呼び出し
『一年A組の織原誠一郎さん、至急生徒指導室まで来てください』
ある日の放課後、構内放送でとうとつにそんな呼び出しを受けた。
部活動がなくなった私は毎日早帰りをしていて、今日もまもなく教室を出ようとしたところだった。
「なんだろ? 呼び出しなんて」
「とうとう親父なのがバレたかぁ?」
ドキリとするようなことを沙綾が言った。
「模範生として、表彰されるのかもしれない」
強がってそう言うと、
「道でおばあちゃん助けちゃったとか?」
雅春の言葉に、
「そういう心当たりはまったくない」
と返す。
「一Aの織原誠一郎です」
生徒指導室の扉をノックすると、内側から扉が開いた。
「入ってください」
顔を出して私を招きいれたのは、担任の小原聖子教諭だった。
「お呼びでしょうか?」
入室すると、もう一人、見知った顔がいた。
「牟礼村……さん?」
窓際に背を向けて立つ転校生の牟礼村なぎこが、振り返った。
「ご苦労さま。あとは結構よ」
彼女がそう呼びかけたのは私にでなく、小原聖子教諭に向けてだった。
まるで会社の部下にきくような口ぶりなのが引っかかる。
明らかに今までの牟礼村さんとは異なる態度。
何か嫌な予感がした。
聖子教諭は「それでは」と牟礼村なぎこにお辞儀をすると、すうっと生徒指導室を出ていった。挨拶するため振り返ると、気のせいかもしれないが、どこか虚ろな表情だった。
「さて……」
と牟礼村なぎこがこちらに近づき、「どうぞ」と椅子を勧め、自分も着席する。私は大人しく従い、示されたパイプ椅子を引いて、彼女の向かいに腰をかけた。
牟礼村なぎこは胸ポケットから名刺大のケースを取り出すと、その中から一枚の紙片を取り出してこちらによこした。
「実はわたくし、こういう者です」
名刺だった。
差し出された名刺の内容に視線を落とすと、『NPO法人日本魔法魔術協会』と書かれてあった。
「そんな団体があったのか……」
「どうやら知らなかったようね」
「まったく知りませんでした。えっ、ということは……」
驚いて視線を上げ、牟礼村さんを見つめる。
「あなた、魔法使いでしょ」と、彼女の口から衝撃的な指摘の一言が発せられた。
とうぜんながら私は、言葉もない。
私が魔法使いだと打ち明けたのは妻と息子だけである。
すでに他界した両親にさえ、打ち明けていない。
ということは彼女も年齢を偽っている?
すると彼女は見透かしたように、
「何を考えているのか何となくわかるけど、わたしは正真正銘の十六歳よ」
と先を越された。
「この数か月あなたを見て来ましたが、自分の姿を変える以外、あなたはほとんど魔法を行使していない」
それにどう答えたらよいのか分からない。
黙っていると彼女は続けた。
「だから監察が長引いていたのですが、いつまでもこうして監察しているわけにもいきません。そろそろ結論を出さねばならない。その期限が迫っているとういことで、こうして呼び出させていただきました」
「な、なるほど……」
「ところで」と彼女は鞄から何通かの書類の束を取り出した。「先日こういうものを発見しました」
突き出されたそれは、私が北谷津に入学したときに提出した願書等の書類だった。
「これはあなたが入学のときに提出した書類です。この書類について、魔法が不適切に使用された痕跡がある」
「な!」
足元に震えがきた。
たしかに見覚えがある。
私が書いたものに間違いない。
入学時の書類にカリグラフィの魔法を施し、これを見た人間が生年月日と年齢を錯覚するように細工していたのだった。
「確かにここに嘘は書いていない……見た人がそれを見誤るだけですが」
「わ……私は何か罪に問われるのかね?」
すると牟礼村なぎこは表情を少しだけゆるめた。
「我々はそういうことはしません。我々はむしろ法に縛られず対抗する勢力です。今の日本の法律に魔法を使ってはならないとは書いてないでしょう?」と彼女は悪戯っぽく笑った。「年齢を詐称して書いたなら公文書偽造罪になりますが、紙には正しく書いてありますものねえ。まあ、褒められた行為ではないですけど」
笑いながらも彼女は目の奥にたたえた鋭さを隠そうともしない。
「我々は非登録の魔法使いに協会に属するよう勧告し、魔法の適正な使い方を指導する組織です。そのほかは干渉しません。あなたが高校生をもう一度やりたいのならその希望を邪魔立てはしません」
私はほっと胸を撫でおろした。
「我々があなたに望むのは魔法の適正な使用、それだけです。われわれ魔法使いがこの社会で大過なく安全に暮らしてゆくためには、魔法使いであることをよくわきまえ、魔法の使い途について自らを厳しく律する必要がある。魔法魔術協会はそのために存在しているのです。この書類を見るとあなた……四十五歳? あなたはなぜか、この長きにわたりわれわれ魔法協会のリストから漏れていました。野良の魔法使いはたいてい問題を起こしたり魔法を使い続けたりして探知され、若いうちからリストに掲載されるのですが……」
あらためて思えば、さきほどの沙綾の言葉は当たっていた。
牟礼村なぎこに、私が親父であることがとうとうバレてしまったわけだ。
私はいままで魔法頼みの生活は一切してこなかった。
過去を振り返ると、利己のために魔法を行使したことはほとんどない。
私は、生まれつき魔法が使えた。
そのことに気づいてから、ずっと気をつけてきたのだった。
私は自分が魔法使いであることに気づいたときから、自分にルールを課したのだった。
人が危険に晒されているときしか魔法は使わない、と。
そして今まで、ふつうの人間としての生活に馴染んできた。
それなのに、今回ばかりはどうしても叶えたい夢のために、魔法を行使することになってしまった。
思えば自分だけのためにこんなに長期にわたり魔法を使ったのは初めてのことだった。
それが探知されたのだ。
「まあ……今まで観察していたのですが、書類に対する細工と常時容姿を変形する以外に不適切な魔法の濫用は認められなかったというのも事実です。なので協会内で協議の結果、登録さえしていただければ、穏便に済ませてあげることになりました」
「そ、それはありがとうございます!」
「言っておくけど、異例中の異例、特例中の特例ですからね。調べたら、あなたは若いころ病気がちでちゃんと高校を卒業していないようですしね」
「そ、そんなことまで知っているのか……」
「我が協会の調査能力をナメてもらっては困ります。まあ、あなたが今後も協会の定める範囲を逸脱した魔法の使用をしないと誓うなら、卒業までこの北谷津高にいてもよろしい。しかしその誓いを破ることになるのであれば……」
「はい。じゅうじゅう気をつけます」




