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離縁されたい。。



 エヴァンジェリン様が訪ねてきた翌日から、旦那様はお部屋に篭って出ていらっしゃらなくなりました。

 騎士団のお仕事はお休みし、領地経営は執事のセバスさんに丸投げにして。

 お身体の調子が悪いのかとお部屋にお尋ねするのですが中には入れてもらえずに。

 いつも一緒に摂っていた朝食も、別々になって。


 心配で心配で。

 ご飯も喉を通らなくて。

 契約の期日まで、後もうそんなに日にちがありません。

 このままわたくしはお払い箱になるのでしょうか。

 でもそうしたら。

 旦那様から別れを告げられる前に自分から身を引いた方がいいかもしれませんね……。

 そんなことも考えてしまいます。


 十日が経ち。


 流石にもう我慢ができなくなったわたくしはこっそりとお部屋に潜り込もうと決めました。

 旦那様が心配なのが半分。

 この自分の気持ちを何とかしたいのが半分、です。

 期待をしてはいけないのは十分わかっています。

 わたくしは旦那様にとってはただのお飾りの妻。

 だから。

 もう限界、です。


 セバスさんや護衛の方々のガードを掻い潜りお部屋の前にたどり着いたわたくし。

 時間は夜半もうそろそろ月が天頂に届く頃。

 今夜なら、月にも力を貸してもらえそう。


 こっそりと扉を開け中を覗く。

 旦那様は、と。

 姿が見えないからやっぱりベッドで寝ていらっしゃるのかしら?


 旦那様の寝室は初めて入るので勝手がわかりませんが、それでも大体の見当をつけてお部屋の奥に進むと。


 あああ。


 まるでお人形のような肌の白さになった旦那様がそこに横たわっていました。

 ベッドの上にはいらっしゃいましたが、お布団を羽織ってもいなくて。

 血の気の引いた白さのお顔で。

 まるで、命の火が消えかけているように見えて。



 そんな。そんな。

 旦那様。

 嫌だ。

 嫌だ!

 嫌だ!!


 死んじゃいや!


 旦那様のベッドの脇に縋り付くように跪いて。


 どうか神様。

 わたくしはどうなってもいい。

 どうか旦那様をお助けください。


 お願いです。

 どうか。


 旦那様の手を握って。

 その冷たい手に、わたくしの心のゲートからマナを注ぎ込み。



 急激に溢れ出すマナに。

 部屋中が光の渦に包まれて。


 いつしかわたくしの意識は途切れ。



 そして——




 ♢ ♢ ♢


 その年はあとから厄災の年と言われるほど、世界に異変が起きた年だった。


 魔王が誕生しただのと、そして遠く離れたその国では大聖女がその魔王と対峙しているだのという話が聞こえてきたかと思うと、このアルメルセデスにおいても至る所に魔界へ繋がる門が開き、そこから魔獣が湧いてきて、人々を襲い始めた。


 まず対処にあたったのは王国の騎士団だった。


 まだ規模が小さいうちに対処が間に合った地域では、それは騎士たちのみでも何とか片付けることが可能だった。相応の被害はあったがそれでも、そこまで大事にならずに収まったのだ。


 しかし。



 中には魔界の門が開ききり、スタンピードと呼ばれる魔獣の大発生が起こった地域もあって。

 特に二ヶ所、東のスタンフォード侯爵領と西のマーデン男爵領が特に大きい被害に見舞われていた。


 スタンフォード侯爵領は、その陣頭指揮に立つべき侯爵が騎士団長という職にあったため、自身の地元を後回しにした上で各地を転戦していたが為。

 マーデン男爵領は、元々力の無い男爵家であったことと最も遠方の領土のため、騎士団が派遣されるまで領内の兵士では対処が間に合わなかった所為。

 結局、最終的に騎士団を二つに分けその対処に当たったのだった。


 斥候の調査の結果、より大きい被害の出ているスタンフォード侯爵領に主力が向かい、マーデン領には騎士団長の息子サイラスが率いる小隊が向かうこととなった。

 そこまでの被害の大きな魔獣が溢れる漆黒の次元の裂け目を閉じるには既存の魔術具では不可能であったため、希代の聖女と呼ばれた先代聖女アデリーンを同行させて対処する必要があり。

