後ろめたい
「お兄ちゃーん、アイス買いに行くのついてきて!」
実家のリビングでテレビを観ていると、高校一年生の妹が一緒にアイスを買いに行くようせがんでくる。
時刻はお昼の12時前を迎えようとしている。
僕は妹に「買いに行きたかったら一人で行きなよ。まだ明るいんだし」と返す。
真夏の真昼間に外に出るだなんて死にに行くのも同然だ。
昼間はガンガンに冷えたクーラーの元、テレビを観ながらダラダラするに限る。
それに、もう直ぐお笑い番組が始まる。
おおきに倶楽部も出るので見逃すわけにはいかない。
僕たちのやり取りを台所で聞いていたのか、母が「アイス買いに行くんだったら、ついでに麺つゆ買ってきてくれる?」と頼んでくる。
行く前提になってるし。なんて思っていると、母は「買いに行ってくれるなら、お小遣い渡すから好きなもの買っておいで」と言ってくるものだから、僕は重かった腰を上げ「行くか」と妹に言う。
そんな僕に妹は呆れた目を向けてくるが、僕はそれを無視し「早く行かないと置いていくよ」と玄関まで歩いて行くと、妹は「待って!」と走ってくる。
靴を履き、玄関を開けると一気に温風と、日の光が襲いかかってき、思わず扉を閉めたくなる。
「何してるの? 早く出て」
「あ……はい」
相変わらず妹の当たりは強い。
僕は家から出ると、鍵を閉め「スーパーでいいよね?」と麺つゆも買わなければいけないから尋ねると、妹は「嫌。コンビニ限定のアイス食べたいから、スーパー行ってコンビニ行こ」と言うのだ。
コンビニよりスーパーの方が家から近い。
何なら、コンビニはスーパーの先にある。
こんなクソ暑い日にどうしてわざわざコンビニまで行かないといけないんだ。
そう考えながら妹を見るも「お兄ちゃんがお金出すんじゃないからいいよね?」と有無を言わせない圧を送ってくる。
女兄弟に挟まれてしまった以上、僕に意見を言う権利はないのだ。
僕は「……コンビニも行こうか」と言うと、それでいいのよ。と言いたげに妹は日傘を差し歩き出す。
そんな妹を見て「日傘……?」と言うと、妹は「何? 文句ある?」と言ってくる。
別に文句はない。今の日本の夏に日傘なしは危険すぎる行為だ。
ただ、日傘をさしてまで真夏の真昼間にアイスを買いに行かなくてもいいのではと思ったものの、言ったら怒られてしまいそうだから何も言わず歩き出す。
隣で鼻歌を歌いながら歩く妹を見て、機嫌がいいなと思いながら、そう言えば雅さんって妹の一個上か……と思い出す。
そして、あの後雅さんは大丈夫だったのかと考える。
あの日以来、雅さんとは会っていない。
当然連絡先も知らないので、様子を聞こうにも聞けない。
晴臣さんに聞けば分かるかもしれないけど、雅さんの事聞いたら嫌がるだろうし、それに、何だか今は晴臣さんに連絡するのが気まずい。
あの日、車内で晴臣さんが言った〝離れられへん〟と言った意味についてずっと考えていた。
何度か晴臣さんに聞こうとしたものの、雅さんの事もあり、気まずくて聞けず、それに最近忙しいみたいだし、結局、トミーで数回会ったりはしたものの、スイーツを食べに行くことも、お笑いを見に行く事も減り、僕が実家に戻ったため、最近も会っていない。
そんな状況でどうやって、離れられへんってどう言う意味ですか? なんて聞けと言うんだ。
僕と同じ気持ちで言ったのか……あのモテる晴臣さんが?
