このわたくしの親友を陥れようなんて100万年早いですわ
「きゃっ!! ひ、ひどいですっ! オリビア様!
いくらわたくしが気に入らないからって! あんまりですわっ!!」
第二王子であるカイウス殿下の腕に引っ付きながら伯爵令嬢のモニカ様が叫ぶ。右手に持ったワインが溢れたせいで、そのドレスの裾の辺りは赤く汚れている。
「オリビア! 懲りずにまた嫌がらせをしたのだなっ! このような場でそのような醜い行いをするなんて、君は恥というものを知らないのか?!」
カイウス殿下がオリビアを睨んだ。
オリビアは表情を崩さず、静かに佇んでいる。
「このドレス、カイウス様が贈って下さったものですのに…… わたくし、悲しいですわ…… ですが、カイウス様! オリビア様は今回もドレスを贈られなかったのですもの。嫉妬しても仕方ないですわ。許して差し上げましょう?」
涙を溜めた目をウルウルさせながら、モニカ様はカイウス殿下に微笑みかける。
「モニカ…… 相変わらず君は優しいな……
だが、今日のこの所業で僕は決めたよ。今までもオリビアには散々嫌がらせをされたのだろう?もう我慢する必要はない。
オリビア! 私は君との婚約を破棄するっ!君のその陰湿な性格は王子妃に相応しくない!!改めてモニカを婚約者に指名する!!」
「…… 承知いたしました。…… 謹んで婚約破棄をお受けいたします」
オリビアは穏やかな表情を浮かべながら静かに発言した。
(オリビアもさすがに呆れましたのね。まあ、ここまでされればカイウス殿下への情もなくなりますものね。ですが……)
「あの…… わたくしから、一言よろしいでしょうか? ……王太子殿下」
と、騒ぎを聞きつけ近くまで歩いてきていた王太子殿下に尋ねた。
「君は、バーガンド家のご令嬢だね。いいだろう。私が許可する」
「ありがとう存じます。レティシア・バーガンドでございます。では、発言させていただきます。モニカ様は、ワインをオリビア様にわざと溢されたとおっしゃっていらっしゃるようですが、間違いございませんか?」
無愛想な表情を浮かべてモニカ様は言った。もう涙は消えている。
「ええ…… そうですわ。オリビア様がわたくしのワインを持つ手にぶつかってきたのですわ」
オリビアは一言も発せず、姿勢を正したまま穏やかな表情を浮かべて佇んでいる。
「婚約破棄については言及いたしませんが、わたくし、オリビア様の親友でして。親友はとても素晴らしい方ですの。その方の不名誉は晴らさせていただきたいので、モニカ様の発言については言及させていただきます。わたくし、ずっとオリビア様の向かいで会話していましたが、オリビア様は美しい姿勢を保ったままでしてよ。わたくしには、モニカ様が自分で溢されたように見受けられたのですが……」
「ち、違うわっ! わたくしがオリビア様の横を通り過ぎる時にオリビア様がぶつかってきたのよっ!」
「では…… 少し失礼して。オリビア様、こちらにお立ちください。はい。こうですね。で、手はこう。はい。そうです」
と、オリビアを後ろ向きにしてモニカ様の横に立っていただく。
「このような位置で間違いはございませんね?」
「そうよ。わたくしがカイウス様とともにオリビア様の横を通り過ぎようとした時に、ワインを持つ腕にオリビア様の腕がぶつかったのよっ!」
「…… おかしいですね。それはとても無理でございます。オリビア様はこのように右手にはたっぷり入ったワインをお持ちです。すれ違う時に右腕がぶつかったのでしたら、オリビア様のワインも溢れていておかしくないはずです。先程も申し上げましたが、オリビア様はモニカ様とすれ違う瞬間もその姿勢は全く動きませんでしたわ。オリビア様を庇っている発言ではございません。王太子殿下の御前、虚偽の発言は決していたしませんわ」
「っだが! 今回はモニカの勘違いだとしてもっ!