 国の東と西に離れた二ヶ所を同時に対応するには無理があった。

 サイラスに任されたのはマーデンの領民を護ること。

 魔獣の被害を極力防ぎ、父騎士団長アッシュバルトが到着するまで持ち堪えること、だったのだ。


 サイラスが小隊を率いマーデンの地に到着したのは秋も深まったある日。

 森林の多いこの地では紅葉樹も多く、樹々は真っ赤に色づいていた。

 普段だったらそんな赤とて綺麗な色だと感じた騎士団の面々も、その赤い色から森の中に蠢く大量の魔獣と、被害にあった領民の血を連想し。

 陰鬱な気分のまま領都に入って。


 しかし不思議と、その領都の城壁の内側だけは清浄な空気に満ちていた。

 魔獣が現れるため秋の刈り入れができず困っている領民の姿はあったが、この城壁の中までは魔獣も押し寄せてこないのだと安心して、ほっとしている雰囲気もある。


 領主の館に入った騎士団。

「どういうことなのだ」

 と思わず声に出していたサイラス。

 まるで。

 そこだけは神に護られた空間だとでもいうように。

 魔を寄せ付けない清浄な、まるで聖域とでもいうような、そんなシェルターであるようにさえ感じられた。



 気の弱そうな男爵夫妻。

 負けん気が強そうな長女と、そしてまるで人形のように整った容姿の次女。

 亜麻色の髪の父親と薄い金色の髪の母親から産まれたにしては稀な白銀の髪を持ったその次女は、侍女のお仕着せを真似たような小さなエプロンドレスを着て、ちょこまかと皆の手伝いをしていた。

 長女の髪が黄金の豪奢な髪に対して、次女のそれが白銀で糸のように細いストレートな髪質をしていたことから、屋敷の中でもよく区別がつく。

 男爵夫人や大人に混じり騎士団の面々に弁当を運んだり、飲み物を運んだりと頑張っているその姿は微笑ましかった。


「騎士様、お茶をどうぞ」

 頬をピンクに染めながら、小さな手でお茶を差し出すその少女に。

 サイラスは笑みを返し、「ありがとう」と受け取って。


 時々そうしてお弁当や飲み物を渡してくれるその少女。近づいてきてはくるくるとした瞳で興味深そうにサイラスの顔を覗き見て。

 お礼を言うと満面の笑みをこぼす。


 食べ物のお礼にと頭をくしゃくしゃっと撫でてやるとすごく喜んで。

 次第に猫の子のように懐くようになった彼女が。

 殺伐としていた戦いの中、サイラスにとってそのふれあいが唯一の安らぎだった。



 突然。

 伝書鳩によってそんな知らせが舞い込んだのは、雪が降り出した頃だった。


 父、アッシュバルトの訃報。

 騎士団は壊滅。女だてらに剣をもち、援護に出ていた母も重傷を負ったという。

 母を庇った父は魔獣のボスと差し違え、聖女エデリーンの浄化によって魔界の門は閉じた。

 東のアルルカンドにおける戦線は終結したとのことだったけれど。


 援軍は絶望。

 今いる戦力でこの領都を囲む魔獣たちを倒し突破口を開かないことには、食糧もわずかとなったこの状態では冬を越すのも難しい。


 サイラスは残る騎士を鼓舞し、門の外に向けて打って出たのだった。




 ♢ ♢ ♢




 幼い頃の夢をみていた。


 あれは多分、わたくしがまだ六歳なったばっかりの頃。

 来年にはお姉さまと同じ王都の魔法学園に通うのだ、と、信じて疑っていなかった頃の夢だ。


 夢の中でこれが夢だと自覚できる。そんな夢。


「お嬢様は魔力の量が多いのですから、きっと国随一の魔法の使い手になるのも夢ではないかもしれませんねぇ」

 乳母のミーシャのそんな声が聞こえる。

 赤子の頃の洗礼式の日、いかに周りの皆が驚いたのか。

 父も母もそれを誇らしく話していたか、を。

 何度も何度も口癖のように語ってくれたミーシャ。


 マーベル男爵領にスタンピードが起こったその年。

 襲いくる魔獣を食い止める為、王国騎士団が派遣され。

 激しい戦いの果て、大勢の怪我人が館に運び込まれてきた。


 そこには、わたくしが王子様のようだと慕っていた騎士様もいて。


 真っ赤な血に染まった防具を剥ぎ取り懸命に治療にあたる母とミーシャ。

 腕が肩からざっくりとちぎれてしまった王子様の姿がそこにありました。


 かちりと何かがずれる音がして、わたくしの魂の奥底が煮えたぎるのを感じて。


 魔法の使い方など何も知らなかった子供であったけれど、自分の心のゲートからマナが溢れ出すのを止めることができなくなった。


 自分のマナが館中を覆ったのが自分でもわかり。

 そしてどういう理屈なのかはわからなかったけれど、大勢の人が癒やされていく。

 王子様の腕が綺麗に再生していく様子も視界に映り、心の底から安堵して。


 それでも嵐のように湧き出るマナを抑えることができなかったわたくしはそのまま外に出て、スタンピードの起こっている現場の森の魔だまりに惹かれるように走り出していました。


 無我夢中で走って走って辿り着いた先にあった真っ黒な魔の沼。

 ワラワラと溢れ出る魔獣たち。

 わたくしに向かってグルルと唸るそれらは、しかしこちらを恐れるように遠巻きに距離を置いています。


 これが。

 これがいけないんだ。

 こんなものがあるからみんなが傷つく!


