく、あやめんの事見てたら分かる」
「今、ちょっと悲しそうやなとか、嬉しそうやなとか、可愛いもの好きなんやなとか、ちょっと照れてるなとか」
「俺にはちゃんと分かってるから。そんな悲しそうな顔せんといて」
晴臣さんはそう言って、僕のことを困ったように、だが優しく笑い見つめる。
晴臣さんにそう言われて初めて、自分が悲しそうな顔をしていたことも、何を考えているか分からないと言われる事に傷ついていた事も分かったのだ。
そうだ。
僕は昔からそうやって言われる度に、沢山感情と表情が合うように努力した。
何度も繰り返し言われる言葉は、まるで悪いことをしているみたいで、嫌だったから。
けれどやっぱり、感情に表情が追いつかなかった。
ずっと僕が気づかなかった気持ちに、どうして会って少しの晴臣さんが気づいたのだろう。
親や兄弟でも分かりにくいと言う、僕の感情に。
たった一人、自分の事をちゃんと見て、分かってると言ってくれる人が居る事は、凄く心強く、こんなに嬉しい事なのだと、僕は思わずまた晴臣さんの前で泣いてしまいそうになる。
そんな僕に晴臣さんは「泣いてもいいで? いつでも俺の胸は空いてるからな」と冗談めかして笑うので、僕もつられて笑うのだった。
◇
「あーやめん! スイーツ食べに行こ!」
晴臣さんと二回目のスイーツを食べに行った日から、数週間が経った。
あれから僕は、何度も晴臣さんに誘われては、可愛いらしいお店でスイーツを食べるのに付き合わされた。
一番初めの時より、可愛さの基準は下がっているものの、やはり晴臣さんが連れて行ってくれるところは、どこもかしこも可愛い所ばかり。
何度も、今日は断るぞ今日は断るぞと思いながらも、何だかんだ流されるように連れて行かれている。
今日も、いつもと同じ時間に喫茶トミーに来た晴臣さんは、笑顔で僕のことを誘ってくる。
最近はとうとう、用事の有無も聞かず、スイーツを食べに誘ってくるようになった。
今日こそ断るぞと「行きません」とはっきりと断る。
そんな僕に「なんか予定あんの?」と言う晴臣さん。
「別に、予定はないですけど……」
「やったら行こうや。今日行こう思ってるところは、めっちゃSNSで話題らしいで!」
めっちゃSNSで話題とか、絶対嫌やわ。
僕は「嫌です! 絶対行きません!」と全力で拒否するも、晴臣さんは「何でぇや。ずっと一緒に行ってくれてたやん」と諦めが悪い。
「そう、ですけど! もう、気まずい思いしながら食べるの嫌なんです。この前、行ったところ覚えてますか?」
「当たり前やん。店内にお花いっぱい咲いてて、スイーツもお花模してて可愛かったなぁ」
「可愛いかったなぁ、じゃないですよ。隣に座る女子たちになんて言われてたか知ってますか?」
そう問いかけると、晴臣さんは「え、知らん。なんて言われてたん?」と言うので、僕は言う。
「絶対あの二人、ここでダブルデートしようとしてたけど、彼女に直前にフラれたから二人で来たんやで」
「ここ、予約制やし断るの勿体無い思ってんで絶対。やないと、こんな可愛いところに野郎二人でこうへんもん!」
「って」
僕の言葉に、晴臣さんは「女の子の真似上手いやん。」と何故か楽しそうに手を叩いている。
だが、そんな晴臣さんを無視して僕は「しまいには転売ヤーちゃう? ですよ?」と机に手をつき、晴臣さんに顔を近づける。
「まぁ、それは何を転売すんねんって事で、事なき終わりましたが」
あまりにもの僕の圧に、晴臣さんは「さ、左様ですか……」と苦笑する。
「僕はもうあんな事を言われるのはごめんなんです! だから絶対行きませんから!」
そう言うと、晴臣さんは「分かった。今日はもう誘わへんわ」と引く。
そんな晴臣さんに「はい。お願いします」と言うと、晴臣さんは肘をつくと「あーあ。あやめんとスイーツ食べに行きたかったなぁー」とわざとらしく言い出す。
「あやめんと行けるの楽しみにしてたのに、あやめんが反抗期やー」
「違いますけど」
やはり諦めが悪い晴臣さんに「どんだけ駄々こねても行きません」と言うも、晴臣さんは「行きたかったなー、あー俺はあやめんに嫌われてしもたんか」としつこい。
でっかい子どもじゃん。
でも、ここは僕も意地を通させてもらう。
行かないと決めたからには絶対に行かないのだ。
そう、絶対に。
「あやめん、見て。トゥンカロンってめっちゃでかいマカロンやねんな」
色とりどりのトゥンカロンを見て、もの珍しそうにする晴臣さんを見て、僕は何をやっているんだろ……と遠い目をする。
結局僕は、晴臣さんに負け、トゥンカロンを食べに来てしまったのだった。




