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マリクはエデンの足音が遠ざかって聞こえなくなってから、ため息をついた。
「あなたが来て訳の分からないことばかり言うから、陛下は神経をとがらせていらっしゃる。せっかく復興にも目途がついて、やっと戴冠式も終えたのに」
「仕方がありません。陛下が生まれる前からの定められた運命なのですから」
「本当に戦争になるのか?」
「私のことは信じなくとも構いませんが、すぐに分かります。目で見れば信じるでしょう?あれほど墓が荒らされているのならば、いずれあちらは死体からゾンビやスケルトンを作り出すでしょうから」
マリクは生き返ったらしいラースの姿を見ていない。そのため、ゾンビやスケルトンなどと言われても荒唐無稽に聞こえた。
「もし戦争が始まったとして、聖王国はどうするんだ? ゾンビ軍団の数が多ければ、ユルゲン一人で作る聖水で何とかなる訳ではないだろう?」
「問題はそこですね……」
魔物が湧いていた森でさえ朗らかな笑顔しか浮かべていなかったユルゲンの顔が曇るので、マリクは軽々しい気持ちで振った話題に慌てる羽目になった。
「聖典はお読みになったことが?」
「ないな」
「旧聖典も新聖典も?」
「ないし、そもそも二種類あるなんて知らなかった」
「なるほど。まぁ、簡単に言えば……今の人間は神の創った楽園から追放された一組の男女の末裔という存在なのですよ」
「あぁ、それはおとぎ話で聞いたことがある。何か、神の逆鱗に触れたのだったか、蛇にそそのかされたのだったか」
「では、聖典という言い方が良くなかったのかもしれないですね。楽園から追放されたことを現在の聖王国はすべて女性のせいにしています。女性が神に背いて蛇の言うことを聞き、悪魔の実を食べたせいで楽園から追放された。すべては女性が悪いとしたのです」
「聖王国というのは理解しがたいな。まさか、そのせいで陛下を救世主だと認めない可能性があると?」
「その通りです。歴代救世主が男性だったこともありますし……神殿長のように古い方々は味方になりえませんね」
「話にならないな。救世主だの、ゾンビだの、聖王国だの。国を揺るがす事態が起きるかもしれないのに女性は認められないとか小さいことを気にして。人間はすべて女性の腹に宿るというのに」
マリクがそう口にすると、ユルゲンはなぜか嬉しそうに笑った。
「今のセリフの中で何かおかしいことでもあったのか」
「いいえ。ただ、マリク様が前世と変わっていないから安心しました。もしかして、今でもイチジクはお好きですか」
好きな果実をさらりと口にされ、マリクは一瞬嘘をつこうか考えた。
「……あぁ。好きだ」
「好みは繰り返しても変わりませんね。じゃあ、やはりこれは言っておいた方がいいでしょう」
「何を?」
「マリク様。今度は裏切らないでくださいね。今世の我が君は裏切られるのが何よりも嫌いでしょう?」
ユルゲンは穏やかな笑みを浮かべて、マリクではなく空を見上げている。マリクもつられて星空を見た。さきほどは不気味なほど輝く星しか目に入らなかったが、よくよく見ればその星の周囲には明るさは鈍るものの三つの星も瞬いていた。
「……どういう意味だ。私はお前を裏切っても陛下だけは裏切らない」
「今度こそは、そうだと信じています」
まるで、マリクが誰かを裏切ったことがあるような口ぶりだ。確信するような。
ユルゲンの言うことはとにかく理解を越えたことばかりだったので、マリクはそれ以上気にしないことにした。
「あぁ、ラース前国王から我が君に王位争い中に手紙が届かなかった件はもっと調べた方がいいでしょう」
「……まさか、ケリガン公爵以外にもカークライト側に妨害した者がいると?」
「えぇ、あり得ます。ケリガン公爵は分かりやすいのですけれども、隠れ蓑にされた可能性もありますからね。すべてを疑ってかかりましょう。カークライトにだって敵対勢力がいるはずです」
翌日からユルゲンは聖水作りに取り掛かり、その後は魔物の被害の酷い地域にキーファや騎士たちとともに出発した。キーファまで一緒に行ったのは、被害の酷い地域に彼の実家であるハント伯爵家の領地も含まれていたからだ。
エデンとマリクはあがってくる報告を聞きながらも、別件の対応に追われた。国境にほど近いある村で、村人全員が急に消えていたのだ。残ったのは誰もいない村だけ。それを商人が見つけて気味悪がって報告してきた。
「急に村人全員が消えるなど。一体、何が起きている……」
エデンは地図を前にして不可解な出来事に頭を抱えた。
不気味な何かが近付いていた。