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迷い



 『ここです! 来たかったの!』




 どうやら目的地に着いたらしく、菖蒲くんは目の前の建物を指しては、嬉しそうにそう言って来る。


 菖蒲くんの指差す先を見たら、そこにはずっと行きたかったチョコレート屋があり『ここ……チョコレート屋?』と驚く。



 『ここが、今日僕が連れて来たかった場所です。』とこの前の、お笑いライブとスイーツを食べに行くお礼だと言う菖蒲くん。


 そんな菖蒲くんに『……わざわざお礼するために、調べてくれたん?』と聞くと、菖蒲くんは『え……ま、まぁ……流行りとかわからないんで、大学の友人に教えてもらったんですけど……』と照れたように言う。



 何やそれ……。


 

 『めっちゃ可愛いことするやん』と人目も気にせず、思わず菖蒲くんの肩に腕を回してしまう。




 『俺のために探してくれて、サプライズしてくれたん? えー、めっちゃ可愛いねんけど、しかも一番好きなチョコって』


 『あやめん、俺の事めっちゃ好きやなぁ』


 『なっ……! 何でそうなるんですか……! お礼ですよ! お礼!!』




 そう必死に言い返して来る菖蒲くん。


 どんな理由であれ、菖蒲くんがわざわざ探して連れて来て来れたんが嬉しかった。




 『ほんまに嬉しい、ありがとう』




 そう改めてお礼を言うと、菖蒲くんは『い、いえ……喜んで貰えたみたいで、ヨカッタデス』と照れたように言う。



 ――あかん。先から頰ゆるみっぱなしや。


 自分でも分かるくらい、ニヤケが止まらん俺に、菖蒲くんは『やめてください。ニヤニヤするの』と恥ずかしそうにする。



 自分で連れて来たのに、照れてんの可愛いなぁ。とか思ってたら、頼んだスイーツが運ばれて来、早速食べ始める。




 『待って、あやめん。これめっちゃ美味いで……!』




 しばらく食べ進めた時、追加で頼んだチョコケーキが想像以上に美味く、菖蒲くんにもあげたいと、そして少しからかいたくなり『はい』と菖蒲くんにフォークに刺したケーキを向ける。


 その行動に『え゛』と驚く菖蒲くん。



 『ほら口開けて』と言うと『じ、自分で食べられます……!』と顔を赤くする。


 そんな菖蒲くんを見て『そんな照れんでも〜。ほらほら、口開けて〜』と楽しむも、これ以上は怒られそうやからやめとこ。



 そう思った時、菖蒲くんはフォークを持つ手を掴んだかと思ったら、フォークに刺さったケーキを自分の口に持って行く。


 その予想外の菖蒲くんの行動に、柄にもなくこっちまで照れてしまう。



 今の不意打ちはずるいわ……と思うも、悟られへんよう『何や食べたかったんやん、どう美味しいやろ?』と平然と振る舞う。


 菖蒲くんは『……味、分かりませんでした』と顔を真っ赤にし、口元を押さえ視線を逸らす。



 自分からあんな大胆な事して、照れてるやん。


 そんな菖蒲くんを見て、俺も更に照れてしまい、耳が赤くなんのがわかった。




 『――ずっと熱烈な視線向けて来てどうしたん?』




 お花摘みから戻って来ると、菖蒲くんが眉間に皺を寄せ、じっと見て来るもんやから、何や怒らせてしもたんかと思ってたら、返ってきたのは『いえ。でかいなって思ってただけです』やった。


