昼食に誘われる
「誠一郎、昼は?」
昼休み。井波雅春が唐突に訊いてきた。
「弁当だけど」と袋から弁当箱を取り出して見せる。
「そうか。俺は学食。なら食堂で一緒に食わねえか? その弁当、持っていけばいいし」
「あ、あたしも行く!」
見崎沙綾が無邪気に割り込んでくる。
「しかたねえな」とあきれ顔の雅春。
三人で教室を出て学生食堂へ行く。
「お前いいのかよ?」
廊下を歩きながら雅春が沙綾に問いかける。
「何が?」
「男となんかツルんでて」
沙綾はキョトンとした表情で、
「いいんじゃない? なんで?」
「今のうちに女子は女子のコミュニティに入らないとシンドイぞ」
「そういうもん?」とピンと来ない様子の沙綾。
「だよな?」
雅春は私の顔を覗き込んで、とうとつに話を振ってくる。
「すまん。そういうのは僕にはよくわからない」というと、
「そういうもんなの!」と雅春。
「かまわないよ」沙綾は平然としている。
適当なスペースを探して、席につく。
雅春がカウンターから戻ってくるのを待っていると、Bランチセットにハンバーガーを二個追加したトレーを持ってきた。
「よくそんなに食えるなあ」
「普通じゃね?」
「あたしはおうどんセット」
沙綾のセットもなかなかボリューミーだ。
三人で「いただきます」と手を合わせる。
食事の席で、私は気になっていたことを雅春に尋ねた。
「ところで雅春、きみはどうして最初から僕なんかに声をかけてきたんだ?」
「ウーン……」
雅春はしばらく考えたあと決心したように、打ち明け話を始めた。
「実は俺にも打算がある」と、お茶をぐっと飲みほしてから身を乗り出し、「俺、中学でいじめられていた時期があってな。早いとこグループを作ってひとり浮かないようにしたかったんだよ。下手な奴とツルむと勢力の強いグループに睨まれることになるからな」
この少年、チャラ……いや、堂々としていて、とてもそんな過去があったようには見えないが。
「その点誠一郎、おまえは理想的だ」
「り、理想的?」
「ギラついてねえし、落ち着いていて、適度に存在感もある。穏便にそこそこやっていきたいってタイプだろ?」
「う、うんまあ……」
そういうのに越したことはない。
だからこそ会社では出世できなかったのだが。
「このあとクラス内がいくつかのグループに分かれていくよな。そしてその中のトップグループがクラス全体をひっぱっていくことになる。林間学校、文化祭、体育祭、合唱祭とこれから行事がもりだくさんだ。どうしたってクラス全体がそのグループの色に引っ張られるようになってくる。そこで下手こいて孤立したらこの先大変だぜ」
「なら僕なんかとひっつかずにそっちへ行ったらいいじゃないか」
「アホか。そんなグループに入ってみろ。リーダーが強いところはグループ内でも厳しいカーストがあるんだよ。上位のポジションをキープするのにどんだけ苦労するか。いいか、俺の理想はクラスのトップグループに入ることじゃない。トップグループのヤツらに目の敵にされない程度のポジションで安穏に過ごすことなんだよ。つまり俺たちの目的は同じだ」
全く今どきの子供は、という言葉を数秒間飲み込んでその続きだけ言う。
「随分と打算的なんだな」
「お前はそんなトップ連中からも、一目置かれるやつになると思うぞ」
「そんなふうに見えるのか」
「ああ。口数が少ないわりに発言するときは堂々としている。たぶんあんまり物事にも動じないだろ?」
それはきっと、年の功です。
というか、単に動じるとか恥じらうとか躊躇うとかの反応経路が衰えているだけである。世間一般のオヤジやババアは大概図々しく太々しいものなのだ。
「それによ。お前には周囲を寄せ付けない孤高の雰囲気がある」
「なんだいそれ。僕が垣根を作っているってこと? そんなつもりは毛頭ないんだがな。あ、でも人と喋るのは少し苦手かも……」
私がはたからそう見えるのならば、早いところ修正しなくては。
「だからよ。俺と組むメリットは誠一郎、お前にもある」
「なるほど」
言われてみればその通りだ。彼が言いたいのはいつまでも孤高を気取っているとクラスで孤立する危険性がある、ということなのだろう。彼のような、一見軽めでそこそこ存在感がある男と適当に馬鹿をやっていれば、そこそこ空気もケバ立たないというわけか。
「何というか、こういう世界にも処世術ってあるんだなあ」
「世渡り上手と呼んでくれ」と、雅春は自慢げに胸を反らした。
たしかに社会でもまれた所為で世渡りは覚えた。空気を読む力もそれなりに訓練された。ただ雅春が言うように、私は無意識のうちに高校生の少年少女とは一線を引いていたところがあったかもしれない。それが周囲を寄せ付けない雰囲気と言うことなのだろうか? よくわからないが、もう少しうまく立ち回らねば駄目だな、と私は苦笑をあらわにした。
「なんだよ気に食わなかったか? 俺としてはホメてんだけどな」
子供は子供なりに生きていくのに必死なのだな。
自分のときはこんな必死さがあったろうか。
そう思ったら自分がやけに小さく見えてきた。
「雅春。キミの話はよくわかったよ」
すると、傍らで聞いていた沙綾が、
「あたしも、誠一郎はやけにおちついているというか、大人っぽい雰囲気だと思ったよ」
「おまえは女子とツルまなくていいのかよ? 女子のコミュニティはもっと厳しいだろ?」と雅春。
「うーん。あたし、男兄弟の中で育ったからかな。女とはうまく口がきけないんだよね。メンドクサイじゃん。一緒に遊んだりとか会話グループ作ったり、持ち物揃えたりとか?」
「たしかに俺もそれはツラい。行きたくもねえのに付き合いでゲーセンとかカラオケ行ったりしたくねえもん」
「アンタの言う孤立? ってのも正直よくわかんないんだ。たしかにオトモダチなんていなかったけどさ」
「じゃあ中学ではどうしてたんだよ?」
「孤立……してたのかな? 実害なかったから、あんまり気にしてなかった。あたしってさ、もともとそーゆうのよくわかんないし。まあ、それならあたしも乗っからせてよ。なんか楽しそうだしさ」
「おまえ俺の言うことわかってる? コミュニティの中のポジションの話しなんだぜ? おまえにとってのコミュニティは女子連中だろ? こんなところで男とツルんでたら余計孤立すっぞ」
「そうなん?」
と沙綾は私を見る。私に質問を投げかけないでいただきたい。答えられるはずがない。




