悩める夏
突如現れた晴臣さんに、雅さんが「は、晴臣……!? 何でここに……?」と驚きと安堵の表情を向ける。
雅さんの話を聞いていた男たちは「晴臣……紫藤晴臣か」「お前ら油断すんなよ」と懐からナイフを取り出す。
ナイフを手に持つ男が四人、晴臣さんを警戒する。
そんな男たちに「一人相手に、四人がかりな上ナイフまで使うとか、どんだけ弱いねんお前ら」と挑発した笑みを浮かべる。
それに触発されたのか、男たちは「死ね!!」と叫びながら晴臣さんに襲いかかる。
だが晴臣さんは持っていた鉄パイプを使い、次から次へと男たちを殴り倒していく。
鉄パイプで人を殴る音は生々しく、辺りに血が飛び散り、僕は思わず目を逸らしてしまう。
分かっていたが、やはり晴臣さんはヤクザの若頭なのだと、改めて、平気で人を鉄パイプで殴る晴臣を見て理解したのだった。
ものの数分で、晴臣さんは男たちを鉄パイプで殴り倒し「終わったで〜」と僕たちに声をかけてくる。
その場に倒れる男たちは体から血を流し、動かない。
僕は「し、死んだんですか……?」と聞くと、晴臣さんは「いや。これは組に連れて帰るようやから生きてんで。死にかけてはいるやろうけど」と平然と言う。
「それに、あやめんに死体見せるわけにはいかんからな」
そう笑う晴臣さん。
何が面白いんだ、と睨みつけていると、何処からか「紫藤さん!」と呼ぶ声が聞こえて来る。
かと思えば、数人の厳つい見た目の男の人たちがやってき、僕は思わず肩を震わせる。
そんな男の人たちを見て、晴臣さんは「おーお前ら。丁度良いとこ来たわ」と声をかける。
「お嬢は無事ですか?」
一人の若い男の人がそう聞くと、もう一人のスキンヘッドのガタイのいい男の人が「あ、お嬢おんで! 無事や無事!」と他の人に言う。
スキンヘッドの人の声に、他の男の人たちも、雅さんを見ては「無事で良かった!」「はよ、親父に連絡しな」と雅さんの無事を喜んでいる。
晴臣さん一人でも十分怖いのに、こう何人も集まると、本当に怖い。
一人の人が「お嬢、立てますか? 怪我は?」と雅さんの手を取り立ち上がらせる。
そんな彼らに雅さんは「……何で皆んなおるん」と尋ねる。
すると晴臣さんが「あやめんから連絡貰ったんです。あの遊園地にいてるって。」と説明する。
そう。僕はずっと、晴臣さんに居場所を伝えていた。
まぁ、追いかけ回されてからは、連絡は取れていなかったのだけど。
雅さんは「あやめんが……」と僕の方を見ると、晴臣さんは雅さんの前まで行き「お嬢。皆んなに言うことあるでしょ」と言う。
そんな晴臣さんに、雅さんは「……言うことって?」と問いかける。
「これで分かったでしょ? 親父が何であんなに、お嬢にお付きをつけようとするか。俺が来うへんかったら危なかったですよ。」
「別に……助けてなんか頼んでへんし」
そう、晴臣さんから顔を背ける雅さん。
そんな雅さんに、晴臣さんはゆっくりと話す。
「お嬢、そうやって意地張るのはかまへん。けど、そうやって意地張るんやったら、人を巻き込んだらあかん。」
「お嬢の軽率な行動で、関係ないあやめんが危ない目に遭った。ギリギリのとこで、助けられたから良かったけど、もし間に合ってへんかったら? あやめんが連絡くれてへんかったら?」
「お嬢があやめんの事巻き込んだ事で、あやめんまで連れて行かれてたかもしれないんですよ」
晴臣さんの言葉を聞き、雅さんは何かを言い返そうとしたのか、逸らしていた顔を再び晴臣さんに向けるも、晴臣さんが言ったことは正しく、そしてそれを雅さんも分かっているのだろう。
雅さんは何も言い返すことはなく、口をぎゅっと噛む。
「お嬢が意地を張り続けることによって、お嬢の周りの人間が危険な目に遭う。それだけはよく覚えておいてください」
淡々と話す晴臣さんの言葉に、雅さんは何も言わなかった。
だが、震える手は強く握られ、どこにもやる事のできない感情を抑えているようだった。
そして、晴臣さんの言葉を聞き、雅さんは「皆んな、迷惑かけてごめん。あやめんも、ごめんな」と謝ると、迎えに来た車に乗り込んで行った。
巻き込まれる形とは言え、雅さんについて行くと決めたのは僕だ。
雅さんの事を止められなかった僕にも責任がある。
そう、言おうとしたが、その時には雅さんは車の中で伝えるタイミングを逃してしまった。
雅さんを乗せた車を見送っていると、晴臣さんが「あやめん。送ってくから、車乗って」と言ってくれたが、晴臣さんと視線が合うことはなかった。
◇
晴臣さんに家まで送り届けてもらっている車内。
先ほどからずっと、沈黙が続いている。
晴臣さんは今回の件を怒っているのだろう。
まぁ、怒るのは当然のことだ。危険だと分かっていながら、雅さんについて行き、案の定危ない目に遭い、晴臣さんに助けを求めたのだから。
僕は、晴臣さんに視線を向けると「あの……すみませんでした。勝手なことして」と謝罪する。
すると、晴臣さんは「……何でお嬢について行ったん」と聞いて来る。
