沙綾の真実
「スニーカーですって?」
「うん。何かずっと前から欲しかったのがあるようなんだよね」
「アナタ光流くんには本当に甘いんだからもう……」
「キミだってデレデレじゃないかね」
週末、息子の光流と大型ショッピングモールへ買物に行く約束をしたと言うと妻は自分も一緒に行くといって、わざわざ編集とのテレビ会議の時間をずらしてまで予定を空けた。
「家族でショッピングなんて久々だわね」と超ウキウキ。
三人で光流のシューズを見たあと、さてどうしようかということになる。
「三人で映画でも見る?」
私が提案すると、光流は現金なもので、目的の物さえ手に入ればあとは用済みとばかりに友人と落ち合って何処かへ消えてしまった。
「まったくあの子ったら……」妻がぼやく。
「まあまあ。あの年ごろの子っていったら、ああいうものだよ」
「その妙なリアリズムやめてちょうだい」
「じゃあ……帰りましょうか」妻を促した。
と、出口へ足を向けかけたとき、視界の遠くに、見知った人物を発見した。
沙綾だった。
彼女は男性と一緒に歩いていた。
男の年齢は、三十後半くらいだろうか。
服装からして、ちょっとガラが悪そうにも見えた。
父親、という雰囲気でも無さそうだ。
(なぜなら沙綾とは似ても似つかない面立ちだった。)
「まさか……」と立ち止まる。
「え、どうしたの?」妻は不審な顔。
「ちょっとだけ待ってて……」
妻にそう言いおいて、私は沙綾の後を尾行した。
今の私は本来の織原誠一郎。もし彼女に姿を見られてもまったく気づかれないだろう。少しだけ近づいて、様子を窺う。
ふたりの会話が聞こえてくる。
「そういうこと言うからだよ」と沙綾が言った。
それまでの会話がわからないので意味が通じない。
「ウザいなあ! もうついてくんな!」
「てめえナニ言いやがる。こっちはカネ払ってやるってんだぞ?」
二人はモール内の呉服売場へ入っていく。普段の沙綾と呉服が結びつかない私は、彼女が男を避けるためとりあえず近くの売場に逃げ込んだものだろうと思った。しばらく外から様子を見る。
「ちょっとアナタ。何なのよ?」
あとから追いかけてきた妻に腕を掴まれる。
「あ、ごめん、クラスの女子なんだけど、なんか異様な雰囲気だったので……」
すると妻も物陰から様子を窺って、
「あれはもしかしてパパ……」
「父親には見えませんよ。すごい他人ぽいし、彼女の父親にしては少し若い気もする」
「そっちのじゃないわよ」
「パパにそっちもこっちもあるかね」
「近頃の女の子は進んでるっていうから」
はっ……。
私は妻の言わんとすることに気づいてしまう。
「やめなさいよ憶測でそんな」
「あんただってそう思ったから尾けてきたんでしょーに」
すると沙綾が、
「パパうるさい!」
と相手の男を怒鳴る。
「ああ……やっぱりか……」
これは間に割って入るべきか、成り行きを見守るべきか迷っているうち、やがて二人は店から出て来た。
二人はまだやり合いながら、エレベータ―ホールへ向かう。私は二人が上階行きのエレベーターに乗ったことを確認して、階段を駆け上がる。
一階上は、モールの駐車場だった。
「いた……」
私は後を追う。二人はひと気のない駐車場の一角へ。そして同じ車に乗りこもうとしているのを見て、つい叫んでしまった。
「ちょーーーっと待ったあ!」
「アナタってば!」
背後からシャツを掴んできたのは妻だった。
「キミついて来たの?」
腕をぐいっと引っ張られ、柱の陰へ。
「放っておきなさいよ……」
私の声に、ん? と振り返る沙綾。
「ま、まずい……」
駐車場の柱の陰に身を隠した私は、慌てて変身魔法を使って高校生の誠一郎に変身した。
「誰?」沙綾が近づいてくる。
「あ、僕だ……」
妻をいったん遠ざけておいてから、私は沙綾の前に姿を現した。
「せ、誠一郎……み、見てたの?」
するとパパも寄ってきて、
「ハァ? 何モンだてめえ……」と凄む。
「パパやめて! この人は同じクラスの人! ちょっとアンタこっち来なさいよ!」
沙綾にぐいっと手をとられ引きずられていく。
「お、おい沙綾」とパパ。
「あ、パパ先帰ってて! あたしこいつとちょっと話あるから」
「ハァァァ!?」パパが叫ぶ。
沙綾に引きずられ、ついていくと、遠くで私の妻も腕組みをしたまま悪鬼羅刹のごとく睨んでいた。
◇
モールのイートインコーナーは昼時のごった返し。私と沙綾はファストフード店で適当にジュースを注文し、挟んで向かいに座る。
沙綾は私の恰好を一目見て、
「だっさ」
たしかに今の私のファッションはどうかと自分でも思う。オヤジの着るようなポロシャツとオヤジの穿くようなスラックス。おまけにシャツの裾で隠れているとはいえ、腰回りがダボダボなのをベルトで無理矢理締め付けている。若者ファッションのかけらもない。
