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ただいま、と声がする

 番組が始まって十分ほど経ったころ、玄関のほうで物音がすると思ったら、外出先から妻が戻ったらしい。


「はあ~寒い寒い」


 手をこすり合わせながら、ぱたぱたとリビングに逃げこんできた。


「お帰り。打ち合わせご苦労さん」

「全く、あの馬鹿編集ったら。今度編集長に文句言ってやるわ」

「どうしたの」

「どうしたもこうしたもないわよ。担当編集がアホなだけで。あれでこんど副編になるっていうんだからまったく……」

「僕にはよくわからん話だね」


 妻の文句を受け流す。妻もはなから私の理解など求めてはいない。


「あら、この間の『知子の友』じゃない? 放送今日だっけ、しまった」

「録ってあるよ。最初から見るかい」

「見る~」


 ふたたびリモコンを手に取ると、リアルタイム放送から録画再生に切り替えて、最初から流した。


  らららー昼のひととき~


 この曲を聴くのは今日二度目だ。

 そして、画面には本日の友達、織原かよこが現れる。

 それを楽しげに隣で見ている私の妻。


 織原かよこ、本人である。



「コーヒーどうぞ。熱いから気をつけて」


 リビングから妻のぶんのコーヒーを淹れてきて渡す。


「ありがと~」


 妻はカップを受け取って、冷えた手のひらを暖めながら、口をつけた。

 ところがテレビに夢中でよそ見して、


「あつっ!」


 妻は慌ててカップを放り投げてしまう。

 中身の液体があちこちに飛び散り――とはならなかった。


「――――!」


 いったん宙に放り出された液体は、無重力状態さながら玉のようになって漂いながら、浮遊している元のカップにおさまり、私の手の中に戻ってくる。


「大丈夫かい? だから気をつけてって言ったのに」

「ごめ~ん」


 そしてふたたび妻に渡す。

 妻は、ほどよく飲みごろになったコーヒーをあらためて一口。


「おいしいわぁ~」


 私の名は織原おりはら誠一郎せいいちろう、四十五歳、おっさんだ。


 そして――魔法使いである。

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