それからの牟礼村さん
それからというもの、彼女はなぜか私に絡んでくるのだった。べつに変な絡みかたというわけではないし、明らかに意図的なものではないのだが、でもちょっと首を傾げてしまうような、不思議な性格の人だなと思った。
たとえば、こんなことがあった。
彼女が転校してきた翌日の放課後、牟礼村さんが私のところへやってきて、
「牟礼村なぎこです」
「あどうも織原誠一郎です」
「どうぞよろしくお願いいたします」
「いいえ、こちらこそ」
と丁重に頭を下げる。
その場には雅春と沙綾もいたのだが、私だけにこうして挨拶するのは何故だろうと思っていると、
「あなたがクラス委員だと伺いましたが」
「あ、そうです」
「もしご迷惑でなければ学校を案内してもらいたいのですが」
なるほど、そのために私だけに声をかけてきたか、と納得した。
「もちろん、いいですよ……」
私は同じクラス委員の佐伯さんを無意識に探していた。するとあちらはあちらで気になっているらしく、チラチラとこちらの様子を窺っているのがわかる。
転校生に構内を案内するくらいは全く吝かでないが、クラス委員は二人いる。女子はふつう女子の委員を頼るのじゃないだろうかとも思ったのだが、最近の若者同士の距離感がまだあまり理解できていない私である。物理的距離で言えばこちらのほうが席から近いのでそうしただけかもしれない。
ここで私が佐伯さんに案内役を振ってしまったらなんだか嫌がっているようで気がひける。佐伯さんに一緒に行きましょうというのも彼女に負担を強いているようで憚られる。まあここは自分一人が案内すればいいことだと割り切って、
「もし今時間があるようなら行こうか」
と席を立ち、学校を一通り案内してあげたのだった。
またべつの日。
いつものように雅春たちと食堂へ行ったとき。
私はいつも弁当持参なので、注文に行くふたりの分もふくめて空席を確保しながら彼らを待つのが常となっていた。その代わりに彼らは私の分も水やお茶を汲んできてくれる。お互い様の業務分担だった。
食堂でたまたま空いている席に着席したところ、隣に牟礼村さんがいた。
挨拶しないのも何かと思って声をかけた。
「こんにちは牟礼村さん」
「こんにちは織原さん」
佐伯さんのときにもたしか言ったが、沙綾や雅春に接していると『さん付け』なんかで呼ばれると却って気持ち悪い。だから牟礼村さんにも同じことを言った。
僕は座って弁当箱の蓋を開けながら、
「僕にさん付けはいらないよ」
すると牟礼村さんは心外そうな顔で、
「あなたがさん付けするからですが」
という。
言われてみれば確かにそうなので、
「なるほど。これは失礼」先にさん付けで呼んだ私に発端がある。「じゃあ……なんて呼ぼうかな」
適当な呼び方が見つからない。
「ではオリさま」
そう彼女が呼ぶので、
「そんなふうに呼ばれたのは初めてですよ。でもそのルールで行くと僕はあなたをムレさまと呼ぶことになりますが」
そう言って苦笑すると、
「いいですよ」
「いいんだ……」
「はい」
「じゃあ、ムレ様」
「なんですかオリ様」
そこへランチプレートに昼食を乗せて戻ってきた沙綾と雅春が目をぱちくりさせて、
「お前ら何やってんの?」
雅春の突っ込みは彼女には聞こえていない。
「オレ様……」
「ムリ様……?」
私たちの様子をみて、
「頼むから置いてかないでー」
眉をしかめて難しい顔をするだけの雅春たち。
◇
気のせいかもしれないが、それからしばらく、なんとも居心地の悪い思いが続いていた。ありていに言うと、視線である。つねに誰かに監視されているような圧を教室の後方からふと感じて振り向くのだが、誰が見ているわけでもない。
「どうした誠一郎?」
休み時間に教室の席で背後の気配に耳を欹てている私に、雅春が心配そうに聞いてくる。
「いやね、どうも最近誰かに見られているような気がして……」
雅春はさりげなく私の後方を確認してくれたが、
「誰も見てねえけど?」
「だよね……」
タイミング的には牟礼村さんが来てからかもしれない、と思ったのだが、それを感じるのは彼女が背後にいるときに限ってというわけでもない。牟礼村さんにとってはとんでもない濡れ衣だろう。
「気にしすぎだろ」
「そう思うんだけどね」
「ところでよ……」
雅春は目を輝かせて、机の向こうから身を乗り出して来た。




