第1話《この世に生を受けて……》
俺は死んだ――筈だった。
なのに何故か、俺は見知らぬ場所で、赤ん坊からやり直している。
――ルディア。
それが、俺の名前だった。
「ルディア。お前は、本当に可愛いなぁ」
やめろ、オッサン。顔を近づけるな。息が臭い。鼻が捻じ曲がるだろう。俺が無抵抗なのを良いことに、俺のオヤジは俺を愛で捲っている。その愛情はありがたいが、鬱陶しかった。仮にも前世では、30手前まで生きてきたんだ。それなのに、同じような年齢の男に頬ずりされるのは、苦行でしかなかった。
「ほら、マルス。ルディアが疲れてしまうわ。そろそろ、寝かせてあげて頂戴」
「解ってるよ、ナディア」
助け舟を出してくれた絶世の美女は、母のナディアであった。柔らかくて、温かくて、良い匂いがする。なのでナディアに抱き締められると、心が落ち着くのだ。
これこそが、世間一般でいうところの『母の温もり』というやつなのだろう。残念ながら、前世ではそれを俺は経験していなかった。だからこそ、簡単に家族を見限れたのだろうけど、その後の人生のことを考えたら、それはそれで良かったのかもしれない。
俺が死んでから、シホミや子供たちはどうしているだろうか。店の収益がとんでもないことになっていたので、金に困るということは皆無だろう。俺の死亡保険も入るので、それだけでも子供たちが育つまでは困ることはないはずだ。
――もう会えないのは、辛かった。心残りばかりが募る一方ではあるが、新たな人生を俺は謳歌しなければならない。それが、この世に生を受けて俺が最初に思ったことなのだ。子供たちはきっと、立派に育っていくさ。親がいなくとも子は育つ、ってやつだ。
それにしてもだ。
この身体は、少しばかり不便であった。
自力では、満足に動き回ることも出来ないのだからな。なので、両親には早く眠ってもらいたいものだな。
●
――深夜。
家族が寝静まった頃に、俺の自由時間がやってくる。
どうやらこの世界は、剣と魔法の世界のようだった。ファンタジーな世界に俺は転生されたようだ。
そして俺の体内には、溢れんばかりの魔力が流れているのか、魔術が使えるのだ。
無詠唱での空中浮遊はすでに、習得している。なので俺は、夜な夜な抜け出しては読書に明け暮れているのだ。この世界の文字は、前にいた世界とは違う物だったが、どういう訳か理解ができた。おそらく無意識のうちに解読の魔術を行使っていたのだろうな。
「あばぅ~……」
俺は溜め息をつくと、書庫の扉を開くために術を放った。家族を起こさないように出来るだけ無音で、あらゆることを行わなければならない。なので俺の魔術は日々、向上していくのだ。
誰にも気付かれないように、月明かりの下で本を読むのだ。瞳に魔力を流すことで、夜目が利くようになった。この世界では『瞳術』と呼ばれるものに分類する技術であった。本で得た知識ではあるが、『瞳術』を極めれば、相手を視るだけで様々な効果を与えることができるらしい。
ちょうど、こんな風にね――。
いつの間にか書庫に侵入ってきた野良ネコに、俺は自作の『瞳術』を仕掛けてみる。その効果は魅了だ。
「にぃやぁ~ん……」
甘い鳴き声のあと、喉を鳴らして身をすり寄せてきた。どうやら成功のようだな。
そんなこんなで、夜が更けていくのだった。