 暴走するマナに、感情の獣のようになってしまっていたわたくし。


 溢れ出るマナが吹き荒れる嵐となって。


 まず、周囲の魔獣が森ごと凍りついていく。

 そして。黒く黒く漆黒にうねっていた魔の沼が、マナの嵐に溶けるように蒸発して。




 それが、浄化というものだということを知ったのは、随分と大人になってからでした。


 全てが終わって。

 わたくしの周りに駆けつけてくる大人たち。


 わたくしを呼ぶ王子様の声と。

 そして。あまりにも強烈な魔力に、恐怖に目を見開くお父様の顔。


 それがその時に覚えている最後の記憶です。

 あまりにも急激に魔力を放出したわたくしは、その後しばらくマナの枯渇の影響で意識を失ってしまっていましたから。



 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



 朝日が差し込んでいることに気がつき、目が覚めました。


 目の前には優しい瞳でこちらを覗き込む美麗な旦那様のお顔があり……。





 えーー。わたくし旦那様のベッドの脇で意識を失ってしまっていたのでしょうか。

 恥ずかしさで顔が真っ赤になるのが自分でもわかります。


「シルフィーナ。ありがとう。そして、すまなかった」


 え? え?

 旦那様がわたくしの名前を初めて呼んでくださいました。

 ああ。

 心が満たされていくのがわかります。

 でも。


 わたくしは身を引かなくてはなりません。

 このまま。

 もしこのまま三年の期限が過ぎて、お前などもういらない言われたとしたら。

 たぶんわたくしの心はもちません。

 きっと粉々に砕けて壊れてしまうでしょうから。


 なら、自分から身をひこう。

 昨夜そう決意をしたところだったのに。


「お元気になられたのでしたらよかったです。最後に少しでも旦那様のお力になれたのだったら、わたくしは幸せです」


 ああ。

 頬を伝って涙がぽろぽろと落ちていくのがわかります。


 だめだ。

 別れを切り出さなければいけないのに。

 それ以上の言葉が出てこなくって。ただただ涙が溢れてどうしようもなくて。


 泣いているわたくしに、ずずっと近づいてくる旦那様。

 手を伸ばしてわたくしの頬に手を当てて。


「泣かせるつもりなどなかったのに。私はただ、君をあの環境から救い出したかっただけだったのだ」


 わたくしの涙を拭いながら、そう優しい瞳をこちらに向ける旦那様。

 だめです。それ以上優しくされたら勘違いしてしまいます。


「だめ、です。旦那様。優しくしないで……」


 決意が揺らいでしまうから。



「私の命はもう尽きる寸前だった。だからせめてそれまでの間だけでも君を幸せにしてあげたかった」


 え?


「余命三年と言われていたのだ。病が体の奥底を蝕み、医者はもう手の施しようがないと匙を投げた。そんな折だった。十年前のマーデン領における魔獣討伐の時に君に助けられたことを思い出したのは」


「どうしているだろう。あの恩人の可愛い天使は幸せな人生を送っているだろうか? そう思って調べて見て愕然とした。あの才能溢れる少女はろくに教育の機会も与えられず、ひたすら使用人のような仕事に明け暮れているというではないか。まだ十六歳、花も盛りの筈なのに社交界にも顔を出すこともなく」


「私は、君を救い出したかった。でももはや命の尽きることがわかっている自分ではそれは難しい。そう思い悩んだ末、せめて三年間だけでもこの侯爵家に君を迎え入れようと思ったのだ」


 ああ。ああ。ああ。


「だが。私はまたしても君に助けられたようだ。君の聖なる力は私の病魔を払ってくれた。自分の体の中から悪い部分がすっかりと抜け落ちているのがわかるよ」


 はう、お顔が近いです旦那様。


「愛しているよシルフィーナ。私の聖女。どうかこの先もずっと私の妻としてここにいてくれないか」


 じっと。そうわたくしの目を覗き込む旦那様に。


 コクリ、と、頷きます。


「わたくしも……旦那様が大好きです」

 そう言葉にしたところで。


 わたくしの頬に、また涙がぽろぽろ、ぽろぽろと溢れていきました。


「ありがとう。シルフィーナ」


 そう囁いてゆっくりとわたくしを抱擁してくれる旦那様に。


 わたくしも。




 さっきまでの悲しい涙とは違います。


 嬉しくっても涙は出るんだな、って。


 心の中がふんわりと温かくなるのを感じて。



     FIN

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