迎えに来たで
「――お疲れさまでした」
あがる時間になり、外に出るも17時と夕方だが夏なのでまだ辺りは明るい。
ここ一週間、晴臣さんはトミーには来ていないし、連絡も来ていない。
けれど、一週間前に「ちょい忙しくなるから、連絡も出来んくなるし、トミーにも行けんくなるわ」と言うラインが晴臣さんから届いたのだ。
きっと、次居なくなる時は知らせてくれないと絶交と言う僕との約束を守ってくれたのだろう。
前の時とは違い、今回は事前にラインをもらっていたので、会えず寂しくはあるが、前みたいにずっと上の空と言う事にはならなかった。
まぁ、心配なのは心配だけど。
前に晴臣さんと雅さんと三人でドーナツ屋さんに行った時、千歳組と言う所と空気が悪くなっているって言ってたし、何も無ければいいけど……何て思いながら、明日は大学休みだし、どこかに寄って帰ろうと僕は駅の方へと向かう。
ふと立ち寄った本屋さんで、僕が好きで読んでいたミステリー小説の下巻が売っており、僕は休みのおともにしようと小説を購入し、今日はご褒美にハンバーガーでも買って帰ろうと、気分良く店から出歩き出そうとした。
その時、誰かが走ってくるのが横目で見えたかと思えば、相手はよそ見をしていたらしく、僕に気づく頃には止まれないところまで来ており、ぶつかってしまう。
互いにその場に倒れ込む。
ぶつかってきた人は「ご、ごめんなさい……!」と謝ってくる。
僕は「いえ……怪我はないですか?」とぶつかってきた人の顔を見る。
その瞬間、ぶつかってきた人と目が合ったかと思えば「雅さん!?」「あやめん!?」と声が重なる。
どうやら、ぶつかってきた人は、晴臣さんが所属している若月組組長の孫娘である雅さんだったらしく、雅さんは「偶然やな!」と嬉しそうに笑う。
そんな雅さんに「立てますか?」と手を差し出すと、雅さんは僕の手を掴み立ち上がると、服についた汚れを払う。
「急いでたようですけど、どこか行くんですか?」
初めて会った時は制服姿だったが、今日は私服を着ている雅さん。
なので、どこかに出かける途中だったのかと思い、そう問いかけたのだが、雅さんは「いや? 別にどこも行く予定じゃないけど」と言うのだ。
えぇ? じゃあどうしてあんなに急いでいたのだろう……なんて思っていると、雅さんは「あやめんは、今からどっか行くん?」と聞き返してくる。
僕は「いえ……バイトが終わって、今から帰ろうかと」と答えると、雅さんは「ならさ、ちょっとうちに付き合ってや!」と言うのだ。
「え?」と驚く僕に、雅さんは「ちょうど行きたいところあってん! 行こう!」と言うと、僕の手を取り歩き出そうとするので、僕は「ちょ、ちょっと待って!」止める。
「いいんですか? 勝手にどこかに行っても。多分、雅さんまた家から出てきたんですよね?」
僕の言葉に雅さんは「え、何で分かったん!? あやめんエスパー?」と言ってくる。
そりゃ、どこも行く予定じゃないのに、あんなに全速力で目の前に人がいるのも気づかずに走っているところを見たら、逃げ出してきたのだろうと言うことくらいわかる。
恐らく、お付きの人を撒いてきのだろうなと言うことも。
「きっと、晴臣さんたち心配してますよ。一度帰ったほうがいいんじゃないですか?」
晴臣さんが忙しくなるって言っていたし、恐らくこの前言っていた千歳組と空気が悪くなって来ていると言う事に関係しているのだろう。
最近よく、パトカーの音を聞くし、雅さんが一人でうろちょろしたら危ないんじゃ。
一度帰るよう言うも、雅さんは「嫌や。帰りたくない」と聞く耳を持ってくれようとはしない。
「せっかく、バナナの皮蒔いたり、トラップ仕掛けて撒いたのに帰るとか嫌や」
バナナの皮蒔いたり……?
