得意魔法は変身
私、織原誠一郎には有名小説家の妻と、一人息子がいる。
妻の年齢は番組でも紹介されていたとおり、四十七歳。ふたつ上の姉さん女房だ。
芥木賞にもノミネートされたことのある妻は、正直いって私より稼ぎがいい。
その点では肩身の狭い私だが、妻は気にするなと言ってくれる。
そんな妻を私は心から愛している。
そして自慢の一人息子は光流という。この春、高校一年生。市内の一流校に進学する。
何の不安もない、満ち足りた生活を私は送っている。
私の得意魔法は『変身』だ。
もちろん妻も、この事は知っている。
結婚するときにきちんと告白している。
明かしたときには驚かれたが、もちろん私たちの結婚の障壁などにはなりえなかった。
◇
妻はテレビを見終わり、私の隣でうーんと大きな伸びをした。
頃合いを見計らって、私は居住まいをただした。
「実は、君に話があるんだ」
「何よあらたまって」
滅多にこんな態度をとったことがない私なので、妻は何事かと不安そうな顔。
思いきって言った。
「高校に通いたいんです、四月から」
「なによ。光流くんがどうかしたの?」
私の言っている意味がよくわかっていないようである。
私は人差し指で、自分をさした。
「高校に通いたいんです」
「誰が?」
「僕が」
「あなたが?」
「そうです」
「はあ!?」
妻は素っ頓狂な声をあげた。
まあ当然の反応だろう。
「いきなり何を言い出すの」
「なぜなら、高校を受験して受かってしまったから」
「受かったですって? まるで受験したみたいに」
「だから、したんですよ。受験」
「なんですって?」
「たまたま会社休みだったもんで」
そう。私の会社は平日が休みなのだ。(今日もそうだ)
「ちょっと待ちなさいよ。どうして勝手にそんなこと」
「いや、自分がまだ高校の勉強とか覚えてるかなと思って試しに受けてみたんだけどね」
実は私は高校時代、いじめられっ子で良い思い出がまったくない。
ほんのいたずら心で受験してみて、受かったと実感したら、そのときのモヤモヤを晴らしたいという思いがたまらなくわき上がってしまったのだ。
「あんたはたまたま会社が休みだと高校受験するのかい!」
「じつは君にも初めて言うんだけど、僕は若い頃病弱でちゃんと高校を卒業していないんだよ。みっくんが色々な高校受けているの見てたら羨ましくなっちゃって……つい僕もこっそりと」
「あきれた。あなたおっさんよ?」
「だからそこは魔法で……」
妻は深いため息をついて、やっと悟ったと同時に、つき合っていられないというように首を何度も横に振った。
「年齢をごまかしたのね……いったいどこを受けたの」
「北谷津高」
「けっこう名前の通ったところじゃないの。光流くんの成凌には負けるけど」
いまさりげなくディスられたような気が?
「で、受かったと」
「ダメ?」
「仕事はどうするの」
私の仕事はしがないサラリーマン。一般社員である。
「辞めます」
「まったく、自分勝手なんだから」
「すいません」
やはり諦めるしかないな――そう思っていると、
「いいわよ別に」
「えっ! いいんですか?」
妻はふと息子に向けるような慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「あなたがどうしてもやってみたいのならやってみたら? お金のことは心配しなくていいわよ」
「さすが、大好きですよ、おかあさん」
「五十のおっさんがイマドキの高校生にまじってやっていけるわけがないけどね!」
「僕はまだ四十五だよ」
妻が高を括っているのが、ありありと解った。




