おっさんの真実
「アナタどうかしたの?」
夕食後に二人でソファに座り食後のコーヒーを楽しんでいたとき、妻が隣で心配そうな顔をして尋ねた。
「え、何でもないよ……」
「嘘おっしゃい」妻は突然疑り深い目つきになって、「アナタが高校生になってから何か隠しているときはピンとくるようになったわよ」
さすがというか侮れないというか……。
「さあ白状しなさいよ」
「仕方がないなぁ」私はスプーンを置いて、「実はクラスメイトの女子に呼び出されてね……」
またか、というように妻は顔を背ける。
「い、いままでと違うんですよ今回は……」
と、いきさつを妻に話すと、妻は驚きを隠せずに、目を見開いた。
「でも、許してもらえたんでしょ?」
「まあ……ね」
「だったら放っておけばいいじゃないの」
「そういうわけにはいかない」
「え、どういうことよ?」
なんだかんだ言ってもさいごには応援をしてくれる妻だ。正直に話すべきだろう。
「気づいてしまったんだよ。僕が北谷津高校に合格したことによってかわりに誰かが不合格になったというのは事実だ。僕はその若者の未来を奪ってしまったのかもしれないって」
それが気に病まれてならない、と妻に漏らした。
不覚にも、涙が流れてしまった。
「だけどあなた、試験は実力で受かったんでしょう?」
「それはそうだけど……高校へ行く目的が僕と彼らでは根本的に異なるよね。僕は単に高校生になりたかったというだけだもの」
「それだって立派な目的じゃないのよ。高校をちゃんと出ていないアナタがもういちど高校生をやりたいって、私は誰に負い目を感じたり、遠慮したりすることじゃ全然ないと思うわよ」
「それはそうかもしれないけどね……」
「アナタは本当に純粋で優しい人なのよね。もうちょっと我欲にまみれてもいいのに……」
そう言って妻は私の頭を優しく撫でてくれた。
◇
こんなおっさんが高校生だなんて、無理があることは最初からわかっていた。
途中でリタイヤする羽目になる覚悟もしていた。
けれどどうしても、高校生になりたかった。
この年齢になって昔が懐かしくなるのは誰でもみな同じなのではないか。
歳をとるごとに体力、知力とも限界が見えてくる。
私にはあの世代の若者が眩しく見えて仕方なかったのだ。
可能性は沢山あるのに、無為に日々を過ごしている若者たちを見ると、無性にもどかしくなるのだ。
もし自分だったら。
――自分だったらもっと充実した高校生活を送ることができるかもしれない。
若者たちの心根なんて、今も昔もそう変わるまい。
私もかつてはそうだった。
大人になって、社会の仕組を知って、世間に揉まれたからこそ、彼らのような立場に憧れたのだ。
そう、憧れだった。
いくら見栄えを変えたとて、今の年齢になった私にはけっして手に入ることのないものへの、憧れ。