それでヤクザの人たちが、引っかかるとは到底思えないけど……ていうか、大概の人は引っかからないだろう。
けれど、雅さんが今ここにいると言う事は、バナナの皮に引っかかったと言う事だろう。
まじか。
雅さんは「なぁ、いいやろ? 一時間だけ! 一時間遊んだら、ちゃんと家戻るから!」と顔の前で手を合わせ、頼み込んでくる。
きっと、ここでちゃんと断り、晴臣さんを呼んだ方が良かったのだろう。
けれど、まだ10代の遊び盛りの女の子が、大人たちの事情で制限をされているのが可哀想になり、僕は「一時間だけですよ」と言ってしまう。
雅さんは「わかってる! ほんまあやめんは優しいなぁ!」と嬉しそうに笑う。
一時間経ったらタクシーでも使って、家に送ろう。
それと念の為、晴臣さんに電話……はでないか。
ライン入れていたら、分かるよね。
晴臣さんに電話をしてみたものの、繋がらず、僕は晴臣さんに「今、雅さんと居てます。雅さんが行きたいところがあるそうなので、行って来ます」と送る。
「あやめーん! 早よ行こ!」
「あ、はい。」
嬉しそうに僕のことを呼ぶ雅さんの元に駆け寄り、雅さんの行きたい場所と言うところに行くため、僕たちは電車に乗る。
その時の僕は、まだヤクザの世界と言うものを理解しておらず、一時間くらいだったら大丈夫だろうと、呑気に考えており、ずっと僕たちの後を誰かがつけていた事にも、気づかないのだった。
「――ここ、遊園地?」
雅さんに連れられやって来たのは、遊園地だった。
まぁ、高校生らしいっちゃらしいけど。
雅さんは「久しぶりに来た〜!」と目を輝かせると「早く行こ! 時間無くなっちゃう!」と嬉しそうにかけて行く。
そんな雅さんを見て、これは、一時間では済まなさそうだな……と思うも、楽しそうだからいいかと、雅さんの後を追う。
「ゔぅ……死ぬ……」
しばらく乗り物を乗って周った僕と雅さんは、先程ジェットコースターに乗ったのだが、僕は死にかけてしまった。
ベンチに座り、顔を青ざめさせる僕に、雅さんは「大丈夫? 絶叫系苦手やねんやったら、言ってくれたら良かったのに」と水を渡してくれる。
「ありがとう、ございます」と水を受け取り、一口飲むと「せっかく来たんだし、雅さんの乗りたいの乗らないと意味ないと思って……」と答える。
そんな僕に雅さんは「ほんまあやめんって優しいよな。何で晴臣みたいなんと連んでんのか分からんわ」と言う。
「あやめんみたいな人が、晴臣とどこで知り合ったん?」
突如、僕と晴臣さんの事について聞いてくる雅さんに、僕は「晴臣さんとは、まぁ……偶然会って、成り行きで今みたいな関係になったって感じです」と曖昧に返す。
そして今度は僕が雅さんに「どうして今日、遊園地に来たかったんですか?」と尋ねる。
すると、雅さんは真っ直ぐどこかを見つめる。
その視線の先には、家族で遊びに来ていた人たちがいた。
その人たちを見ては、懐かしそうに笑うと「昔よく、パパとママと来てたらしいねん」と言うのだ。
来てたらしい……そう言えば雅さんのご両親は、早くで離婚したって言っていたっけ。
だから、記憶がないのだろう。
雅さんは「うちは覚えてへんねんけどな、何枚か家族三人で遊びに来てる写真あったし、パパも話してくれて」と話を続ける。
「晴臣から聞いたかもしれへんけど、うち、早くで離婚しててな。パパも離婚してすぐに死んで、けど、離婚した後もパパはうちのこと遊園地に連れて来てくれてて」
「パパが死んだ後は、組やじいちゃんたちがピリピリしてたから、来ることもなくなったんやけど、もう直ぐパパの命日やからかな、なんか急に来たくなってん」
「けど、連れて行ってって行っても、今はあかんって言われてしまってな。何か無性に悲しくなって、家飛び出して来てん」
そう笑う雅さんだが、どこか悲しそうで。
雅さんの事を守るためには仕方のない事なのだろうけど、そう割り切れるほど、雅さんも僕もまだ大人ではない。
「一人で来る勇気もなかったから、あやめんが来てくれてほんまに嬉しかった。」
「ほんまにありがとう。あやめん」
そう笑う雅さんは、一見、どこにでもいる普通の高校生だ。
けれど、その笑顔の裏に隠れた過去は、一般人が想像できないほど苦しく辛いものなのだろう。
ただ、たまたま生まれたのが、ヤクザの組長の孫娘だったと言うだけなのに、彼女はこれからも自由がきかないのだと思うと、やはり、同情してしまう。