僕なんかを好きになるわけがない。
けれど、仮にそうだったら、僕は何て返すんだろう……。
そうひとり頭の中でぐるぐると考えていると、ふと隣から視線を感じ、そちらに視線をやると妹が僕のことをじっと見ていた。
その事に驚きながら「どうしたの?」と問うと「声かけてるのに返事しないんだもん。歩きながら死んだのかと……」と真顔で言ってくる。
歩きながら死んだって……と苦笑しながら「ごめん。考え事してて」と謝る。
「考え事? 何?」
「いや……大した事ではないけど」
流石に晴臣さんの話はできない。
なので濁すと、妹は「女?」と聞いてくるので、僕は言うと思ったと思いながら「違うよ」と返す。
すると、妹は「本当に?」と疑いの目を向けてくるので、僕は頷くと、妹は「ふーん。てっきり、彼女できたのかと思ってたのに」と言う。
「え?」
「だってお兄ちゃん、春に大阪から戻ってきた時より、今の方がなんか楽しそうだから、てっきり彼女でもできたんだと」
妹の言葉に僕は驚き、自分の顔を触る。
そんな僕を見て妹は「まぁ、最近よくお笑い見に行ってるって言ってたし、それの影響かな」と呟く。
楽しそう、か……きっと、晴臣さんに出会ったからだろう。
もちろん、大好きなお笑いの聖地である大阪で過ごすのは楽しかった。
けれど、晴臣さんと出会ってからは、毎日晴臣さんと会える日が楽しみで仕方がなかった。
それが顔に出ていたのだろう。
自他共に認めるほど、顔に感情が出ない人間なのに。
僕は自分が思っている以上に、晴臣さんに影響されているのだと思う。
◇
夜になり、姉と父も帰ってき久しぶりに家族皆んなで夕食を摂り、僕は今、母の手伝いで皿拭きをしていた。
妹と姉はソファーに座り、昼間買ってきたアイスを頬張りながら、テレビを見、父は皿洗いする母と何やら楽しそうに話をし、実家に帰ってきたのだと改めて実感する。
「菖蒲、もう座ってて大丈夫だよ。ありがとう」
「わかった」
お役を終えた僕は、冷凍庫からアイスを取り出し、姉妹がソファー席を陣取っているため、父の向かい側の椅子に腰を下ろす。
そして、一口アイスを食べると「めっちゃおいし、このアイス」と思わず口からこぼしていた。
その瞬間、父が僕のことをじっと見るので、食べたいのかと「いるんだったら、冷凍庫あるで」と言う。
そんな僕に父は「いや、違う。ご飯食べてる時も思ったけど、菖蒲、ちょこちょこ関西弁混じってるなって思って」と言うのだ。
父に続け、姉と妹も「思った」「完全に染まってるじゃん」と言ってくる。
だが僕は、関西弁を喋った覚えはなく「え、ほんと?」と首を傾げる。
「もうお兄ちゃんは、関西に魂を売ったんだ」
「大阪に染まりやがって」
そう言ってくる妹と姉に「そんな、東京に染まった関西の芸人に言うみたいに……」と眉を下げる。
そんな僕たちのやり取りを聞いていた、皿洗いを終えた母が「それだけ菖蒲が大阪に馴染んでるってことで良いじゃない。何だか表情も明るくなったし」と言ってくる。
「やっぱり、お母さんもそう思うよね!」
「確かに。前まで無表情だったのに、覇気が出てきたって言うか」
そう人の顔について、楽しそうに盛り上がる姉たち。
僕は、そんなに表情に出てるのかな……と自分の顔を触る。
その時、やっていたバラエティ番組がニュースに変わり、父が「またかぁ。最近、物騒だな」と言うので、僕たちもテレビに視線を向ける。
ニュースは、最近起きた玉突き事故についてやっていた。
どうやら事故ではなく、暴力団同士の争いから起きたものだと分かったらしく、一般人の怪我人も出ており、最近よくニュースで取り上げられていた。
そのニュースを見て、母は「怖いわ……。」と呟くと、妹が「お兄ちゃんは、ヤクザに会ったことある?」と聞いてくるので、思わずアイスで咽せてしまう。
急に何を言い出すんだと、妹を見ると妹は「ほら、大阪ってその辺に歩いてそうなイメージあるし、よくお店に借金取りに来てるし」と言うのですかさず「それは某喜劇のイメージでしょ」とつっこむ。
「まぁ、普通に過ごしてたら、関わることないから大丈夫でしょ。」
姉の言葉に、僕がヤクザとよくスイーツを食べに行く仲だなんて、口が裂けても言えないと思う。
「そう言えば田中さんの所の息子さん、あんなに優秀だったのに、大学に入って頻繁に悪い人と付き合うようになって、警察にお世話になったって」
「へぇーやば」
「菖蒲も気をつけなよ。1人だからって、危ない人とは付き合ったらダメよ」
そう言う母の言葉に対して僕は「うん」としか返すことが出来なかった。
