お宅訪問イベント
「はァァァ!?」
突拍子もない声を上げてしまった。
「そんなに驚くことか?」
雅春はわけがわからないというふうに身をそらせた。
そのリアクションをしたいのはこっちのほうなのだが。
「う、うちに遊びに来たい、だと?」
「あたしもー!」
「沙綾まで……」
「そだ、どうせならみんなで行こうぜ!」
「ちょっと待て。みんなって誰?」
「だからみんなだよ」と雅春は立ち上がって、「おーい誠一郎の家に遊びに行く人!」
大音声で参加者をつのりはじめる。
「おい、ちょっとちょっと!」
◇
「何でこんなことに……」
結局、総勢六人になってしまった。
「なぜ牟礼村さんまで……」
「何もおかまいなく」
と彼女はすましている。
「あ、あたしはかまって~!」
「沙綾……僕いいなんて一言も言ってないから」
「えー行く!」
「うちなんか来たって何もないぞ」
◇
事前に妻に話すと、当然ながら驚いた。
「ええええええ」
三者面談の時より大袈裟に驚いた。
「あ、残念アタシその日は担当編集と打合せだわ」
「いいですよ、いなくて。むしろいない方が……なんて紹介すればいいのか困っちゃうじゃないですか」
「母です、でいいじゃない」
面談のときはあんなに強硬な態度で迷惑そうにしていた妻が、むしろ乗り気ですらあるのは何故だろう。
「ちょっと嘘はよくないですよ」
妻は友人訪問に協力的なのかと思えば、
「とうぜん女もいるのよね? 何人?」
「あのねえおかあさん……」
どうやら猜疑心から私の交友関係を確かめたかったらしい。
◇
「織原……凄え家だな」
結局うちに来ることになった六人のうち女子は二人、沙綾と牟礼村さん。あとの四人は雅春を含む男子。その男子の一人、板宮君というクラスメイトが私の自宅を見上げて驚きの声をあげた。
「お前んち金持ちだったのか」と雅春も目を丸くした。
妻の稼ぎで買った家です……。
織原かよこ、と言っても本を読まないこの子たちには作家の名前などピンと来ないだろう。彼らを自宅に招いたことを聖子教諭が知ったら羨ましがるだろうが、あえて印象づけないほうがよいだろうと思って妻の職業については彼らには伏せておくことにした。
「お邪魔しまーす!」雅春は来るがいきなり、「お前の部屋に行こうぜ!」
「見たーい」とすかさず沙綾も乗ってくる。
そう言うだろうと思って既に準備はしてある。
趣味部屋兼書庫兼書斎として使っている本当の自分の部屋もあるのだが、どう見ても高校生の部屋ではありえないためそこへ招き入れるわけには行かない。
妻が買って使わなくなった健康器具などを無造作に放り込んでいた二階の部屋を無理矢理空かせてすでに偽装済みである。
実はこの話が出たとき光流の部屋を貸してくれと頼んだところ、
「ふざけんな」
と、にべもなく断られてしまったので、仕方なく空き部屋をそれっぽく偽装したのだった。光流がすでに使わなくなったものとか、男の子っぽいものを適当に配置してなんとか前日までに仕上げた部屋だったのだ。
「へぇ……」沙綾は部屋に足を踏み入れるとそこここを見回して、「広いけどなんか殺風景な部屋ね」
「生活臭がねえというか……」
雅春も同調する。
「ほ、ほとんど部屋にはいないからな。勉強とかもリビングでするし……」
「ウーム……」と雅春は腕組みをする。
「な、なんだよ……」
「何か変だ」
「な、なにがだ?」
「ベッドもないのか?」
「な、ないよ。布団派なんだ。寝るときはべつの部屋から布団を運んできて敷く」
「それメンドくね?」
「慣れればそうでもないよ」
ボロが出るのであまりそういう質問はしないでくれると助かります。
うろうろと歩き回る雅春を私は制した。
「あまりジロジロ見るなってば」
「ということは」雅春はくるりと振り返る。
「ということ?」
「例のモノは何処だ?」
「例のもの?」
「お宝、隠し財宝だよ! ベッドの下とかにあんだろフツウ」