雅さんはスマホを見ると「そろそろ帰らな、ほんまに怒られるわ」と言うと「帰ろっか」と僕に言う。
そんな雅さんに僕は「もう少しだけ、遊びませんか」と言いたかったが、そんな無責任な事を軽々しく口には出せなかった。
僕たちは帰ろうと、遊園地から出て、駅まで歩いていた時だった。
「ちょおっとええかな?」
突如、僕たちの目の前に、サングラスをかけたスーツ姿の男性数人がが現れたかと思えば、そう声をかけてくる。
見るからに、怪しいその男たちに僕は警戒する。
「若月組組長の孫娘の相島雅やな?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は一気に警戒を強め、雅さんは「何なん? あんたら! そうやったら何やねん」と言う。
すると、一人の男性が「ちょっと来てもらおうか」と近づいて来ようとするので、僕は咄嗟に雅さんの手を引き走り出す。
幸いにも、男たちと少し距離があり、直ぐには捕まらなかったものの、男たちは追いかけてくる。
突然現れた男たちに、僕はもしかしてずっとつけられていたのかと思う。
あの男たちは恐らく、晴臣さんが言っていた千歳組の人たちだろう。
ならば、絶対に捕まるわけにはいかない。
僕は、絶対に雅さんの手は離すまいと、力強く握り全速力で走る。
「……み、雅さん。大丈夫ですか?」
しばらく走り、僕たちはどこかの建物の駐車場に身を潜める。
何とか男たちを撒くことが出来たが、油断はできない。
かなり走ったため、雅さんの息が荒くなっており、息を整えている。
「このまま、撒ければいいけど……」
そう呟き、男たちが来ていないか確認していると、雅さんが「……ごめん、あやめん。うちがわがまま言ったから、あやめんまで巻き込んでしまって」と謝ってくる。
震える手でズボンを掴み、申し訳なさからか、泣きそうになっている雅さん。
そんな雅さんに僕は「謝らないでください。雅さんについて行くって決めたのは僕です。巻き込んだとか考えないでください」と笑いかける。
「今は、逃げ切ることだけ考えましょう」
そう言うも、雅さんは「……ごめん」と俯く。
ただ、遊びに行きたいと望んだ事を、責めてほしくない。
だけどきっと、今の雅さんに何を言っても、自分のことを責めるだろう。
「もう少し息を整えたら、近くに開けて人が多く通る場所があるので、そこに行きましょう」
「流石のあの人たちも、大勢いる中で捕まえようとはしないでしょうから」
僕がそう言うと雅さんはゆっくりと頷く。
僕はふとスマホを確認し、雅さんに「行けそうですか?」と尋ねると、雅さんは「うん」と言うので、辺りに男たちがいないか確認し、その場から離れようとした。
その時。
「やっと見つけたわ〜。探したで」
そう低い声が響き聞こえてくる。
その瞬間、嫌な汗をかき、恐る恐る振り返ると、そこには僕たちを追いかけていた男たちがいた。
いつの間にここに……?
そう思いながらも、僕は雅さんを庇う形で立つ。
そんな僕たちに男たちは近づいてくると、懐からナイフを出し「痛い目あいたくなかったら、大人しくついて来てもらおか」と脅してくる。
僕たちの後ろは、逃げれるようになっているも、この距離では直ぐに追いつかれ、捕まってしまう。
僕が囮になって、雅さんだけでも逃げてもらう?
それが今できる、一番の事だ。
僕は雅さんに「僕が合図したら、走ってください。」と小声で言うと、雅さんは「あやめん置いて行けるわけないやん……!」と言う。
「大丈夫です。足には自信があるので」
「足に自信あるとかの問題ちゃうって!」
そう話す僕たちに、男は「何ごちゃごちゃ言ってんねん! さっさとこっち来いや!!」と声を上げ、僕の腕を掴んでくる。
その瞬間、僕は雅さんに「雅さん! 逃げて!」と叫ぶ。
その時だった。
後ろの方にいる男の人の叫び声が聞こえて来たかと思えば、その場に倒れ込む。
その男から血が流れ出ている。
「な、何やお前!」
僕のことを掴む男がそう叫ぶと「子ども捕まえるのに何人連れて来てんねん」と言う声が聞こえてくる。
低く、よく通るその聞き慣れた声。
僕は声のした方を向くと「晴臣さん……」と泣きそうになりながら、その名前を呼ぶ。
倒れている男の側には晴臣さんが立っており、僕と視線が合っては「迎えに来たで、あやめん」と笑うのだった。