すごく怒られると思っていた僕は、怒ってない……? と思いながら「雅さんが、行きたいところがあるって言ってたんで……それに、制限されているのが、可哀想になって……」と言うと、晴臣さんは「それでお嬢について行ったん?」と再度聞いて来るので、僕は「はい……」と頷く。
すると、晴臣さんは深いため息をつくと「前も言ったけど、こっちのもんに会っても話しかけたらあかんって言ったやん」と言う。
そんな晴臣さんに「でも、雅さんはヤクザじゃないですし、少しなら大丈夫かと……」と言うと、晴臣さんは「そうやなくても、お嬢は組長の孫娘や。そんな相手と連んだら、危ない目に遭うことくらい、分かるやろ」と怒る。
やっぱり、怒っていたかと思いながら「それは……すみません。」と謝る僕。
本当に反省している。
あの時、僕がちゃんと断っていれば、こんな事にもならなかったのに。
そうズボンを掴む僕に、晴臣さんは「全然分かってないやろ、あやめん」と言って来る。
「ヤクザがどんだけ危険か、分かってないやろ? あいつら平気で一般人やろうが殺してくんで?」
「わ、わかってます……だから、反省しています……」
そう返すも、晴臣さんは余程怒っているのか「ほんまあやめんから助けてくださいって来た時、どれだけ血の気引いたか分かる?」と言って来る。
そんな晴臣さんに「……すみません」と返す。
「間に合ったから良かったけど、間に合わんかったらほんま危なかってんで? あやめんお人よしやけど、冷静やから大丈夫や思ったけど、やっぱお嬢と会わさんかったら良かった」
そう怒って来る晴臣さん。
お嬢と会わさんかったら良かったと言う言葉を聞き、僕は胸がチクリとする。
そりゃ、勝手に動いた僕や雅さんが悪い。それは百も承知だ。
けれど、雅さんが普通に過ごしたいと思う事や、そんな雅さんの力になってあげたいと思うことは、そんなに悪いことなのだろうか。
それに、ヤクザと関わったらダメだと言うのなら、晴臣さんはどうなんだ?
晴臣さんはヤクザの若頭じゃないか。
僕が怒るのはお門違いなのは分かっている。
けれど、助けてもらったことへの不甲斐なさか、たった一人の女の子の何の力にもなれなかった無力な自分に腹が立ったのか、僕は晴臣さんに「それを言うなら、晴臣さんはどうなんですか?」と気づいたら口にしていた。
それと同時に、信号は赤になり、晴臣さんは車を止め僕の方を見る。
何故かすごく腹が立ってき、僕は晴臣さんに言う。
「晴臣さんだってヤクザじゃないですか。危ない目に遭うから、雅さんと仲良くしたらいけないって言うなら、晴臣さんとだって、一緒にいない方が良いんじゃないですか」
完全に八つ当たりだ。
子どもっぽいって事も分かっている。
けれど、晴臣さんは普通に、僕と一緒にいれてどうして雅さんはダメなのか、僕にはわからない。
僕の言葉に、晴臣さんは「そうやな……あやめんの言う通りや」と言う。
予想外の言葉に僕は「え……」と驚き、晴臣さんを見る。
すると晴臣さんはゆっくりと口を開き言う。
「菖蒲くんの言う通り、俺も菖蒲くんと一緒におらんほうがいいんかもしれへん。けど……離れたほうがいいって分かってても、菖蒲くんと会うたび、離れたくないって思いが出てきて、菖蒲くんから離れられへん」
「何でやと思う?」
そう真っ直ぐ僕を見て問いかけて来る晴臣さん。
その瞬間、僕の心臓はドキッ――と音を立てる。
あまりにも真剣な眼差しを向けてこられ、僕は何て返したらいいか分からず「あ……」と何も言えずにいる。
その時、信号は青に変わり、再び車は動き出すも、僕は何も言えず、沈黙が続く。
離れられへんって、一体どう言う意味だろう。
一緒にスイーツを食べに行く人がいなくなるから? それとも、それとも……。
僕は一つの可能性を考えては、それはないと首を横に振る。
そして、車は僕の家の前につくと、僕は晴臣さんと別れる。
あの後、結局僕は何も言うことはなく、晴臣さんも何も言わなかった。
〝離れられへん〟それは一体どう言う意味で言ったのだろうか。
もしかして、僕と同じ気持ちでそう言ったのか。
僕は言葉の意図を、晴臣さんに聞きたかったが、怖く聞くことができなかった。
帰り際、晴臣さんはいつものように「またね」と言っていた。
そんな晴臣さんを見たら、離れたくないと言う言葉に、深い意味はないように思える。
僕ばかり、戸惑っている……。
誰かに相談したいけど、一体こんな事、何で相談すればいいんだろう。
僕はその日、モヤモヤした気持ちのまま、寝床についた。
きっと眠れないだろうと思っていたが、怖い思いをしたことへからか、はたまた、晴臣さんの事を考えすぎたことからから、疲れ切っていたらしく、目を瞑るとすぐに眠ることができたのだった。
そんな事があった日から、数日経った。
その日も、晴臣さんはいつものように、トミーにやってき、いつものように、話しかけてきたので初めは戸惑った僕だが、もう何も考えまいと、いつも通りに振る舞った。
けれども、雅さんが狙われた事で、ますます空気は悪くなり、晴臣さんとスイーツを食べに行ったり、お笑いを見に行ったりはしない日が続き、僕は夏休みに入り、東京にある実家へと帰省していた。