今までのモニカに対する嫌がらせは事実なんだっ!そんな悪辣な事を行うオリビアは王子妃に相応しくないっ!」
カイウス殿下が叫ぶ。
「……その悪辣な事とはいかようなものでございますか?わたくしは、学院で常にオリビア様のお側におりますが、そのような事をなさっている場面は見た事がございません。いつ、どのように行なったのか詳しくご説明いただければ納得出来るかもしれませんが……」
「…… 中庭の池に突き飛ばされたと、モニカがびしょ濡れになって生徒会室に来たことがある。文化祭の前々日だ」
「モニカ様がオリビア様の横を走って通り過ぎた後、バランスを崩して池にダイブされた時ですわね。あの場にはギルバート・ラウザー様、セドリック・ケッペル様、クレア・ベアリング様、リディアナ・ウェルズリー様、ユリア・スタンリー様がいらっしゃいました。皆様、オリビア様が突き飛ばしたのを見ましたか?オリビア様はあの時両手で重い資材を抱えていらして歩くだけでも大変な状況だったはずですが」
名指しされた方達は戸惑いながらも、前に出てきた。
王太子殿下が皆を見回して
「発言を許可する」
と一言発した。
「…… 私は、その場にいましたが、オリビア様の横を通り過ぎた後にモニカ様が体勢を崩されたと記憶しております……」
「自分は、悲鳴を聞いて顔を上げたのですが、その時にはモニカ様が池に入っていたところでした。突き飛ばされたのかはその場をみていないのでわかりません……」
「わたくしが覚えている範囲でお答えしますと…… オリビア様とレティシア様も、お二方とも両手で資材の入った箱をお持ちでした。一人で運ぶには少し大変そうな重さがあったように思います。突き飛ばすのは難しいかと…」
「自分は…… オリビア様とレティシア様はお二方とも今日も美しいな…… と、少し見惚れておりましたので…… お二人が並んで池の横を通られるのを見ていましたが、モニカ様がオリビア様の横を走って通り過ぎた後にバランスを崩されていらっしゃいました。すぐにモニカ様を助け出したのですが、生徒会室に行くから大丈夫とおっしゃってそのまま走って去られました……」
「わたくしもそのように記憶しています。レティシア様にお伺いしたい事があってお二人に近寄っていたので、モニカ様がバランスを崩されて池に落ちた時には本当に驚きました」
「〜〜〜っ!もう結構ですわっ!!わたくしの勘違いでしたわっ!!」
「…… そ、……そうだっ!!それはもういいっ!!
音楽祭の日の放課後に階段からオリビアに突き落とされたとモニカが足首を捻挫したんだっ!それは卑劣な行いだろうっ!!」
「音楽祭の日の放課後ですか……
音楽祭の日は、演奏会が終わってオリビア様とともに演者控え室におりましたところ、オリビア様のバイオリンの演奏が素晴らしかったので、サロン参加について音楽家のエリック卿がお話しをしたいとの事でしたので、オリビア様は来賓控室にそのまま出向かれましたわ。わたくしもエリック卿のサロンにピアノのセッションで参加して欲しいと言われまして、オリビア様に同行いたしましたの。エリック卿とのお話しの後はそのまま会場の後片付けをお手伝いいたしました。後片付けをしていた生徒は12人いらっしゃいましたが、その方々のお名前も全員言えます。お名前をお呼びいたしますか?」
「……いや、そこまではしなくていい。君の発言に嘘はないと信じる。……モニカ嬢、何か弁明はあるかな?」
「わ、わたくしの勘違いだとしましてもっ!階段から突き飛ばした方がいるのは事実ですわっ!!オリビア様ではなかったのかもしれませんがっ!」
「……そうか。では、オリビア嬢に突き飛ばされたとの事実はないんだな?」
「顔を見ていないのでどなたかはわかりませんっ!足の痛みで顔を上げれなかったのですわっ!で、ですがっ!普段からオリビア様はわたくしに対して冷酷な言葉を発せられていましたので、オリビア様がそうしたと思っても仕方ないのですわっ!」
「えぇっと…… その冷酷な言葉ですが……
わたくしからすればごく普通の忠告かと思います。婚約者のいる殿方にあまり近づきすぎるのは良くない、廊下を走るのは令嬢としての気品を損なう、とか身体的接触は令嬢は婚約者以外には行わない、とかですよね?」
「そうだっ!婚約者である私がモニカに優しくしているのが気に入らなかったのだろう?普段からモニカに対して厳しく当たっていると聞いているっ!モニカと私の仲が良すぎて嫉妬したあまり、モニカの教科書に花瓶の水をぶちまけたとも聞いたぞっ!」
