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調理実習と学年のアイドル

「で、どうよ部活は?」


 きょうは隣のクラスと合同で家庭科の調理実習があった。私の頃は男子は技術科、女子は家庭科と決まっていて、男女別々に授業を受けたものだが、今は男女平等の観点から、男も混じって調理実習するらしい。


 献立は炊き込みご飯とポテトサラダ。

 ゆでた芋の皮を剥きながら雅春がこちらを見る。

 私のほうは人参をピーラーで削りながら、


「何か複雑な事情がありそうな部なんだよね」

「複雑な事情?」

「まあ、おいおい説明するよ」


 いきなり言っても雅春にはピンとこないだろう。

 あれから数日経ったが、大原部長から次の部活動の連絡はまだない。


 聞くところによると散策部は文化祭にあわせて機関誌を発表しているらしく、図書室にそのバックナンバーがあるということで、図書室へ行き、手当たり次第にいくつか読んでみた。興味深い記事もいくつかあったが、どれもパッとしないというか、ありきたりな内容だった。


 調理は滞りなく進み、炊飯器のスイッチを入れる。


 炊き上がりを待つ最中に、見たことのない女の子がすすすと近寄ってきて、何故か私に声をかけてきた。


「織原くん、こんにちは」

 きっと隣のクラスの女の子だろう。

「あ、こんちは……」


 それだけだったのだが、どうして見知らぬ女の子が私に声などかけたのか首をかしげていると、雅春がヒソヒソ声で、

「おまえも隅に置けねえなぁイッシッシ」

「妙な笑い方をするなよ。誰? もしかして知ってるの?」

 問いかけると、電光石火で答えが返ってきた。

「B組の中崎なかざき愛乃よしのだ」

「中崎? 聞いたことないな」

「ムラさんランキングで最近頭角をめきめき現してきた女子だ」と雅春が耳打ちする。

「ムラさん?」

「そういう奴がいるの。女子にランキングつけてる奴」

「物好きだなあ……てか詳しいね雅春。そういうの興味あるの?」

「おまえはないのかよ」


 ない……と言いたいが不審に思われても困る。ここはひとつ正解を答えておくとしよう。


「ない……と言えば嘘になるなぁ……」

「ソカソカ、おまえも中々イケる口だなァ」

「どこの飲み屋での会話だよ……」


 雅春はエホンと咳払いを一つ。


「で、彼女がそのムラさんの?」と私は聞く。

「そう、ムラさん評価で次期ミス北谷津と噂の高いコだ。同学年ばかりでなく先輩たちからも毎日のように告られているとか」


 確かに可憐な娘さんではあったが、そんな彼女がどうして私に声なんかかけてきたんだろう、そう思っていると、雅春には腑に落ちぬ顔に見えたのだろう。


「お前、自分で気ぃついてないのか?」


 雅春のものの言い方はいつも唐突である。


「何が?」

「まあ、いいや」

 ポンポンと背中を叩く。

「な、なんだよ……」


 そこへ沙綾が突然後ろから現れて、

「あんた顔だけはいいからね、中身はオヤジだけど」


 穿ったようなことを言われドキリとした。

 雅春がジト目で沙綾を睨みつける。


「沙綾どこで聞いていやがった」


「まる聞こえだっての。たく男子ってばそうゆー会話しかできないんか! ハァ誠一郎、アンタもただのオトコだったか!」


「僕は最初からただの男だけどね。はは……」


 沙綾の不潔なものでも見るような一瞥。

 私はその中ナントカさんが班に戻って調理しているほうを見て、


「でもそこまで言うほどかなぁ?」と呟く。


「はン?」


「沙綾の方が絶対可愛いでしょ」


 私には本当にそう思えたので口走ったまでだったが、言ってからシマッタと思っても時すでに遅し。


「ななな、な、なにゆってんの!」

 と沙綾、耳まで赤くしてあたふたしている。


 いつも妻にしているように、つい褒めてしまった。このところこんなことが多々あったせいで、こういう場面では反射的にフォローの言葉が出るよう訓練されている私だった。


「お、おい。あぶねーって……」


 包丁を持ったままぷるぷるする沙綾を雅春があわてて注意し、私には苦虫を噛み潰したような顔をした。私はなんとか取り繕おうとして説明をする。


「い、いまのはアレだ、変な下心とか、そういうんじゃないからね!」


「う……うん。わかってる。わかってるって……」


 とその手に握ったものを放り投げかねない勢いで動揺する沙綾。

 雅春は懸命に沙綾をなだめすかし、落ち着かせるように、


「なあ沙綾、とりあえずその包丁、置こうか……」



 その日の放課後のことだった。


 昇降口から校門までの間に自転車置場の横を通ることになるのだが、さきほど調理実習で声をかけてきた……何と言ったか、自転車置き場からその女の子が自転車を引いて出てきてはち合わせした。


 最近物忘れが激しくて困る。

 中……なんだっけ。


「織原くん!」

「ああ、先ほどはどうも……中……ざきさん?」

 当てずっぽうで言ってみたら、あたりだったらしい。

「わたしのこと知っていてくれたの? 嬉しい!」

「ああ、まあ……ね」


「わたし、負けないから!」

「は?」

「来年まで待ってね」


 来年までって、

「何を待てって?」


「絶対に同じクラスになるから」と握りこぶしを向ける。「呪ってでもなるから!」


 そこは祈って、くらいにしておこうか。

 いやいや、そういうことじゃなくて。


 既婚者だよ私は……。

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