 それだけであんな怖い顔する? 何て思いながら『あやめんは何センチなん? 身長』と聞く。



 『172です』と聞き『ふーん。俺とあやめん15センチ差か』と返す。


 すると菖蒲くんは『小さいって思ったんでしょ?』と睨んでくる。



 全くそんなことは考えてなく『いや? ち・ょ・う・ど・え・え・な・って思っただけ』と返すと、菖蒲くんは分かってない様子。


 菖蒲くんには伝わらんか。早すぎたかな〜。



 そう考えてると、更に菖蒲くんは『言っときますけど、僕は平均身長ですからね。』と言って来る。



 『知ってるけど?』と返すと、菖蒲くんは『あれ?』と言いたげな表情を浮かべる。



 気づいてへんな、教えんとこ。と考えていると、菖蒲くんは『こんな話をしている場合じゃなかった。』と会計をしに行く。




 菖蒲くんが今日は奢ると張り切ったところ悪いけど、やっぱり、学生に奢らすわけにはいかへんわと、先に会計を済ませていると、菖蒲くんは『……晴臣さん、僕に甘すぎじゃないですか?』と言って来る。


 

 これくらいで甘すぎとか……まだまだ甘やかしたりひんねんけどな。


 ほんま可愛いな、菖蒲くん。



 菖蒲くんは今日は素直に『ありがとうございます』とお礼を言うと『でも、次は僕が奢りますから』と言う。


 菖蒲くんは分かってないやろうけど、菖蒲くんが次って言ってくれる事が、俺からしたら一番のお礼に何ねんけどな。



 まぁ、そう言っても、菖蒲くんは俺にお礼をしてくれようとするやろうけど。


 張り切る菖蒲くんに『楽しみにしてるわ』と笑う。



 




 『……晴臣最近お前、妙に清潔感のある香りさせてんな』




 菖蒲くんがチョコレート専門店に連れて行ってくれた日から数日経った時、親父の肩を揉んでいたら、いきなり親父はそう言ってきた。


 『清潔感のある香り? 俺からですか?』と覚えのない匂いを言われ首を傾げる。




 『そうや。このまるでスポーツ飲料のCMを彷彿とさせる香り……カタギの香りや』


 『何ですかそれ。カタギの香りて』




 そう親父の言葉につっこみ、今度は親父の右側の肩をグリグリと肘で押す。


 そんな俺に親父は『ヤクザから絶対せんような匂いや』と言うので『ヤクザだって、清潔感のある香りくらいするでしょ』とまたつっこんでしまう。




 『そんな事どうだってええねん。晴臣お前、女できたやろ?』


 『女?』




 親父の言葉に、側でスマホをいじりながら寝転がっていたお嬢と、帳簿の管理をしていたオジキが『晴臣に女ー? 相手の人趣味悪〜』『もういい歳やねんから、遊ぶのやめや言うたやろ』とそれぞれ言ってくる。




 『誤解ですよ〜、女なんかいてませんって』




 そう言うも、親父は『お前、あんだけスイーツ食べとったのに、最近食わんくなったやろ? その代わり、今まで興味なかったお笑い見始めるわ、頻繁にどっか行ってるわ。極めつきは清潔感のある香り!』と言う。




 『またや、清潔感のある香り』


 『間違いなく、カタギの女と会うてる証拠や。それもスポーツ飲料のCMがよう似合う、月9に出てきそうなな』




 親父は『どうや? 名推理やろ』とドヤ顔を浮かべると、オジギは『よっ。難波の名探偵』と乗せる。




 『何が難波の名探偵や。全部ハズレです』




 そう言うと、オジキが『そう言えば、この前高良が紫藤さん、この前あやめって人と電話して、めっちゃ嬉しそうにしてましたよって言うてたで。その事が組員の中でも話題みたいやし、隠せへんで』と言って来る。




