選択
東京に行ってる間、菖蒲くんから連絡は無かった。
まぁ、予想はしてたし、そうなるように東京に行くって連絡はせんかってんけど。
自分で菖蒲くんと距離をとった方がいいって菖蒲くんと離れようとしたくせに、東京で菖蒲くんへの土産を買うわ、会いたくなるわで。
やから千歳のことが落ち着いてから、あの日、賭けでトミーに行った。
もし、トミーに行って菖蒲くんがおったらもう一度、いつものように菖蒲くんと会おうと、おらんかったら、もう二度と連絡もせんし、会わへんって。
そう思い、トミーに入った。
トミーに入ると、友達と一緒にトミーに来てた菖蒲くんと目が合う。
その時〝良かった〟と心の底から安心してる自分がおった。
そんな自分勝手な行動をしたからバチが当たったんやろう。
『……晴臣さん。しばらく会うのはやめましょう。連絡も……』
菖蒲くんからそう言われた時、一気に周りの音が聞こえへんくなり、目の前がぐらつくような感覚に至った。
『ほんまに言うてるん? それ』辛うじて出たその言葉はいつもより低く、自分でも分かるほど動揺が隠せていないのが分かる。
頷く菖蒲くんに『何で急に……俺、なんかした?』と言うも、思い当たる節しかない。
やけど菖蒲くんは『……晴臣さんは悪くありません。僕個人の問題です』と俯く。
そんな菖蒲くんに理由を聞くも、菖蒲くんは教えてはくれず、モヤモヤとした感情が出て来る。
菖蒲くんが何を考えてるかはわからへん。けど、確実に俺に問題がある。
『そもそも、僕は普通の学生で晴臣さんはヤクザじゃないですか! 本来なら、こうして会うこともおかしいんですよ……!』
そう菖蒲くんはズボンをギュッと掴みそう言う。
何度もこうなる事は予想してた。
菖蒲くんの言う事は正しい。
菖蒲くんは普通の学生で、俺はヤクザの人間。
本来、俺が菖蒲くんと会う事も、一緒におりたいと望むことが間違いやって事も分かってる。けど
『菖蒲くんのことが好きやから、菖蒲くんのこと手放せへん』
そう縋るように言った言葉。
けれども菖蒲くんは『……今はその気持ちに応えられません』と応えてくれる事はなかった。
菖蒲くんに伝えるつもりはなかったけど、離れて欲しくなくて、縋るように伝えた菖蒲くんのことが好きやって言う言葉。
生まれて初めて、誰かに側におって欲しいと、離れんといて欲しいと願った。
けどそれは叶わず、生まれて初めてフラれると言う経験をした。
そして一度フラれてるにも関わらず、往生際悪く、菖蒲くんにこの先の事をもう一回考えてと、半ば強引にお願いする。
酔った菖蒲くんが『僕ばっかり好きみたいで。晴臣さんのことで悩むのも疲れた』と言った言葉に期待を込めて。
そして、菖蒲くんとの約束してた日から2年が経った。
『晴臣ー!』
組長宅でスーツに着替えていると、お嬢が勢いよく部屋の襖を開けてくる。
お嬢がいきなり開けてきたのに「きも。着替えてるんやったら言えよ」と言って来るのは日常茶飯。
「お嬢がいきなり開けて来るからでしょ。で、どうしたんですか? 今俺忙しいんですけど」
そう言いながらシャツを着、ボタンを閉めると、お嬢が「え? 晴臣どっか行くん?」と聞いてくる。
「昨日言ったやないですか。明日は大事な用があるって」
「え〜……せっかく晴臣に、大学に行く用の服買うの連れてってもらおう思ったのに」
お嬢は春から大学に通う事になっており、一人暮らしも始める。
親父は反対してたけど、結局、親父がおれた。
「まぁいいや。高良に連れてってもらお」そう言って部屋から出て行くお嬢。
そんなお嬢に続け、ジャケットを持ち部屋から出る。
外に出ると春の陽気が流れており、懐かしい思い出が頭をよぎる。
『あ、あの……!』
2年前の春、初めて菖蒲くんとトミーで会った日、店から出た俺の後を菖蒲くんが追いかけて来る。
あぁ……トミーの。と思ってると、菖蒲くんは『あの……ハンカチ……忘れて行かれたので……!』と恐る恐るハンカチを差し出してくる。
どうやら席にハンカチを忘れてたらしく、それに気づいた菖蒲くんが届けに来てくれたらしい。
わざわざハンカチを? あんなに怖がってたのに。
初めて会った菖蒲くんは、ヤクザと分かった瞬間、顔を青ざめさせながら配膳をし、会計をしてた。
それやのに、たかがハンカチやのに、忘れてたからと追いかけてまで届けてくれるん、いい子やな。
ハンカチを届け終わると、菖蒲くんは『で、でわ……』とぎこちなく言い、慌てて帰って行こうとする。
怖いんやったら、ほっとけばいいのに。
そう思うとおかしくなり、俺は気づいたら『ありがとう』と菖蒲くんに向かってお礼を言ってた。
その声に、菖蒲くんはビクッと肩を揺らし、ゆっくりと振り返ると頭を下げ、慌てて走って行く。
何や可愛らしい子やな。と思い、菖蒲くんが届けてくれたハンカチを眺める。
今でもそのハンカチは使ってる。
今思えば、その時からやろう。菖蒲くんの事、気になってたんわ。
そんな懐かしい出来事を思い出しながら、組長宅を後にする。
◇
僕は昔からこれといって、なりたいものや、したい事などそう言ったものがなかった。
これが好きとかアレが嫌いとか、そう言ったものもなく、ただ何となく生きていた。
それのせいか、昔から感情が表情に出ることがなく、何を考えているかわからないと言われていた。