「……特別講師であるマルクス卿がいらっしゃった時ですわね…… あの日は、マルクス卿が花粉に弱いからと教壇の近くにあった花瓶をわたくしとオリビア様が隣の教室に移そうと廊下を歩いていた時に、廊下を走っていたモニカ様がオリビア様にぶつかってしまって、モニカ様の持っていらした教科書に花瓶の水がかかってしまったのでしたわね。まだ講義開始前でしたから、廊下にはアルバート・ケアンズ様、リチャード・ブライ様、モーリス・ドラモンド様、ソフィア・マーシャル様、エレーヌ・ハワード様がいらっしゃいました。水がかかってしまった教科書を必死にハンカチで拭いているオリビア様のお姿を見ているはずですので、その時の証言が得られると思うのですが……」
「……もう、いい。
王族の発言は重い。カイウスとオリビア嬢の婚約破棄は決定事項だが、カイウスとモニカ嬢の婚約については陛下に委ねられる。隣国の大使の歓迎の場でこのような騒ぎを起こしたカイウスの責も追及が免れないぞ。自室で待機するように。モニカ嬢とオリビア嬢はこちらから連絡するまで邸宅で過ごしてほしい。
……皆の者は、引き続き式典を楽しんでくれ」
王太子殿下は、楽団の方に合図を送った。王太子殿下の発言以降止まっていた音楽が再開される。
側にいた近衛兵にカイウス殿下を自室まで送るよう指示し、不機嫌な表情を浮かべながら近衛兵とともに去っていくカイウス殿下とモニカ様の姿に、小さくため息をついた王太子殿下が、わたくしをみる。
「……レティシア嬢。君の噂は聞いていたよ。学院で首席をキープしているらしいね。君の記憶力が素晴らしいからだという事が今わかった。その能力に期待したい。出来ればこれから、隣国大使達の接待をお願いしたいのだが引き受けてくれるな?」
「……謹んでお受けいたします。…… その前に……
少しオリビア様とお話しさせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。
では、向こうの貴賓席で待ってるよ」
少し微笑んだあと、キリッとした表情を携えて王太子殿下は去って行った。
オリビアに向き直る。
「……わたくしはあのままでも良かったのよ?婚約破棄に対する受け入れは出来ていたもの」
「わたくしが嫌だったのよ。オリビアに非は何一つないのだから。
これからきちんとした調査が為されるとは思うけれど…… カイウス殿下とモニカ様はお咎めなしとはならないでしょうね。
仕方ないわ。わたくしの大好きなオリビアを陥れようとした報いだわ」
「ふふっ、レティシアを敵に回して勝てる人なんていないわよね。ありがとう。レティシア。
……でも……きっと、王太子殿下はレティシアを逃さないわよ?あなたの能力に気づいてしまったようだし。よかったの? 王族には絶対なりたくないんじゃなかった?」
「そうなんだけど…… 王太子殿下の婚約者が不在となってしまった時点で、お父様は遅かれ早かれわたくしが指名されると思ってらして、少し前に覚悟を決めるように言われたの。だから、もういいかなって。その立場になったら、オリビアの婚約者についての発言も許されそうだし。
トリスタン殿下が気になるのでしょう?その方向で進めちゃっていい?そしたら、これからもオリビアの近くで過ごすことが出来るから、それがわたくしにとって一番重要なことなのよね」
「まあ、レティシアったら…… ふふっ、なんでもお見通しなんだから。
すべてレティシアにお任せするわ。わたくしは、これからもずっとあなたの親友よ。あなたがそうであるように、わたくしもあなたの味方であり続けるわ。
大好きよ。レティ」
オリビアは、花開くように綺麗な笑顔をみせた。
わたくしも、満面の笑顔でそれに応える。
「ふふっ。じゃあ、わたくし達が姉妹になるとの連絡を邸宅で首を長くして待っててね」
――――――
王太子殿下であるアルマンとカイウス殿下は正妃の子で、成人となった時に婚約者が決められた。王太子殿下は、隣国の第二王女殿下。カイウス殿下は侯爵令嬢であるオリビア。けれどカイウス殿下と同じ歳ながらも側妃の子供であるトリスタン殿下にはまだ婚約者がいなかった。側妃の実家とその婚約者が力を持ち過ぎないようにするためで、正妃の子達が婚姻後にトリスタン殿下の婚約者が選出される予定とのこと。
