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エデンは主だった貴族たちを前に顔には出さないものの悩んでいた。
「魔物の出現がまた増えてきております」
「騎士団をどのように向かわせるべきか」
「まずは被害の大きいところからでは?」
「そもそも発生に規則性はないのか」
魔物討伐から帰ってみれば、届いていたのは同様の魔物の発生の知らせだった。ラースたちが王位争いをしていた時期並みに届いているらしい。
「なぜ陛下が即位した途端こんなことが」
「あなたは陛下を侮辱したいのか。そもそも戴冠式が行われただけで、陛下はずっと一年前から臨時の国王として復興に尽力していらっしゃった」
ある貴族が思わず漏らした言葉をマリクがすぐに咎めた。
「そ、そのようなことは決して!」
「魔物の発生は世界的な現象ですよ、この国だけではありません」
一瞬でピリついた空気を弛緩させたのはユルゲンだった。
貴族たちの視線が空中で素早く交差する。
見知らぬ水色の髪の美男をエデンが連れて帰って来たというウワサは一日もしないうちに城中を駆けめぐり、ユルゲンは最初エデンの愛人かと思われていた。
次にエデンに同行した騎士たちからユルゲンが追放された神官だということが出回り、ユルゲンは野良神官だという認識は持たれている。浄化の場面を目撃したのだからそこは疑いようがない。
「聖王国では近く世界は乱れるだろうと予見されています」
こいつの言うことは信じられるのだろうか、という空気が会議場に流れた。
ユルゲンは毎朝元気に神への感謝を大声で叫んでいる。彼を見る目は、エデンの愛人から野良神官そして変人で暑苦しい男へと変化していっているのだ。
「世界の情勢よりも何よりも魔物の討伐は必要だ。近場なら私が行くが、今回は王都から離れた被害の酷い地域にまず騎士団を派遣する。そこで聞くのだが、ユルゲンも行ってくれるのか」
「我が君のためですからもちろんです。この辺りは澱みの溜まりやすい地域ですか?」
「あぁ、そうだ。定期的に巡回していたはずなのに、ここまで被害が拡大してしまった」
「では、瘴気石が人為的に投げ込まれたのかもしれません」
ユルゲンの「我が君」なんていう発言でもざわめきがあったのに、今度は「人為的」などという不穏な発言でさらに動揺が広がる。
「ご安心ください。私が聖水を作りましょう。それを発生源にかければ瘴気石は壊れます。ただ、数が多い場合は私が出向いて浄化をする必要があるので被害が酷い地域に私は向かいます」
「聖水とは聖王国がかなりの値段で売りつけているものか?」
「はい、訓練をした神官ならば作れます」
「ありがたいが、ユルゲンがそれをアンブロシオで作って問題ないのか?」
数日前に浄化をさせておきながら、今更だがエデンは問うた。カリスト聖王国に不必要に睨まれることは誰も望んでいない。
「私は追放されましたが、神の恩寵はまだ使えます。つまり、神はまだ私を見放していないのです」
確かに、という空気が会議場に今度は流れた。
よく分からないが、神の逆鱗に触れたのなら神罰でも下りそうなイメージがあるのだ。しかし、ユルゲンがまだ浄化を行ったり聖水を作ったりできるということは神に見放されていないということだと捉えられる。
「それに神だって困っている隣人たちを見捨てるのを望まないでしょう」
「それならなぜ、聖王国は神官の派遣や聖水をあれほど値段を釣り上げて行っているのでしょうか?」
大臣の一人が手を上げて質問をした。
「聖王国の財政が芳しくないことと、新教皇の方針ですね。以前の教皇は人助けを積極的に行っていましたが、新教皇は異なります。トップが変わると方針も変わります。新教皇も悪いわけではありません、これまでの教皇があまりに清貧であっただけで。新教皇は正しい行いをしたならば、ふさわしい対価も必ずもらうべきだというお考えです」
教皇が力を持つ聖王国も意外と王国と変わらない。
最近金に対してがめつさ感じていたが、それでも神秘的だと遠く感じていたはずの聖王国の内情を垣間見て貴族たちは押し黙る。
「ケリガン公爵領では魔物の被害はないのですが、気になることがございました」
静かになったところでケリガン公爵となったオリヴィアが口を開く。
新しい若い公爵であるからか、処刑されなかった元王妃だからか、こういった政治の場では年配貴族からは少し軽んじられているような雰囲気を感じる。
エデンは見た目がか弱く見えず、魔物退治に自ら行くほどなので年配貴族からは恐れを向けられているが……。オリヴィアが口を開くのはある程度意見が出切った後。アンブロシオでは、王妃は政治にほぼ参加しないのだ。
「墓が荒らされて遺体がなくなる事件が多発しております。犯人を捜しているのですが、他の領地はいかがでしょうか」
その言葉でエデンがすぐに思い出したのは、やはりラースのことだった。
横でマリクが心配そうな視線を寄越してくる。
「どんな遺体が盗まれているか分かりますか? 病気で亡くなったとか、魔物と戦った騎士だとか」
ユルゲンがオリヴィアに質問しているが、他の領では墓荒らしはないようだった。
「状態の良い遺体を集めているのでしょう。敵は死霊魔術で不死の軍団を作っているのかもしれません」
ユルゲンがエデンの耳元で囁いた。
エデンは余裕のある笑みを浮かべながらも、膝の上で拳を握りしめる。
もしも神がいるのなら、どうしてこのようなことを起こすのだろうか。静かにラースを眠らせることもなく、死体を蘇らせてまでなぜ動かすのか。エデンがラースを殺したのがいけなかったのか。地下牢か王族が贖罪のために入る塔にでも入れれば良かったのか。そうすれば、ラースはあんな風には。
エデンは指でトントンとテーブルを叩いた。自分の思考を中断させるためにもそうする必要があった。視線が集まったところで口を開く。
こういう混沌とした状況では、全員の共通の敵を認識させる必要がある。しかし、ユルゲンが口にしていないのに「黒魔術師が~」などとエデンが語っても頭がおかしくなったとしか思われないだろう。
エデンでもまだ黒魔術師が存在するとか、死霊魔術など信じていないのだ。エデンの小さな疑念は必ず貴族たちに伝わるだろう。
「騎士団は派遣するし、最も被害の酷い地域にはユルゲンを同行させる。それと並行してトマス第二王子を探せ。この一連の動きにはまだ唯一捕まっていない第二王子が関わっている可能性がある」
エデンは毅然とそう言い切った。