11 家族会議
「父さん、農家辞めようと思うんだ」
とある日の夕食時、父は突然そんな事を言い出した。
我が家の食卓にどよめきが起こったのは言うまでもない。
「辞めるって、どういう事?」
「そのままの意味だ。今ある畑は収穫が終わり次第、休耕地にしようと思う」
ふむ。
それはわかったが、どうして辞めようと思ったのか。
そして、辞めてどうするのか。
その辺を聞かないと母さんも納得しないだろう。
「ラウル。おまえ今、将棋の1セットをいくらで売っている?」
「え? 銀貨30枚だけど」
この値段設定はなかなか強気だと思う。
モチさんに支払うのが銀貨20枚だから、1セット売れる毎に銀貨10枚の純利益が出るように計算している。
ちなみに原材料費なんかはモチさん持ちだ。洒落じゃないぞ。
歩合制だとやる気も違うのか、モチさんは俺が思っていた以上に仕事が早い。
当初の予定では一日に2セット作ってもらうはずだったのが、今では3セット作ってもらっている。
そしてどこからか父が持って来るセット作成依頼の予約は、もはや来年までびっちりと埋まっていた。
作れば作った分だけ、即座に売れていく。
つまり一日の売り上げは銀貨30枚というわけだ。
これは前世風の言い方をすると、日給3万円なんて事になる。
正直めちゃくちゃボロい商売なんだが、仕事は全部モチさん任せというわけにもいかず、俺は駒の文字を書いていたりする。
モチさんじゃ木材の成形は出来ても、駒の漢字は書けないからな。
「──ラウル。おまえの作った将棋な、とうとう海を渡ったぞ」
「え? どういう事?」
「船乗りが船に持ち込んでたらしくてな、そこから海外にまで広まって、父さんのところに外国から発注がきたんだ」
「──は!?」
言ってる意味がわからなかった。
いや、意味はわかるが、それがどういうルートで父に依頼が来たのか謎すぎる。
「最初は農家仲間の寄り合いからだったな。そこで披露して、作って欲しいって奴が何人か出て来た。そこから広まって、街の中心部に住んでる息子夫婦にも送りたいとか言う奴まで現れて、それで街の中心部にまで広まったんだったな」
遠くを見るように父は語った。
確かにその辺から爆発的に普及が進んだわけだが、親父殿は何が言いたいのだ。
「──父さんの知り合いに街で行商人をやっている奴がいるんだが、今はそいつと協力して将棋の売り込みをしていてな。それがもう農家の片手間で出来る規模を超えてきているんだ」
そうだったのか。
確かに最近の親父殿が持って来る依頼の数は、異常に多かった。
一体どんな営業をしているのか気になってはいたが、そういう事だったのか。
「それでな、父さん計算してみたんだが、今やってる農家の収入なんてたかが知れてるから、これはもう売り込みの営業に専念した方が良いという結論になった」
「それはわかったけど、その営業を手伝ってくれてる行商の人って、その人にはお金とか払ってるの?」
「ああ。それはおまえが家に入れてる金から出しているから問題ない」
「そうなんだ」
なるほど、事情はわかった。
そういう事なら別に良いのではないか。
俺としても将棋の普及に専念してもらえるなら、それに越した事はない。
問題は母さんがどう言うかだけど──。
「私は、父さんが決めた事なら良いと思うわよ?」
それまで黙っていた母が動いた。
母さんもGOサインを出したなら、もはや何の障害もあるまい。
突如として始まった家族会議は、そうして終わりを迎えた。
「ところでおまえが雇ったっていう木工職人の人だけど」
なのでここからは、ただの雑談タイムである。
「ん、モチさんの事?」
彼女については、しっかりと事前に話を通してある。
元々、盤駒作成が激務過ぎる事は両親も知っていたし、木工ギルドから誰か人手を雇いたいという話もしてあった。
家に帰ったら「知らない人が納屋でノコギリ引いてる」とか、さすがに怖すぎるだろうし。
「あの子、でかいよなぁ……」
その言葉に、俺はどう反応するべきかわからなかった。
親父殿、気持ちはわかるが、この場でしみじみ言う事ではなかろうに。
「あら、そんなに大きかったかしら」
母さんも耳聡く反応しなさんな。
さりげなく胸を張って対抗するんじゃないよ。
勝ってるから安心しろ。
「しかしラウルも隅に置けないな。どこであんな子を引っ掛けて来たんだか」
「いや、木工ギルドの徒弟さんだよ。前に言ったじゃん」
「血は争えないという事か」
聞いてるんだか聞いてないんだか、父は一人勝手に頷いている。
つか人を勝手に巨乳好きにカテゴリーすんな。
どちらかと言えば慎ましい方が好きなんだからな、俺は。
実際に婆さんなんか、それはそれは慎ましいものでしたよ。
ホットケーキにブドウが乗ってらぁ、なんつって殴られた日もあったぐらい。
「──そういえば、父さんと母さんはどうやって知り合って結婚したの?」
婆さんの事を思い出していたら、ちょっと気になった。
何かやり返せる材料を探していたとも言う。
「そうねぇ。あれはまだ私が十五歳の時だったかしら。あの頃は実家のしつけが厳しすぎて嫌になって──」
「母さん。その話はもういいだろう」
斜め上を見ながら昔を思い出す母に、父は困ったように遮る。
そこで止められると、本当にかっさらった説が真実味を帯びるんだが。
「ラウルも、もう寝なさい」
むう。
そんなに知られたくない事なのか。
まぁこちらも大して気になる話でもないし、そんなに嫌なら気にするまい。
それより盤駒制作の方はこのままモチさんだけに任せて良いんだろうか。
彼女の頑張りで一日3セット作れてはいるが、それ以上に予約が殺到してるから、正直言って生産が間に合ってない。
さらに人を雇おうにも、今のアトリエじゃちょっと手狭になり過ぎるし。
そもそも元が単なる納屋だからなぁ、あそこ。
今はまだ様子を見るにしても、いつかは街に引っ越した方が良いかもしれん。
でもそうなると、リオンとも離れる事になってしまうんだよな。
大した距離じゃないとはいえ、それでも毎日通い詰めるのは厳しくなりそうだ。
うーむ。
これが今後の課題ってことか。
俺は食器を片付けると、そのまま自分の部屋に戻るのだった。