話すつもりはないけど、晴臣さんの事なんか話したらきっと母は卒倒するだろう。
そしてやはり、僕と晴臣さんのこの関係は異様なのだと、改めて実感した。
きっと母も父も姉も妹も、僕が普通の人と付き合って、普通の人生を送ることを望んでいる。
仮に妹がヤクザの恋人を連れてきたら、僕も猛反対する。
僕は「お風呂入ってくる」と言ってリビングから出る。
晴臣さんのことを、母たちに隠さなければいけないことへの苛立ちからか、はたまたヤクザと仲がいいことへの後ろめたさからか。
恐らく両方だろう。
とにかく僕は、その場にはいたくなかった。
僕は東京に帰ってきてからずっと悩んでいた。
大阪にいる時は罪悪感というものが無かったけど、実家に帰って来て、家族の顔を見ると一気に気まずさと言うか、後ろめたさが襲ってくる。
僕の家庭は至って普通の家庭だ。
専業主婦の母に、サラリーマンの父、同じく一人暮らしをしている社会人の姉に、高校生の妹。
そんな普通の僕の家族。
そんな中で、ヤクザの若頭と頻繁にスイーツを食べに行く仲で、その上その相手のことを好きだと知ったら、一気に普通の家庭は壊れてしまうだろう。
どうあがいても、僕と晴臣さんの関係は歪なのだ。
僕はため息をつくと、自分の部屋にあるベランダへと出る。
外は夜でも暑く、せっかくお風呂に入ったのに、また汗をかいてしまいそうだ。
僕はしばらく、ぼーっと外を眺める。
その時、スマホの着信が鳴った。
突然鳴ったスマホに驚きながらも、誰だろうと、画面を見ると「晴臣さん」と書かれていたので僕は思わず切ってしまう。
「あ……つい切っちゃった……」
何やっているんだと思っていると、もう一度晴臣さんから電話がかかって来たので、今度は「……もしもし」と電話に出る。
すると開口一番「何で電話切んのー? 悲しいやん」と言ってくる。
何かテンション高。
ていうか、酔ってるなこれ……。
晴臣さんは、僕と食事をしに行った時、いつもお酒は飲まない。
飲めないんですか? と聞くと「もう20歳や言うても、あやめん学生やからな。大人が酔うわけにはいかんやろ」と僕と会う時はいつも飲まなかった。
まぁ、大体晴臣さんの車で来ていたので、それで飲めなかったと言うこともあるが。
僕は「すみません。手が滑って……酔ってるんですか?」と聞く。
すると、晴臣さんが「酔ってないで〜」とご機嫌に言うので、酔ってるんだなと思う。
て言うか、久しぶりに電話して来たと思ったら、酔った状態って……。
車内での事があって以来、晴臣さんから連絡してくることなんてなかったのに……本当に自分勝手だな。
そう思うと、僕はイラッとし「酔っ払ってかけてこないでください。迷惑です」と言う。
「えー、何かあやめん怒ってる〜? そんな冷たいこと言わんとってや〜」
「別に、冷たくないです。用がないなら切りますよ」
人がこんなに悩んでいると言うのに、この人はお気楽だな。なんて思っていると、晴臣さんは「用ならあんで〜」と言ってくる。
なので僕は「何ですか?」と聞くと、晴臣さん言うのだった。
「あやめんの声聞くって言う用」
「え……?」
「最近会えへんどころか、声も聞けてないから声聞きたいなー思て、電話してん」
晴臣さんの言葉に僕の体は一気に熱くなる。
酔っ払っらっているからか、妙に色っぽく、落ち着いた晴臣さんの声が耳元で聞こえ、くすぐったく感じる。
「あやめんも、俺と会えへんくって寂しかった?」
そう聞いてくる晴臣さんに僕は「……そ、んなわけないじゃないですか……。言いましたよね? 実家に帰省するって、忙しくて晴臣さんの事なんか忘れてました」と言う。
もちろん嘘だ。
むしろ、晴臣さんの事ばかり考えていた。
けれどそれを言うのは癪なので、そう言うと晴臣さんは声を上げ笑うと「相変わらず、冷たいなぁ。菖蒲くんは」と優しい声で言う。
「後そっちに何日おるん?」
「3日くらい、ですかね。わかりません」
「そうか。長いなぁ」
晴臣さんはそう言うと「早よ菖蒲くんに会いたいわ」と言うので、僕は「も、もう切りますよ!」と言葉を遮る。
これ以上、晴臣さんと話すと心臓がもたない。
晴臣さんは「ごめんな、実家でゆっくりしてる時に。俺の声聞きたかったらいつでもかけて来てな〜」と言うので、僕は「結構です」と電話を切る。
そして深く長いため息をつく。
心臓がずっと早く打っている。
その時、通知が鳴り画面を見ると「帰ってくる時、連絡ちょうだい。迎えに行く」と来ていたので、僕は無視し、部屋の中に入る。