トリスタン殿下は、義妹になる予定のオリビアがカイウス殿下に冷たくされていることを気の毒に思ってか、学院のカフェテリアや夜会の時にさりげなく声をかけてくれていた。
わたくしからみて、非の打ち所がない二人、もちろんオリビアとトリスタン殿下ね。その完璧な二人が惹かれ合うのも無理はないと思うの。だって、お二人とも気品に溢れ、優しく、聡明で素晴らしい人物なんですもの。
反してカイウス殿下はとても残念なお方でした。その地位に甘んじて生きてきたせいなのか、奢っていて視野が狭い事はもちろん、分かりやすい色仕掛けにも引っかかってしまう愚かさ…… オリビアには全くもって相応しくなかった。不敬になるけども、おバカなモニカとはお似合いでしたわね。まあ、二人の婚約がなされる事はないのでしょうが。あ、でももしかして既成事実があったらなされるかもしれません。あの二人ならそうなっていてもおかしくないし。まあ、それならそれでいいでしょう。離宮にでも追いやって大人しく過ごしてもらえば。
って、そう。なんで、わたくしがここまで考えるかというと…… 王太子殿下の婚約者が少し前にいなくなってしまったからなのよね。なんでも、反対隣の王太子が留学中にお互い恋に落ちてしまったと。双方の国から慰謝料をいただいて円満に婚約解消に至ったと聞かされた時は王太子殿下が少し気の毒に思ったけれど。その後、お父様から指名を受ける覚悟を決めろと言われ、血の気が引いたし、なにすんなり許しちゃってんの?王太子?と内心で少し八つ当たりもしたのだけれど。だけどよくよく聞くと、浪費の激しい王女に思うところがあった王太子が、隣国での婚約者としての顔合わせの場に、留学していた他国の王太子を招いて、留学中何かとよろしく頼むよとわざわざ王女に紹介したと…… それって、アルマン殿下、結果を狙って紹介したのでは?目論見通りに進んだと思ってない? と思ってお父様に尋ねたら、苦笑してらしたわ。
まあ仕方ないと冷静に事実を受け止めて、オリビアと姉妹になる道を見つけてからは前向きに考ることにいたしましたわ。
だって、オリビアはわたくしの唯一無二の親友だから。
わたくしは人が持っていない能力である、瞬間記憶というものを持っている。一度見たものはすぐに覚えるし忘れない。過去のことを全て思い出せる。物心ついた時からそうだった。幼い頃に参加したお茶会で、一度しか会っていない子でも二回目に会った時には、その子の名前や一回目に話したこと行った事を話した。最初は覚えていてくれて嬉しいと笑っていた子も、それが続き、そして全員の事を覚えているわたくしを気味悪がるようになった。他の子達と明らかに違うわたくしを遠ざけるようになったの。わたくしも、目に入る情報が多くなり過ぎて疲れていたから、お茶会に参加する事が苦痛になっていたので、一年後にはお茶会に参加する事はなくなったわ。
だけど、オリビアだけは最初から態度が変わらなかった。わたくしが何でも覚えていることを素直にすごいと言って褒めてくれたし、他の子達が気味悪がっても、気味悪がる方がおかしいのよと笑って側にいてくれた。お茶会に参加しなくなっても、お互いの家を行き来してずっと交流を続けてくれたの。
学院でも、わたくしが目に入る情報が多いと疲れるからと、常に本を読んで過ごしていても側で同じように本を読んでくれたし、移動の時はあまりに人が多い場所では下を向きながら歩いてもいいようにと、手を繋いで歩いてくれたりした。わたくしの能力を賞賛するとともに、その能力ゆえの苦労を労ってくれたの。
心から出会えてよかったと思う唯一無二の親友。
だから、その親友を蔑ろにする人が許せなかった。
だから、あそこで発言することにしたの。
アルマン殿下は、お父様方重鎮の情報からわたくしの能力についてご存じだったようだし、まあいいかなと。
アルマン殿下の為人も悪くないようだし。
少し腹黒そうだけれど、わたくしにはちょうど良い感じよね。
オリビアを陥れようとした二人に対して、このわたくしを敵に回すなんて100万年早いですわ!と思ったわたくしも十分腹黒ですしね。
――――――
退出するオリビアの後ろ姿を見送り、淑女の仮面を貼り付けた。
さて、今まで能力を自粛してきた分、これから王太子妃、王妃として能力を存分に使うとしますか!
まずは、外交からね。
アルマン殿下と良い関係を築くための第一歩を、踏み出す事にいたしましょう!
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