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三者面談

 時を遡ること約三週間前。

 場所は自宅のリビングにて。

 私はソファ越しに妻の肩もみをしてあげていた。


「実はお願いが……」


 マッサージをやりながら、彼女のコリもほどよくほぐれた頃合いを見計らっておそるおそるそれを告げると、

「三者面談~?」

 案の定妻は素っ頓狂な声をあげて思い切り細目になった。


「親を伴って教師と面談するんですよ。学校で」

「知ってるわよ! あたしは三者面談の意味を聞いたんじゃなくて!」

「そんな嫌そうな顔しないで。なんとかお願いできませんかね」


 妻は軽くなった肩の具合を確かめるようにぐるぐると回してフーと深く息を吐く。


「入学式のとき、アナタの親代わりにはなりませんって言ったわよねアタシ」

「そこをなんとか……僕もこんなことまで予想はできなくてね。さすがに親がいないというわけにもいかないじゃないですか……」

「長期海外出張ってことにしておけばいいじゃないの」

「それが今はネット会議なるものがあるらしく、どっちみち免れられないかと」

「忙しくてムリ!」

「そんなあ」

「だったらアナタが変身を解いて行けばいいじゃないの」

「無茶言わないでくださいよ。三者(・・)面談、ですよ?」

「光流の入学式でアタシあの子の親だって身バレしてるんですけど? テレビで息子一人って言っちゃったし!」

「身バレといったって、みっくんの高校の一部関係者だけにでしょ。それに教師が平日お昼の番組なんか見てませんよ」

「もし録画してたら?」

「そのときは僕がなんとかします。魔法を使ってでも! 大丈夫。面談する部屋は密室ですから、どうとでもやりようはあります」


「だから嫌だったのよ~」と妻はソファに崩れ落ちる。

「嫌だった、とは?」


「だってアナタは若者になりきっちゃってるし、光流くんと一緒にキラキラしちゃってさ~。あたしだけ年寄りみたいじゃないの!」


「そんなことはない! キミは今でもキラキラ素敵だよ」


「こんな時ばかりそんなこと言って……」



 当日、担任の小原聖子教諭は妻を見てびっくり仰天。


「あ、あああ、あの織原かよこ先生の息子さんだったんですか!?」

「ええ、まあ……」


 聖子教諭が、はじけた。


「わたし、大大大大、大っファンなんですよ!」


 国語教師なだけに、芥木賞ノミネート作家織原かよこは雲上の人だった。


「お目にかかれて感激です! わたし先生のデビュー作からずっと拝読してるんです。もう全作品、とっても大好きなんですけど、特にやっぱりわたし的にいちばん好きなのは芥木賞候補にもなった『砂に沈む』、あのサガラ探偵の最期のセリフ……『俺の生きてきた世界はどこも砂漠だった』。はあ、思い出してもゾクゾクします。そうそう、先日の『知子の友』も拝見いたしました! そういえば息子さんが一人いらっしゃると……あれ誠一郎くんのことだったんですね!」


「は、まあ……はい」


 妻は聖子教諭の口から矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々に気圧されつつも、

「あの……このことはどうか……」


「わかってます! このことが周囲に知れ渡って誠一郎くんにあらぬ影響があったら困りますよね。お任せ下さい、おかあさま! 個人情報は厳守いたしますので! ふーはーふーはー」


 なんだか最後はもう鼻息のようなものが混じっている。

 まさかここまでの反応をされるとは思っていなかった。


「あの落ち着いて下さい先生」と私が促すと、


「は、はいっ!」


 まるでどちらが目上だか判らないような返事。


 ふだんはクールで通っている小原聖子教諭に意外な一面をみた。

 まるで推しのアイドルに会ったときの少女のよう。

 そしてあれはきっとサインをねだりたい顔だ。

 でも学校の教師が職務においてそんな個人的な頼み事は許されない、と自重している顔だ。

 微笑ましくその姿を見ていると、横からひんやりとした妻の視線。


 あとで妻とバスの中で帰宅中に、

「あそこまで大袈裟な反応されるとは思っていませんでしたよ。さすがおかあさんですね」

 そう言うと、

「あたしはあなたのおかあさんじゃありません」

 といつにも増しておかんむりである。


「いつもそう呼んでるじゃないですか……そうだ、帰りに二人で甘いものでも食べていきませんか」


 私としては、ただひたすら妻のご機嫌をとるしかない。


 すると妻は、

「あなたがロリコンでないことは知っていますが、あの女教師は守備範囲では?」

 とか言い出すしまつ。


「いったい何を言っているんだい……」


 むろん聖子教諭にはじゅうじゅう口止めしておいた。

 妻のサイン色紙も付けて。


 翌日から、聖子教諭の私を見る目つきが変わったのは言うまでもない。



 週一回のLHRの締めくくりに、聖子教諭が教壇に両手をついて、

「最後に一言いいかな?」

 と場を見渡した。


「このごろ若いひとたちの痛ましい事件が相次いで起きています。君たちの年頃の少年少女たちが傷つけ合ったり、犯罪に巻き込まれてしまったり……この近くの他校でも、つい先日、万引き事件が起きました。調べると事件を起こした生徒は悪い先輩に強要されてやむなくその行為に及んだことがわかりました」


 聖子教諭はいったん言葉を句切り、念を押すように皆を見回した。


「勉強のこと、友達関係、なんでもいいです、気になっていること、悩んでいることはけっして自分一人だけで背負わないよう、先生やまわりの大人たちに相談してください」


「はーい」

 沙綾が真っ先に返事する。何かあるということでなく、了解した、のはーいである。


「気になっていることかぁ……」


「何? 織原くん何かあるの?」


 はっ。

 最近独り言が多いと妻にも言われている。思っていることがつい口に出てしまうのだ。慌てて取り繕う。


「あー、別にないです……」

「何か言いたそうだったわよ?」


 聖子教諭、なぜか目をキラキラさせて、


「ん?」


 言ってごらん? と目で語っている。


「まあ、最近気になっていることをあえて言うとしたら……」

「言うとしたら?」


 一気に注目度が高まるのがわかる。みなぐぐっと私のほうに身を乗り出して聞き耳を立てる。私が何を言い出すのかと興味津々だ。


「そうですね……年金問題とか株価の変動とか金利の上昇とかはひじょうに気になります」


 目を点にしたのは聖子教諭だけではなかった。


「あと労働環境問題とか最低賃金とか正規雇用率の低下とか税制改革とか保険制度改革とか世界情勢の変化とか、すっごく気になりますね」


 静まり返る教室。


「あれ? みんな気にならないの? 不安になったりとかするよね?」


「なんじゃそりゃ」と雅春。

「なんねーよ」と沙綾。


「キミたち、いや僕たちの将来に直結する問題だよ?」


 聖子教諭は困ったような何とも言えない苦笑いを浮かべて、

「確かに織原くんの言うとおりだわね。今のうちからそういう問題に興味を持っておくことはたいへん重要です」


 そう言いつつも、

「でも先生がその不安を解消してあげるのは、ちょっと荷が重いかなあ……あはは……」


「大丈夫ですよ。僕も別に先生にどうにかしてもらおうとは思ってないので……」


「だよねー」

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