よく考えて
「菖蒲、ちょい飲みすぎちゃう? 大丈夫?」
店から出た僕の後に続くヤマが、心配そうに僕にそう言うので僕は「酔ってないから大丈夫」と返す。
「いや、それ酔ってる人間が言うやつ!」とヤマが、同じくお店から出てきたミヤを見て「菖蒲、酔ってるみたいやから、俺ちょっと水買ってくるわ」と僕のこと頼むで! と走って行く。
そんなヤマを見届けたミヤは「大丈夫か? お前が酔うまで飲むなんて珍しいな。なんかあった?」とお店の前でしゃがむ僕にそう聞いてくる。
鈴宮さんに晴臣さんのことを話した日から、僕はずっと悩んでいた。
本当に自分の気持ちに正直になってもいいのか。
そして考えすぎて最近、何も手につかなくなり、普段あまり飲むことのないお酒が飲みたくなり、ヤマとミヤを誘って、普段あまり行かない飲屋街に来ていた。
「……別に、何もないよ」
「そうか?」
その時、ミヤの電話が鳴ったかと思えば、ミヤは「ヤマ?」と電話に出る。
「え? そこひょいって曲がったとこ無い? えー……わかった。行くから待っといて」
ミヤはそう言って電話を切ると、僕を見て「ヤマが自販機ない言うてるからちょっと行ってくるけど、菖蒲ここおりや。動いたあかんで!」と言ってその場を離れる。
そんなミヤを見届け、僕はその場にしゃがみながら道歩く人々を見る。
「なんか向こうで、やばそうな人みてんけど」
「やばい? どんな風に?」
そんな会話が耳に届く。
僕がしゃがんでいるからか、みんなコチラを見て歩いて行く。
何か、頭ボーってする。
て言うか、ヤマたちはどこに行ったんだろう。なんかさっき、ミヤが言ってた気がするけど……。
なんて考えながら、僕は立ち上がると飲屋街を歩き出す。
そしてしばらく歩いていた時、とある見覚えのある後ろ姿が目に入ってくる。
あの後ろ姿……晴臣さんだ。
その瞬間、一気に目が覚める。
どうしよう、晴臣さんだ。声をかけるべき?
でも、今は会わないって言っているし……声をかけなくても、顔だけでも見たい……。
僕は晴臣さんの顔を一目見ようと、歩き出そうとした。
けれど、それは晴臣さんがいるお店から出てきた女性により、止められる。
その女性は着物を着ており、遠目から見ても綺麗なのが分かる。
あの女の人、誰だろう。晴臣さんはあの女の人に会いにきたのかな……。
そんなことを考えていた時だった。
その女性は、晴臣さんの頰にキスをしたのだ。
その行動に、特に驚いているわけでもなく、当たり前のように受け入れている晴臣さん。
僕の胸は激しく音を立て、苦しくなり、激しい嫉妬心に呑み込まれる。
気づくと手に力が入っており、足は勝手に晴臣さんの方に向かっていた。
そして未だ、僕に気づかない晴臣さんに向かって「晴臣さん」と名前を呼ぶ。
僕の声を聞いた瞬間、驚いた表情を浮かべ晴臣さんは僕の方を振り返る。
「菖蒲、くん? 何でここに……?」
晴臣さんはそう言うと、僕に近づいてき「菖蒲くん一人? て言うか酔ってる?」と僕の顔を覗き込むと「危ないやん。酔った状態で一人でこんなとこおったら……ごめんやけど、水貰っていい?」と女性に水を頼む。
女性は頷くと、お店に入って行く。
「菖蒲くん、飲むのはいいけど、弱いねんから。飲みすぎたあかんってあれほど言うたやん。友達は? この辺物騒やから、送ってく。荷物貸して」
「水貰ったらちゃんと飲んでな」
そういつものように、僕に接する晴臣さん。
そんな晴臣さんを見て僕は、久しぶりに会えて、声を聞けて嬉しい気持ちと、先ほどの嫉妬心が同時に出てくる。
そして先から頭はボーッとしていて、気がついたら僕は「……さっきの女の人、誰ですか?」と口にしていた。
「え?」と驚く晴臣さんに、僕は続ける。
「僕の事好きって言ってたのに、会わなくなった途端、あんな綺麗な人と会ってるなんて……僕の事好きって言ったの嘘だったんですか」
晴臣さんが嘘でそんな事を言う人ではないと分かっているし、あの時の晴臣さんの言葉は本当だったと言うこともわかっている。
だが、色々と考えすぎることへの疲労と、酔っていることからか、不安がどんどんと出てき、言葉も勝手に出てくる。
「僕は、晴臣さんとこの先どうしたらいいかってずっと悩んでるのに……晴臣さんは平気で女性とキスしてるし……」
「キス……?」
「さっきされてたじゃないですか! ほっぺに……! 全部見てたんですからね!」
晴臣さんは「あー……」と言うと「あれは……」と何かを言おうとするも、僕はそれを遮る。
「今だってそう! 久しぶりに会ったのに、晴臣さん普通そうだし……! ずっと僕ばっかり晴臣さんとのこの先の事考えて悩んで……今日だって、忘れようとお酒を……」
完全に八つ当たりだ。
会わないって言い出したのも僕。勝手に悩んでるのも僕。
それは分かっている。けれど、平然としている晴臣さんを見て、将来のことを思い考えているのは僕だけのような気がして。
それが凄く悲しくて、子どもだって分かっているけど、言葉が止まらない。
「……もう嫌だ。僕ばっかり好きみたいで。晴臣さんのことで悩むのも疲れた」
僕は言いたいことを言うと、晴臣に背を向け「帰ります」と歩いて行こうとする。
