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山菜そばと茶色い弁当

 あけて翌週の月曜日、いつものように雅春に誘われて、沙綾が勝手についてくる――というパターンで、三人で学食へ向かった。


 券売機の前でしばし悩み、

「よし、今日は山菜蕎麦にしよう」

 とボタンを押す。


 それを見ていた雅春が目を細めて曰く、

「渋いなァ」

「そ、そう?」


 山菜蕎麦のどこが渋いというのか。若者だって食べないわけではないだろう。現にこうして学食メニューにあるのだから。ごく普通だと思うのだが。


「そういえばいつも弁当だけど、今日はどうした?」

「たまたまだよ。今朝は作っている時間がなくてね」

「えっ!?」

 二人とも意外な表情。

「何よ、誠一郎、あれ自分で作ってんの?」沙綾が目を丸くする。

「うん、まあそうだけど」

「へーっ、えらいじゃん!」

「早起きして作るのか?」と雅春。

「うん」

「よく朝起きれるな」

「それは意思の問題だ」


 などと格好よさげに言い放ってしまったが、人間歳を取るとただ早起きになるだけである。このところ毎日欠かさずやっているトレーニングのせいもあって疲れてしまい、夜ふかしのできないからだになってしまった。そのかわり朝になるとパッチリ目が覚めてしまう。


 妻はまだベッドで高鼾の最中、もぞもぞと起きだしてランニングに行く――そんな生活をここしばらく続けているのだった。愚にもつかぬテレビ番組を見て夜を更かしていた以前よりは、明らかに健康的な生活になったと思う。


 最近では、そこへきて授業が本格化し宿題も増え、どこかで空き時間を作ってそれもこなさなくてはならない。家事は妻や光流も分担してくれてなんとか回っているが、三者とも互いに忙しい身だ。おろそかになることが少しずつ増えてきたのは否めない。とにかく真面目に学生生活をしようと思ったら時間がまったく足りないことに気がついたのである。


 雅春の言い草があまりにも子供みたいなので、つい厳しめの口調になってしまった。今のはちょっと偉ぶった嫌味だったと反省。


 しかし雅春は私の言うことなど気にも留めていないようで、

「俺なんか毎朝眠くて仕方がねえ。朝起きなきゃなんねえって、よく考えたら超どうにかなんねえかな」

「超どうにもならないよ」と返す。

「朝起きなくていい世界に生まれたかった」

「いっぺん死んでみたら? きっとそうなれるよ」

 沙綾がブラックな事を平然と言い放つ。

「お前な」

「あはは。若いからだよ」と私。

 私も若いころは……と続けそうになって慌てて口を噤む。

「だから誠一郎、お前は何歳だよ! 同い歳だろうが!」

「いやまあ、そうなんだけどね」



 そんなことがあった翌日。


「おっ、今日は弁当なんだな」


 興味津々で雅春が私の弁当箱を覗いて、残念そうとも呆れたともつかぬ声で、

「ずいぶんおかずがシンプルっつーか、茶色いっつーか……」

 と眉をしかめて複雑な表情をする。


 今日のおかずは甘い厚焼き卵にきんぴら牛蒡とヒジキの煮付け、焼鮭、椎茸の佃煮、きゃら葺、そして桜でんぶ。ご飯の部分の真ん中に赤い小梅が乗っている。けっこうバラエティに富んでいるし、比較的どこにでもありそうな、一般的な弁当だと私は思っている。茶色いものばかりでもなかろうに、茶色と称して何が言いたいのかは薄々わかってしまう。


「仕方ないだろ。こういうのが好きなんだよ」

「まあ人それぞれだけどな。好みなんて……」

「そういう雅春は何が好きなんだよ」

「そりゃ肉に決まってるだろう。噛んだときジュワッと口の中にひろがる肉汁! 肉は命、肉は正義!」と、生姜焼き定食の肉を口に放り込む。


「いやね、この歳になると肉とか揚げ物とかは腹にもたれるんですよ……」と言いかけ、はっ、として言葉を継ぐ。「いや、なんつうの、高校生にもなると舌が大人になってきたというか」


 しばし沈黙のあと、「やっぱオヤジかよ」とツッコまれてしまった。


「そういや誠一郎、例の部活に入ったんだってな?」

「ああ、先週入部届を出したよ。雅春は?」

「俺は軟式テニス部に決めた。そこそこユルく活動しているらしいからな。適当に過ごせるだろう。あとで届けを出しに行くつもりだ」

「キミらしいな……」と卵焼きを口に放り込む。「とはいえ実はこっちもユルユルみたいだ。部長が生徒会長だからそっちがかなり忙しいらしい。ところで今日沙綾はどうしたんだろう?」

「さあ……あっ来た来た」


 遅れて沙綾がランチプレートを持って現れた。


「なに? ひょっとしてあたしのハナシで盛り上がってた?」

「てねーよ」冷たく雅春が言い放つ。「どっか行ってたのか?」

「ん。入部届出して来た」

「へえ……何部にしたの?」と聞く。

「えっとね……茶道部」と派手なピースサイン。

「マジか」

 雅春はとても意外そうに驚いたが、

「やっぱりか。ちょっと興味ありそうだったものね」

 私には何となくそうじゃないかという気がしていた。


「文化祭ではスーパーお淑やか沙綾ちゃんを見せつけてやるわよ」

「期待しているよ」

 すると雅春はそれを嘲笑うかのように、

「お前が茶道ねえ……サアドウだろうねえ……」

 それが茶道とさあどうを掛けているくらいは私にもわかった。

「つまんねーよ」と沙綾は一蹴。

「そういえば僕は今日からだった……部長から放課後、部室に来いと言われてたんだっけ……」


 部室、といえば先日の変な童顔の先輩(?)のことが一瞬だけ頭をかすめる。

 あの人は散策部の何なんだろう?

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