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8 リオンのリベンジ

「むむむ……」


 盤の前でじいさんが唸っている。

 この人はお隣さんのご隠居。

 つまりリオンきゅんのおじいちゃんである。


 そして、盤を挟んで対峙するのはご存じリオンきゅん。

 この子を弟子に取ってから約束の一か月が経過した。

 約束とは「一か月でじいちゃんに勝たせてやる」というもの。

 この言葉を殺し文句にリオンきゅんを弟子に取り、毎日お昼過ぎから日が暮れるまで将棋の稽古を積ませてきた。


 その甲斐あってか、リオンきゅんはどんどん上達していった。

 この年頃の脳味噌なんてスポンジや脱脂綿みたいなもんで、教えれば教えただけ貪欲に知識を吸い込んでいく。

 今やこの子は3級ぐらいあるんじゃないか。

 

 というか俺と出会った時点で、将棋を覚えて一週間とかだったはずだから、大体40日ぐらいで3級になったわけだ。

 成長率やべーな。

 これは案外早く俺の夢が叶うかもしれん。

 

 俺の夢は、俺を倒せるぐらい強い奴と戦うこと。

 思考回路が戦闘狂じみてるが仕方ない。

 俺は飢えているのだ。


 パチリ、と4寸盤の上で駒音が鳴る。

 この盤は木工ギルドより金貨3枚で購入したものだ。

 本来であればこれは売り物ではない。

 ギルドマスターが趣味で作った物であり、本人も「これは売りたくない」としぶっていたが、とある賭けによって売ってもらうことに成功した。


 賭けの内容は、

「六枚落ちで俺が勝ったら売ってくれ。負けたら今ある金を全てやる」だった。

 マスターはギャンブル好きだったらしく、鼻息を荒くして賭けに乗ってきたわけだが、あっさりと俺は勝利を納めたのである。

 ぶっちゃけ八枚落ちでも良かったかもしれん。

 マスターはリオンきゅんより弱かったから。


「──これでどうじゃ!」


 ご隠居は勝負手に出る。

 角を犠牲にして無理やり飛車を成らせる作戦だ。

 今までのリオンきゅんなら怯んでいたかもしれない。


 だが今はもう違うのだ。

 あの頃のリオンきゅんではない。

 もはやリオンさんである。


 はっきり言おう。

 それは無理攻めだ。悪手である。

 当然リオンさんはこれを咎めにいく。

 

 持ち駒の歩を打って壁を作る。

 特に利きのないこの歩は、すぐに飛車で取られて意味がないように見える。

 だがそれは罠だ。この歩はいわゆる毒饅頭。

 取ったら王手飛車の両取りをかけられる。


 そこに気づかないほど、ご隠居も弱くはない。

 だから手が止まる。

 手が止まって、何も出来なくなる。

 この一歩でほぼ勝負は決した。


 指す手が見つからないご隠居と。

 やりたい指し手が山ほどあるリオン。


 将棋はこうなったらもう駄目だ。

 駒の損得にそれほど大きな差はない。

 だが盤面が完全に終わっている。


「む、む、む、んんん。──おいラウルよ。ちょっとヒントをくれんか?」


 脇で見てる俺に、ご隠居が助けを求めて来た。


「ダメぇー! 師匠ダメぇー!」


 それを大きな声で制するリオン。

 涙目で首をぶんぶんする可愛い生き物。


 ふむ、と俺は少し考える。

 ここから俺が指し継いだとして、俺はリオンに勝てるだろうか?


 うーん、多分勝っちゃうな。

 終盤でべたべた金駒で守りを固めれば、リオンはどっかで間違えるだろう。

 相手のミスを期待してみっともなく粘り続けるというのも一つの将棋だ。

 むしろそれが将棋の本質とも言える。


 将棋は良い手を指した奴が勝つのではない。

 悪い手を指した奴が負けるのだ。


「──ではご隠居。ひたすら粘って下さい。こうなった以上は相手が間違えるのを期待するしかありません」


「そ、そこまで悪いのか……」


「評価値で言うと-2800ぐらいありますね」


「ひょうかち?」


「あ、いえ、気にしないで下さい」


 評価値とは将棋AIによって現局面の有利不利を数値化したもの。

 この世界で将棋ソフトやAIについて語っても誰も理解できないだろう。


「師匠はもう何も言ったらダメ!」


 リオンは大変ご立腹である。

 この勝負よっぽど勝ちたいみたいだな。

 まぁ確かに第三者が横から口を挟むのはマナー違反だ。

 勝負がつくまでは沈黙を貫くとするか。


「仕方ないのぅ。それでは自陣に手を入れるとするか」


 ──パチリ。

 ご隠居は自信なさげに金を自玉へ寄せる。

 遊び駒の活用は重要だ。

 伊達に年を食ってない渋い一手。


 みんな上手いんだよな。

 ご隠居も将棋を覚えて三か月ぐらい。

 実力としては5級~6級ってところだろうか。


 そりゃリオンと比べれば劣るに決まっているが、この年齢でこの成長率はかなり高い方なんじゃないか。

 やはりこの世界の住人は総じて成長が早い気がする。

 だって戦法書とか定跡書とか無いんだぜ。

 俺が指導してるリオンを除けば、みんな独学で強くなってるわけで。


 ひょっとすると俺が知らないだけで、すでにこの世界には初段クラスが誕生しているのかもしれない。

 だとしたら俺の夢はもう後二年もすれば達成されるのではないか。


 もっとも初段から先はいくつか壁があるんだけどな。

『早石田』とか『右四間』とか『ゴキ中』とか。

 そして振り飛車の天敵、『居飛穴』とか。


 あ、でも、この世界だとそれが知られてないのか。

 やはり戦法書の出版を急がねばならんな。



 これからの事を色々と考えているうちに、どうやら勝負は決したようだった。

 見ればご隠居の玉には詰みがある。

 長手数だが難しい変化は特に無い。

 指してるうちに途中で気づくような実践的な詰将棋になる。


 ピシリ、と良い駒音が立ち、リオンは間違えなかった。

 評価値はリオンに+9999。

 約束は果たしたぞ。


「──まいった。ワシの負けじゃ」


 ご隠居は恭しく頭を垂れた。


「ありがとうございました!」


 挨拶の後、リオンは大喜びで俺に抱きついて来た。

 良かったなーリオン。

 うりうり、としばし師弟はその場でじゃれ合うのだった。



リオン


棋力:3級ぐらい

最近、棒銀を覚えた。

そろそろ六枚落ちで師匠に勝てそう。

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