夜桜お七
帰宅した美咲はゆっくり入浴して、ベッドで横になった。
天上を見ていて、夜桜の美しさよりも香川と想いを寄せる片思いの君が並んでいる美しい姿を思い出してしまった。
⦅いつ……見ても……めっちゃ…お似合い……。
あ……最初から分かってることだし……。
誰も……こんな大女……要らないよね……。
諦めないと……諦めて……この想い……消して……。
あの夜桜が……私には似合わない。
けど、香川先輩なら……⦆
今日の夜桜見物は、美咲と同期の二人が未成年ということで、店で食事をしてから先輩たちはカラオケへ向かった。
それというのも店で「香川さん、『夜桜お七』歌ってよ。」と誰かが言った。
美咲は想いを寄せている先輩と初めて店で食事をしたので、緊張の余り誰が言ったのか分からないままだった。
ただ、⦅綺麗に食べなくちゃ。⦆とか恥ずかしい食べ方をしないように気を遣っていた。
その時、あの先輩が「香川さんに歌って貰いたいなぁ~。この後カラオケは? どう?」と言った。
誘って貰えると同期の女子社員谷口と思っていたら、「君たちは未成年だから、ここまでね。」と言われてしまい、誘って貰えなかった。
駅まで先輩たちが送ってくれて、香川が「気をつけて帰ってね。」と優しい笑みで言った。
⦅あの笑みは……先輩だけのもの……なんだろうな。
そして、先輩の笑みも……香川先輩だけの……。⦆
美咲は涙が出そうになったのを堪えて帰宅した。
部屋で天井を見ていると⦅夜桜お七……って、どんな歌なんだろう?⦆と思った美咲はスマホで検索した。
「お七って、昔の人の名前だったんだ。
八百屋お七って言うんだ。
その人が題材なんだ。
そっかぁ……恋焦がれて火事を……。
恋焦がれて………焦がれる気持ちは昔から変わらないんだ。」
そう美咲は呟いた。
横になっても、なかなか眠れなかったが、何時しか寝てしまった。
お七の家は天和2年12月28日(1683年1月25日)の大火(天和の大火)で焼け出された。
「お父つぁん! おっ母さん!」
「お七ぃ~!」
「良かった! お前が無事で……。」
「お父つぁん、おっ母さん……良かった……。」
三人は泣きながら抱き合った。
お七は親とともに正仙院に避難した。
寺での避難生活のなかでお七は、寺小姓生田庄之介と恋仲になる。
「お七ちゃん……。」
「庄之介さん……。」
「こんな想いは初めてだ。」
「私も………初めて……。」
「お店が建ったら……もう会えないんだな。」
「嫌よ! 離れたくないわ。」
「お七ちゃん!」
「庄之介さん!」
やがて店が建て直され、お七一家は寺を引き払ったが、お七の庄之介への想いは募るばかり。
「会いたい! 庄之介さんに……会いたい!」
そこでもう一度自宅が燃えれば、また庄之介がいる寺で暮らすことができると考え、庄之介に会いたい一心で自宅に放火した。
火はすぐに消し止められ小火にとどまったが、お七は放火の罪で捕縛されて鈴ヶ森刑場で火あぶりにされた。
両親は苦しい立場になってしまった。
「お七……なんで、お前は付け火などしてしもうた。」
「お七が……お七が……火あぶり……そんな……。」
寺でお七が付け火をしたことを聞いた庄之介は嘆き悲しんだ。
「お七ちゃん、どうして付け火なんか……。
お七ちゃん……お七…ちゃん……。」
誰かが美咲を「お七ちゃん」と呼んだ所で目覚めた。
「夢……怖かった……怖い夢だった。
夢で良かった。
……でも……あのお寺の若い人……
誰だったんだろう?
誰か分からないまま目が覚めた。
……私が……お七?
これって、叶わぬ恋……ってことだよね。
……最初から叶わぬ恋だと分かってるのに……。
なんで、こんな悲しいんだろう。」
母から「美咲! 遅いわよ。」と声を掛けられるまで、部屋から出られなかった。