「たまたまこれしかなくてねぇ。アハハ……」
苦しいけれどそう言うしかない。
「なんていうかさ、もうちょっと気を使ったほうがいいよ……」
まるで虫でも見下すかのような目線。
「こんどからそうします……」
今後は若い誠一郎用の私服も用意しておかなければなるまい。
「で何やってんのこんな所で」
沙綾は腕を組んで、指をトントンさせる。
その向こう、妻が柱の陰からちらちらとこちらを窺っている。
たっぷり考えたあとで、
「……買い物?」
「何でギモン形なのよ」
「さ、沙綾こそ何しにここへ? ていうかさっきの人は?」
「聞いてなかった? パパだよ」
「それ、おとうさんという意味だよね?」
「それ以外のパパってあるかよ……」
そこで沙綾ははっと気がついて、
「も、もしかしてアンタ……なんか誤解して!?」
「……」
「あ、アハハハハハっ!」
爆笑しはじめた。
「それでかぁ……」テーブルを叩いてゲラゲラ笑いだす。「アハハははっ!」
「いい加減やめてくれよもう」
「や、あはは」
と腹を抱えて笑っていた沙綾だが、急に笑いをおさめて、
「キモ」
となじるように言う。
「も、申し訳ございません……」
「何を誤解しているかは薄々わかったけど、あれは正真正銘、生物的にも戸籍的にもあたしの父親」
「そうだったカァ……」
「ダッタカァじゃないわよ。あたしを何だと思っているの」
「いや、沙綾に限ってそんなことはないと思ったんだけどね」
「バッカじゃないの!」
「あんまり似てないよね」
「あたし母親似だからね! つかこの話題まだする?」
「いや……」
「で沙綾はこんな所で何してたの?」
「買物に来ているように見えないのかよ」
「見えない……ことも……ない」
いや、そう見えなかったから心配したんだけどね……。
でも言葉には出せず。
「茶道部入ったじゃん」
「うん」
「それで着物をね、買ってくれるっていうんで」
「なるほど……」
「でも親と出かけてるトコ見られるなんて……ハズいなぁ」
「いやいや、ハズイことなんかないよ」
いや、親と一緒なんてハズイのだろうか。
光流だって用が済んだら早々に立ち去ってしまったし。
「ハズイというなら僕の私服のほうがよほど」
「そうだね。ハズイよね!」
「そんな思い切り肯定しなくても……」
「まあ、父親とはいつもあんな感じ。ガラ悪いっしょ? あたしもだけどさ」
「いやそんなことはないと」
「今さら取り繕わなくていいよ」
沙綾はジュースを一口飲んで、
「あたしの家ってさ、地元に古くからある不動産屋なんだ。見崎不動産といえばそこそこ知れているらしいよ。祖父ちゃんの代から続いているんだって」
「へえ……」
「でもあまり評判がよくないんだ。それはひとえに父親の接客に原因があるんだけど。正直、品が悪い。顔もこえーし」
「あはは……」
「小学生のときにさ、女の子の親友がいたんだけどね、ある日皆の前で沙綾のお父さん、地上げ屋なの? って言われちゃって」
「それはヒドい」
「今思えばその友だちは意味なんかわかって言ってなかったんだよね。親同士の会話かなんか聞いてて、無頓着に出て来た言葉なんだと思う」
「うん」
「それをその場にいた子たちが聞いていて、『おまえの親父、地上げ屋!』とか、からかわれて……けっこうなトラウマになっちゃったんだよね。それ以来かな、女どうしの関係がどうもやりにくくなっちゃって……」
「可哀想に……」
「ま、要因もあるんだから仕方ないじゃん。昔からね、あたしの父親は家族に対しても強権的だった。優しいときはこうして優しいんだけどね……でもあたしは友達にあれが父親だっていうのがはずかしくて。本当は誰も自分のコトを知らない遠くの高校へ行きたかったんだ。でも市内の学校しか許してもらえなかった」
「そうだったの」
「だから高校受験、派手に落ちてやろうとやけくそになって、あたしの実力に遠く及ばない北谷津高校を受けたらさ、なんとまぐれで受かっちゃって」
「だから上の名前で呼ばれるのが嫌だったんだね」
「そういうこと」
沙綾は飲み終わったジュースのカップに残った氷をカラカラと振って、
「さっき誠一郎、あたしが父親と似てないって言ってくれたけどさ、つくづく親なんだよな。あたし性格はあのがさつな親父の血を引いたんだって思うよ」
◇
あとで妻のところへ戻ると、
「本当にただのクラスメイトなの?」
と疑いのまなざし。
「隣の席の女子ですよ。ただそれだけです。あの状況だったら誰でも心配するじゃないですか。大人として」
「アナタ……」
「何ですか?」
「ほったらかしにされたあたしに謝る気っていうのは、ある?」
「大変申し訳ございませんでした!」