そしてそれは、大学生になった今でも変わらず、何気なく日々を過ごしていた。
大学に通い、友人と遊び、たまにお笑いを見に行って。
そんな何気ない日々が嫌だったわけではない。
けれどふと、このまま僕は夢や希望もないまま、何となく大人になり、何となく過ごすのかと考えていた。
そんな時、晴臣さんと出逢った。
僕の何気ない日々に突如入ってきた晴臣さん。
初めは、僕のことを振り回し、ぐいぐい来る、意味で関わったことがない様な人である晴臣さんを怖かったり、戸惑ったりした。
けれど、不思議と嫌ではなく、むしろ楽しくいつの日から晴臣さんと一緒にいるのが当たり前になった。
それくらい、僕にとって晴臣さんと言う存在は大きかった。
人生は選択の連続だ。
時に小さく時に大きいかもしれないその選択は、選んだものによっては、その後の人生を大きく左右する。
けれど、それらに答えはなく、後悔をしても後戻りもできない。
そんな中で、大事な選択が迫られた時、僕は一体どう言った選択をするのだろう。
そして、夢もなく、やりたい事も何もない、今まで何気なく生きてきた僕に、そう言った選択をするときは果たして来るのだろうか。
そう思っていた時、晴臣さんに選択を迫られた。
そして僕はあの日、人生で一番と言っても過言ではない選択をしたのだった。
「菖蒲〜! 皆んなで写真撮るって!」
晴臣さんとの約束の日から2年が経ち、僕は大学の卒業式を迎えていた。
慣れないスーツに身を包む中、式を終えた僕たちは、学科の人たちや、お世話になった先生たちと話に花を咲かせていた。
学科の皆んなで写真を撮ると、僕を呼びにきたヤマ。
僕は「今行く」とヤマの後に続く。
僕たちの卒業式の日、桜は満開で、空には雲ひとつなく、絶好の卒業式日和となった。
そんな春空の下、写真を撮ってもらう僕たち。
「先生ー! イケメンに撮ってや!」
そう言うヤマに、先生は「任しとき!」と張り切って写真を撮る。
その瞬間、これまでの大学生活が一気に蘇ってくるようで、これで最後か……と感慨深くなる。
「あぁ……俺まじ泣きそうやわ」
写真を撮り終えた時、ヤマは突然そう言い出し、ミヤが「珍しいな」と言うと「もう、学生やなくなるやん? 社会人とか嫌すぎて泣きそう」と言う。
「何や、そう言うことか」と呆れるミヤに、僕は「分かる……」と返す。
僕たちは無事、晴れて4月から社会人となるのだが、まだ実感が湧かない。
「ほんま労働とか嫌やわ。一生学生のままがいい〜、ミヤ養って!」
「何でお前を養わなあかんねん」
そう卒業式でもふざけた話をしていた時「相変わらず、賑やかやな」と言う声が聞こえてくる。
声の下方を振り返れば、鈴宮さんがおり「鈴宮さん」と僕は声をかける。
鈴宮さんとは、一緒にお笑いに行く事はなくなったが、同じ学科なのであの後もそれなりに関わりがあり、今でもよく話したりする仲だ。
鈴宮さんは「白井くん、一緒に写真撮ろ〜」と言い、それを見たヤマが「くっそ……! 羨ましくなんかないからな!」と歯を食いしばり言う。
「めっちゃ悔しそうやけどな」とつっこむミヤ。
鈴宮さんは「後で皆んなでも撮ろね〜」と言い、ヤマは「よっしゃぁあ!!」と喜ぶ。
そんなヤマを見て「アホ」と言うミヤの横で、僕は苦笑いを浮かべる。
「そう言えば、3人はこの後食べに行ったりするん?」
鈴宮さんの言葉にヤマは「いや? 俺は彼女と待ち合わせしてるから」と答える。
そんなヤマに続けミヤは「俺は家族で旅行に行く予定」と答える。
「そうなんや。白井くんは?」
「僕も人と会う約束してて」
そう言うと、鈴宮さんは「そうなんや。皆んなで卒業旅行は行かへんの?」と聞いてくる。
「もちろん行くで! 北海道に!」
「北海道! いいなぁ」
「鈴宮さんも卒業旅行行くんだよね?」
僕がそう聞くと、鈴宮さんは頷き「この後な。福岡行って食べまくろ〜って」と言う。
「福岡か〜。俺明太子食べたい! 菖蒲、ヤマ、また行こ!」
ヤマの言葉に僕とミヤは頷いた時、鈴宮さんは友人に呼ばれ「ほな、またどこかで」と行ってしまう。
そして僕たちも、それぞれ約束があるので「またな」「またね」と別れる。
それぞれ違う企業に勤めるため、今までみたいに会う回数は減るだろう。
そう思うと、寂しくもあるが、一生会えないわけではない。
それに直ぐに旅行で会うしね。
そう思いながら、スマホを確認すると、通知が来ており僕は急いで待ち合わせの場所へと向かう。
ちょっと、遅れちゃった……。そう思いながら、待ち合わせの場所にやって来たが、姿が見えない。
どこに居るんだろうと、辺りを見渡していた時。
「菖蒲くん」
そう僕の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声を聞き、僕はパッと後ろを振り返る。
すると視界一杯に、綺麗な花たちが見える。
「わぁ……!」と驚く僕に、その人は「びっくりした?」と白い歯を見せ笑う。
「晴臣さん!」
僕がそう名前を呼ぶと、晴臣さんは「卒業おめでとう、菖蒲くん」と優しい声で、祝いの言葉を送ってくれる。
2年前のあの日、僕は晴臣さんとの約束の場所へ行ったのだ。
そして、晴臣さんとこれからもずっと一緒にいると言う、選択をしたのだった。




