4 美貌と多忙
弟子、弟子か。
いい響きだなぁー。
だって弟子ですよ弟子。
この俺が弟子を取るとか、前世じゃ考えもしなかった事だ。
何おまえプロでもないのに弟子とか取っちゃって、ちょっとイキり過ぎてない?
ここが異世界だからって調子こきすぎじゃない?
そんな声が前世から聞こえてきそうだが、いいじゃないか。
どうせこの世界で俺より将棋強い奴はいないんだ。
強くなりたい奴がいて、俺には教えられるだけの強さがあった。
だったらもう師弟じゃん!
誰がなんと言おうと、リオンきゅんは俺の弟子にするの!
もしくは孫でも可!
そんなわけで、いま俺はしこしこ詰将棋を作っている。
とりあえず盤駒制作は、今日の分のノルマをこなした。
そして今は夜。
電灯もないこの世界じゃ、まともな奴はとっくに寝ているだろう。
だが俺は将棋普及のため、そしてリオンきゅん育成のため、こうして蝋燭に火を灯し詰将棋を作っているわけだ。
ちなみにだが両親はお出かけ中だ。
二人は夜になると、ときどきこっそりと家を出る習慣がある。
こんな夜にどこへ、と最初は思っていたが、最近になって合点がいった。
あの二人は逢引きしているのだ。
俺に気を遣って、こっそりと外で、恐らくは例の休憩所で色々と励んでいるっぽい。
何に励んでるかって、そりゃ将棋でない事は確かだな。
だってあの二人はまだ三十代の半ばだ。
母に至っては相当若く見える。
こんな街はずれ農家の奥様が化粧なんぞするはずもなく、すっぴんであの美しさだもの。親父殿も我慢できんだろうさ。
かく言う俺も五十代まで婆さんと励んでたからなー。
子供が一人暮らし始めるとな、それまで恥ずかしくてなかなか表に出せない愛情が爆発するのよ。
数年ぶりの夜は燃えるぜー。
ん? 聞きたくないって? あーそう。
ていうかこの世界って避妊具とかないよな。
なんで俺に妹や弟がいないんだろう。
何とは言わんが、よっぽど綿密に計算しているんだろうか。
しかしまぁこの身体、若いってのは素晴らしいことなんだが、辛いなこれ。
精力が強すぎる。
元々一人でどうにかして来たのは間違いないんだが、枯れた状態を知ってる今だと余計に苦しい。
生々しい話、このままじゃ母親に欲情しかねん。
早く恋人でも何でも欲しいところだが、そこは婆さんの顔がちらついて、どうにも気持ちの整理がつかなくなる。
そもそもこんな街はずれの集落だと、同年代の女性すら見つけるのが難しいという問題もある。
少しばかり自惚れた話をするが、この世界の俺はかなり美形だ。
だって両親がすんごい美男美女だから。
街中を歩けば皆が俺を振り返るレベル。
街の中心部にはときどき買い出しに出かけたりするが、一人でいると大体女性に声をかけられるのである。
母譲りのキラッキラでサラッサラな金髪。
父譲りの彫りの深い精悍な顔つき。
それらがミックスされると、どこか気品漂う貴族風の美少年が誕生する。
あの二人ってな、身内の逆補正があった上で、この評価なのよ。
赤の他人として見るとな、国宝級の超絶美形なんだわ。
で、俺はそんな人達の子供なわけ。
事実として俺はちょっと前、それこそ前世の記憶を取り戻す前の話になるが、父の農家仲間の若い奥さんから誘惑されたことがある。
その時の俺は固唾を飲んで死ぬほどドキドキしていたが、なんとか誘惑を振り切って逃げだしているのだ。──偉いぞ俺!
一歩間違えたら父の友人の妻を寝取ってしまうところだった。
そんなの気まず過ぎるだろ。街にいられなくなるわ!
でも本当にどうしよう。
婆さんに操を立てて一生独身を貫くべきか。
それとも前世は前世と割り切って、新しい妻を迎えるべきか。
まだまだ先の事と思うかもしれないが、それほど遠い未来でもない。
この世界の平均結婚年齢って、十八歳ぐらいなんだよなー。
けっこう遊んでたらしい親父殿も、早く恋人を見つけろってせっついてくるし。
「あー駄目だ。集中できん」
俺は詰将棋を作っているのだ。
気が付けば全然手が進まず、何も考えられない状態になっている。
もうアレでいいや。俺の知ってる三手詰めの最高傑作を書いたろ。
リオンきゅんは果たして解けるだろうか。
この問題は初見だと本当に解けないからな。
そう思った時、家の玄関から両親の戻って来る音が聞こえた。
今日は少し早かったな。
まだ一時間も経ってないぞ。
遊んでたらしい割には情けない結果じゃないか、親父殿よ。
俺は心の中で嘲笑してやると、蝋燭を消してもう寝ることにした。
──ちゅんちゅん、ちちちち、ちゅんちゅんちゅん。
小鳥たちの囀る翌朝。
母はちょっぴりご機嫌斜めだった。
それに伴い父は少し委縮気味だった。
焦げた目玉焼きの皿をドンとテーブルに置くお母さん。
それに俯きつつもビビる親父殿。
──これは、どっちだったんだ。
役に立たなかったのか。
それとも、逆に興奮しすぎて早々に果てたのか。
まだ弟や妹を期待している俺としては、後者であって欲しかった。
「最近聞いたんだけどさ、朝食にはバナナが健康に良いらしいんだって」
さりげなくフォローしておこう。
亜鉛の摂取は大事だぞ。
その後、俺はアトリエに向かい、もはや日常と化した盤駒制作に取り掛かる。
納期は少々遅れてしまうが、今日は念願の彫り駒を作ってみようか。
その後はいつもの休憩小屋で、リオンきゅんに将棋を教えて。
それから昨日作った詰将棋、といっても30問ほどだが、これを出題して小屋の壁にでも貼っておこう。
こうすれば皆が見れて、全体の棋力向上にも繋がるだろう。
そして夜はまた、詰将棋制作だな。
あー、やることが多いな。
もっと効率の良い普及方法ってないもんか。
せめて盤駒の制作を誰かに任せられないかな。
今のまま俺一人の手作りじゃさすがに限界がある。
あれこれ腕組みして考えていると、いつの間にか昼寝をしてしまった。
気が付かないうちに疲労が溜まっていたんだろう。
夢の中に出て来た婆さんは、にこにこと微笑んでいた。
俺の愛した人は、やっぱり美しい。