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第五話 「希望のない最後の涙」

 深雪はまた、足を動かしていた。

 無意識に前へと進み、何も考えず、ただただ歩き続ける。

 もうその動きが、自分の意志であることさえ分からなくなっていた。

 視界はぼやけ、目の前に広がる景色も色を失っていた。


 ただ、足元の血の感触だけが、やけに生々しく感じられる。

 地面に残る血痕が、次第に広がり、まるで深雪の足取りを追っているかのようだ。

 その血の道を辿って、次々と人々が倒れ、無音の中で命が消えていく。

 彼女の目には、すべてがもう過去のように映っていた。


 でも、心の中では、わずかな感情が残っている気がした。

 それはもはや確かなものではないが、どこかで感じていた。


「まだ、何かを…」

 その思いが、胸の中でかすかに囁いたが、すぐにその声も消えていった。

 深雪はただ、身体の動くままに足を踏み出す。


 歩きながら、彼女はふと立ち止まる。

 目の前に、倒れた人々がいる。その顔に見覚えがあった。

 以前、かつての生活の中で見たことのある表情。

 その中に、彼女がかつて知っていた誰かの顔もあった。

 そして、その目が深雪を見ているような気がした。


 でも、その目はもう何も語らない。

 ただ、無惨に死んだ顔が、深雪を見つめているだけだった。


 涙が、彼女の目から零れ落ちた。

 それが何のための涙なのか、深雪にはわからない。

 ただ、心の中で、何かが壊れていくのを感じた。

 そして、また一歩を踏み出す。

 その一歩が、どこへ向かうのか、深雪にはもうわからなかった。


 身体が勝手に動くその度に、深雪は何度も心の中で叫んでいた。

「どうして…どうしてこうなったのか」

 でもその声も、彼女自身に届くことはなかった。


 また一歩、そしてまた一歩。

 歩き続ける彼女の足音だけが、虚しく響き渡る。

 その足音が、空虚な世界の中で唯一、確かに存在している音だった。


 そして、深雪は再び立ち止まる。

 その目の前には、今度は他の感染者たちが立ち並んでいた。

 無表情な顔、無意識に歩く足。

 その中で、誰かが深雪の目を見つめている。


 その瞬間、深雪の心に一つの考えがよぎった。

「もう、戻れない」

 そして、その考えが深雪を再び動かす。

 身体が勝手に、群れの中へと進んでいく。

 足が、血にまみれた地面を踏みしめて、また歩き出す。


 その瞬間、深雪は思った。

「これが最後だろうか」

 だが、その答えも、もう彼女には届かない。


 涙が、また一粒、零れ落ちる。

 それが何を意味するのかもわからないまま、深雪はただ歩き続ける。


 無音の中で響く足音だけが、彼女の唯一の証だった。

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