「あ、あるかそんなもの!」
「ダヨナァ……すでに別の部屋に移動済みってワケか!」
するとそれを聞いた沙綾が雅春を思い切り見下したような白い目で、
「アンタ女子の前でよくそう言うこと言うよな……」
板宮君もウンウンと頷いて、
「そうだぞ井波。女子の前ではよくない。こういうことは暗黙の了解ってことにしておいてやらないと。な、織原!」
「板宮君キミも相当だね」
私は呆れかえった。
「今飲み物とか持ってくるから、絶対にその辺のものに触るなよ!」
と雅春には釘をさしておいて部屋を出る。
「りょーかいしました隊長っ」
沙綾が立ち上がって、「あたしも手伝うよ」とついて来た。
「いいから沙綾は雅春を見張っててくれ」
「ん? てことはやっぱあるのカナ?」
「ないよ! てかこの話まだ続けるの?」
「あははは」
結局沙綾と一緒に階下に降りて、飲み物やらお菓子を適当に用意する。自分も入れて七人分ともなると、コップが足りないので、棚の奥から探すことになる。
「えーと、確かこの辺に……」
食器棚を探しているとき、誰かの人影がすうっとダイニングキッチンへ入ってきた。
「あ、こんにちは……」と背後で沙綾の声がする。
「ただい……」とその声が応じて途切れる。
「沙綾、どうかした?」
沙綾と鉢合わせしたのは、息子の光流だった。
「み……」
「だれ?」と私の顔を見て、沙綾が聞く。
「えーと……おとう……」
弟だと誤魔化そうとして、いや弟がいるなんて話が聖子教諭にバレたらまずいと咄嗟に思いなおす。聖子教諭は織原かよこの息子は一人だということを知っているのだ。しかも高校一年生であるはずの私の弟が(沙綾が知っているかはわからないが)成凌高等学校の制服を着ているのはおかしい。
「……さんの兄弟の息子?」
「は? それってつまり?」
「い、イトコだ……」
「誠一郎の?」
「そ、そうだよ!」
目をいっぱいパチパチして合図を送ると、光流は沙綾にちょこんと頭を下げ、
「どうも、イトコです」
それだけ言うとトントンと先に階段を駆け上がって部屋に入っていった。
「誠一郎イトコと一緒に住んでんの?」
「彼の自宅と学校が遠くてね。だからまあ下宿みたいなもん? ほらウチ部屋だけはたくさんあるし……」
「へぇ……今のって成凌の制服よね?」
やはり知っていたか。
「まあね」
「頭いいんだ」
「彼は僕よりよっぽど頭いいよ」
「なによ誠一郎、嫉妬してんの?」
「そんなことはない。自慢だよ……」
と彼の去ったほうを見る。
「ふうん……」
部屋に戻る。
あちこち詮索した雰囲気はない。
牟礼村さんが縦に首をふる。
どうやら彼女が雅春の行動を制御してくれていたらしい。
「中学の卒アルとかはねえの?」
「ない」
「なんでよ!? あるだろフツウ」
「物置の奥の奥にしまってある。その上に約一トンの書籍および健康器具が乗っているのでもはや出すことは不可能だ」
私は準備不足だったと反省した。なにか彼らの時間潰しになるネタを提供できるよう考えておくのだった。ゲーム機でもあれば時間を潰せたのに。いやたしか以前に自分はゲームなどしないと言ったかもだ。
それでもなんとか会話で時間を持たせた。
「楽しかったぜ」
帰りがけに雅春たちは満足したように言った。
「そうか、ならよかった」
「また来て良い?」と沙綾。
「もう来るな!」
そして彼らは、帰って行った。
◇
あとで光流と廊下ですれ違ったとき、
「親父、あの美少……いや女子誰だ?」
というので、
「誰って、クラスメイトの友人だけど?」
「下の……」
「なんだい?」
「下の名前で呼び合ってるのか?」
「ま、まあね……そんなことより」
「そんなこと?」ニヤリとする光流。「母さんが聞いたら何というかな……」
「みっくん、そういう性格だったっけ……」
結局次の休みには、近所の大型ショッピングモールへ光流の欲しがっていた新しいシューズを買いに行く羽目になった。