それを晴臣さんは僕の腕を掴み止める。
「菖蒲くん」
そう晴臣さんが僕のことを呼んだ時だった。
「紫藤さん」と呼ぶ声が聞こえたかと思えば、どこからか二人組の男の人がこちらに向かい歩いてきていた。
晴臣さんは一瞬、僕のことを見ては腕から手を離し「ちょっと待っといて」と男の人たちの元へ行く。
そんな晴臣さんの後ろ姿を見、僕は八つ当たりをしてしまった……。と一気に目が覚める。
僕が勝手に、会わないって決めて、久しぶりに会ったら勝手に怒って八つ当たりしたのに……晴臣さんは怒らなかった。
僕はもうこれ以上、晴臣さんに何も言わないようにと、晴臣さんが話をしている隙にその場を離れる。
晴臣さんから離れ、しばらくあてもなく歩く。
久しぶりに会ったのに、あんな八つ当たりをしてしまうなんて。
本当に最悪だ。
もう、晴臣さん僕に会いたくなくなってしまったかもしれない。
家に帰ったら、謝罪のメッセージだけでも送ろう。
先から晴臣さんとのことを思い出して、反省とため息が止まらず、気がつくと、僕は人気の少ない場所を歩いていた。
あれ……ここ、どこだろう……。
ヤマとミヤも見当たらないし……。
僕はポケットからスマホを取り出す。
すると、画面にはヤマとミヤからの着信の他に、晴臣さんの着信があったようで、不在着信として表示されていた。
とりあえず、ヤマたちに連絡するかと、電話をしようとした時だった。
「おい、そこの坊主」
突如、背後からそう声をかけられたかと思えば、僕の背後には三人の見るからに怪しい男が立っていた。
そのうちの一人が僕に「お前さっき、紫藤と話してたやつやな?」と聞いてくる。
その言葉に、晴臣さんの知り合い……? にしては、殺伐としてる……と、警戒をする。
そんな僕に男たちは「一丁前に警戒しとるで」「お前、紫藤とどう言う関係や?」と言う。
雅さんの件を経験しているから僕には分かる。
これは絶対、まずいやつだ……!
そのことを理解した瞬間、今までずっと、ぼーっとしていたのが覚めていき、手に汗が滲む。
まさか晴臣さんと話していた後、ずっとつけられていた?
でも、どうして僕?
晴臣さんと話していたから、組の者だって勘違いされたのか……?
そう考えていると、男たちは「お前に恨みはないねんけどな。ちょっと一緒に来てもらおか」と僕の腕を掴む。
人通りがなく、辺りには誰もおらず、助けも呼べない。
本当にまずい……そう思った時「誰の許可取ってその子に触ってんの?」と言う声が聞こえてくる。
この声……と、顔を確認する暇もなく、僕の腕を掴む男の人は「ゔっ……!」と呻き声を上げ、その場に倒れ込む。
その瞬間、他の二人は懐から何かを取り出そうとする素振りを見せるが、呆気なくやられてしまい、その場に倒れ込む。
そんな男たちを見下ろす形で立つその人の背中に、僕は「晴臣、さん……?」と声をかける。
そう。助けてくれたのは、晴臣さんだった。
先ほど別れたはずなのに、どうして晴臣さんが……?
そう思っていると、晴臣さんが「……ずっと後つけられてたのは知ってたけど、まさか菖蒲くん狙うとはな。急いで菖蒲くん追いかけてよかったわ」と振り返る。
ずっと後つけられてた……?
そう思いながらも、僕は「あ、あの……ありがとうございます」とお礼を言う。
すると、晴臣さんは僕のことを見ると「……またやな。また、菖蒲くんのこと巻き込んでしもうた」と呟く。
「え……?」
「やっぱり、会わへんくなって正解やと思う。俺とおったらこの先も、こんな事何回もあるかもしれへん」
「晴臣、さん?」
僕が名前を呼ぶも、晴臣さんは話を続ける。
「その度に、菖蒲くんは怖い思いしなあかん。それに今の所は助けられてるけど、この先、助けられへん時が来るかもしれへん……菖蒲くんは普通の学生や」
「これから先、何にでも好きなことできるし、平和に生きることだってできる」
「けど、俺とおったらそれが難しくなる。やから、菖蒲くんとはもう会わんほうがいい……」
そう言う晴臣さんに、僕は「晴臣さん……!」と止めようとすると、晴臣さんは「でも……」と言う。
「それでもやっぱり、菖蒲くんのこと離したくない。ずっと側にいてほしい。やから、もう一回だけ考えて」
「え……」
「もし、この先も俺と一緒に居たいって思ってくれるんやったら、一週間後、トミーの近くにある公園で待ってるから、会いに来て」
「けど、もう俺と一緒におりたくないって思ったら、こんくっていい。そのまま連絡先もお互い消して、一生会わへん」
急に提案される晴臣さんの言葉に僕は「そんな……急に……」と返すも、晴臣さんは「分かってる。自分勝手やってこと。結局、菖蒲くん選ばせるってことも」と言うと、僕のことを見る。
「俺は菖蒲くんがずっと側にいてくれるんやったら、一生守るって覚悟は決めてる。やから菖蒲くん、後は菖蒲くんがどうしたいか、一週間よく考えてほしい」
そう言って僕を見る晴臣さんの目は凄く真剣で。
僕は「わかり、ました……」と頷く。
それから一週間、僕はずっと晴臣さんとの事について考えた。
考えて考えて考えたけれど、結局、どちらが正解かなんてわからなくて。
気づけば、晴臣さんと約束の日になっていた。