 『ほう……あやめって言うんか。名前まで月9や』




 あやめ? 電話? と思うも、そう言えば前に、組員の前で菖蒲くんに電話かけたわと思い出す。


 『女やないですよ。』そう言い、親父の肩を揉むと、お嬢は『往生際が悪いな。男なら認めろや』と言って来る。



 高校生に説教された……。と驚いてると、親父が『雅の言う通りや。真剣に付き合うてる相手がおんねんやったら、覚悟決めなあかん。相手がカタギの人間なら尚更や』と言う。




 『相手の人生貰うのも同然。こいつとなら一緒に地獄堕ちてもええって相手やないとな。それくらいの覚悟がないとあかんで。』




 そう熱く語る親父にお嬢は『じいちゃんは、おばあちゃんと地獄堕ちる覚悟あるん?』と聞くと、親父は『もちろんや! どこまでも堕ちれるわ』とかっこつける。


 丁度その時部屋の前を通り過ぎようとしてた姐さんに、お嬢が『って言うてるけど、おばあちゃんはどうなん?』と聞くと、姐さんは凄まじい迫力で言う。




 『浮気した奴がよう言うわ。あたしはあんたと地獄に堕ちる気なんかさらさらないで。堕ちたかったら一人で堕ち!!』


 『やって〜』




 言いたいこと言って歩いて行く姐さんに、親父は『ちょ、待って、友ちゃん。嘘やんなー?』と追いかける。




 『……おばあちゃんのこと愛してるとかいつも言うてんのに、何で浮気なんかするんやろ』


 『男はな……恋多きやねん。常に恋してんと死んでまう』


 『きっしょ、死んだらええねん』




 オジキの言葉にそう辛辣に返すお嬢。


 オジキは『わーお嬢辛辣ー』とショックを受けたように言う。



 そして、一つ咳払いすると、俺の肩に手を置き『でも、親父の言うてたことはほんまやで。お前は若頭やからな。こいつとなら、地獄堕ちてもええわって覚悟持たなな』と言って来る。




 こいつとなら、地獄に堕ちてもええ、か……。


 そんな事を考えた時、笑みを浮かべる菖蒲くんの顔が思い浮かぶ。



 『……俺は地獄に堕ちても、相手には天国で笑ってて欲しいけど』




 そう呟く俺をお嬢は『晴臣がガチやん。何もんなん? そのあやめって人』とドン引いており、オジキは『これが、モテる男か』と腕を組み感心してる。




 『――へぇ……あやめんにも、俺の匂い移ってたんや』




 俺の清潔感のある香りの正体は、菖蒲くんの柔軟剤の匂いやったらしく、同じく菖蒲くんの服にも俺の匂いが移ってたらしい。


 そんな一緒におるだけで、匂い移るもんなんやと同時に、お互いに匂いが移るほど、そして周りがそれに気づくほど一緒におるんやと思う。



 そしてふと、このままほんまに菖蒲くんと一緒にいてもいいもんかと思ってたとき、千歳組が若月のシマで殺しをしたと言う事が起き、東京に逃げたらしく、それの始末に俺に命令が下った。




 『……まぁ、お前なら大丈夫や思うけど、相手はあの千歳組の連中や。気ぃつけや』




 そうタバコの煙を吐き出す親父に『余裕ですよ、これくらい』と返す。


 そんな俺に親父は『長い事大阪離れるけど、例のあやめって子には知らせて行くんか』と聞いてくる。



 チャカに弾を込めながら『……何ですか、急に』と言うと、親父は『別に、気になっただけや』とタバコを吸う。




 『言いませんよ。』


 『何も言わんと東京行く気か? そんな直ぐ帰って来れへんねんぞ?』


 『……前、親父言ってたやないですか。一緒に地獄堕ちてもいい相手やないとって』




 『確かに言うた』と頷く親父に話を続ける。




 『でも俺はやっぱり、菖蒲くんには地獄に堕ちて欲しくないんです。生きてる間も死んだ後も、笑ってて欲しい。やから、俺とおらん方がええんやないかって』


 『そう思ったら、連絡せん方がいい気がして。』


 『そのまま会わへんくなるつもりか?』




 親父の言葉に頷き『いきなりおらんくなれば、菖蒲くんもそのうち忘れるやろうし、俺も徐々に忘れるんちゃうかって』と言う。


 そんな俺を親父はじっと見ると『まぁ別に、お前がそう決めたんなら勝手やけど。それは全部お前の意見やろ。相手にはちゃんと聞いたんか』と言って来る。




 『いきなり連絡もなしに、おらんくなったら相手は悲しむやろうな』




 その言葉に『晴臣さん』と呼ぶ菖蒲くんの顔が、頭をよぎるも『悲しいんは一瞬だけですよ』と返す。


 そして、菖蒲くんに何も言わず東京に行き、一月と少しが経った。

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