99話 風呂の湯の秘密
俺はカルミスさんと風呂に向かう。
「そんなすぐすぐ壊れることはないです。水を足せば大丈夫ですから」
「でも水が水桶の分しかないんですが……」
「あー大丈夫です。奥の手がありますから」
「奥の手?」
不安そうな彼女に俺は笑顔で答えた。
そして風呂の囲ってある布に手をかける。
「入りますよー!」
バスタオルで体を包んでいると思っていたので、何の注意も払わずに布をめくる。
すると目にした光景に釘付けになる。
素っ裸で腰に手をやっているキャロル、椅子に座ってトリートメントをしようとしてたラーナさん、バスタオルを手に俺を驚愕の目で見るリリーさん、その3人の姿であった。
「あっ、わぁ!!」
俺は咄嗟に後ろを向き目をそらす。
「キャロル! タオル!」
「ん? あ……」
リリーさんが必死にキャロルにタオルを渡そうと手を伸ばす。
だが彼女は特に恥ずかしがる様子はなく「ゴメンゴメン」と軽い口調でタオルを体に巻く。
ラーナさんも特に悲鳴を上げるでもなく、トリートメントの瓶を取って髪に塗ろうとしているところ。
それこそちょうどいいところに来た……とばかりに使い方を尋ねる。
「瑞樹さん、トリートメントって髪に塗りつければいいんですよね?」
「んぁ? え…ちょっと待って! あ…ゴメ……」
悲鳴すら上げない彼女たち。
カルミスさんも「あらあら」と至って冷静、慌てたのはリリーさんだけだ。
何ていうか「キャー!」とかいう悲鳴がないのだな。みんな裸を見られることは慣れてるのかな。
対して俺は動揺しまくり、心臓がバクバクしている。
つっても別に女性の裸に照れたわけではない。
いまさら女性のヌードを見たからといって鼻血を出すほど初心ではない。
ただちょっと……実物を目の当たりにしてびっくりしただけ。
にしてもキャロル……めちゃくちゃスタイルいいな。
無駄な脂肪のないお腹、くびれた腰、程よい大きさのおっぱいにツンと上向いた乳首、そして無修正の下半身……まともに目にしてしまい、彼女の美しい姿が網膜に焼き付いて離れなかった。
「確認せずに布をめくってすみません」
ラッキースケベなどという出来事は、漫画の中だけだと思っていた。
だがいつまでも動揺している場合ではない。
深呼吸をして風呂に向き直り、水の状態を確かめる。
キャロルが入ってた状態で穴が見えてたらしいので、彼女が上がったらさらに水位が下がっていた。
「あーだいぶ減ってますね。でも大丈夫です、すぐに水を足しますね」
そう言うと、俺は風呂の中を覗き込む姿勢を取り、水の魔法の呪文を唱えた。
《詠唱、小放水発射》
バシャァアアアアアアア
《停止》
見る見るうちに水が増え、すぐに穴の上を越して水が溜まった。
水魔法で出す水の温度は体温なので普通の水よりは温かい。湯船に手をつけるとそれほど温くない……よかった。
井戸水だと温度が低いので、追い炊きで沸かすのには時間がかかる。これならすぐにお湯になるだろう。
「すぐに入れると思いますが、濡れた体は一旦拭いたほうがいいですね」
「瑞樹さん……今、どこから水出しました!?」
俺の説明より風呂に水が一瞬で溜まったことにみんな驚いている。
リリーさんは目を見開き、キャロルは眉をひそめ、カルミスさんは首を捻る。ラーナさんはトリートメントで忙しく見てなかった。
「ん? ん~……」
魔法の件をはぐらかしながら釜に向かう。
薪を足したのち、ラーナさんにトリートメントの説明をする。
「地肌には付けないようにして、掌を滑らすようにスーッと髪の先まで持っていってください」
「こう?」
「……そうそう、そんな感じ。途中で液を掌に足して伸ばして繰り返す感じです……つっても俺、女性じゃないんでみなさんのほうが詳しいですよね」
先ほどの失態を誤魔化すように照れ笑う。
ラーナさんはトリートメントを済ませると髪をまとめてタオルで包み、代わってキャロルが少しぬるい水でシャンプーとリンスを済ませた。
「うわ~すごいね! 指がスッと通ります!」
「ねっすごいよね!」
キャロルの驚きにラーナさんも感心する。
2人の笑顔にリリーさんとカルミスさんはお互いを見合い、自分たちもどうしようか悩んでいる。
キャロルがトリートメントの作業に入るのを見る。これはまだかかりそうだな……。
「カルミスさん、どうしましょうか? まだかかりそうって忠告したほうがいいですかね?」
「そ~ですねぇ~……」
休憩室で待っている男性陣にどう言おうか考える。するとラーナさんが顔を上げる。
「かかる……まだかかります!」
キャロルも頷く。
「うん、かかるかかる!」
なぜ風呂を済ませた2人が言うのかと呆れるが、彼女たちのお風呂の気に入り具合にふっと顔が緩む。
そして休憩室に向かい、ドアから覗いて女性たちの状況を伝える。
「あの~~まだ時間かかるみたいです。どうされます? 解散しますか? それともどっかで時間潰してきます?」
男たちは呆れた表情を浮かべる。
「かかるってどれくらい?」
「それが~~~見当が付きません!」
その言葉に皆、諦めた様子で苦笑い。
時刻はちょうど昼を過ぎた辺り。そこでファーモス会長が近くに軽く食べに行こうと提案し、彼らは食事に行った。
「皆は食事に行ったので、まああと1時間ぐらいは大丈夫じゃないですかね……」
彼女たちに伝えると、ラーナさんとキャロルは「よくやった!」という表情を見せる。
「じゃあ俺は一服してるので、水が減ったら呼んでください」
お湯が減ったら遠慮なく呼んでとお願いし、俺は作業場の端にて待機した。
休憩室だといちいち誰かが呼びに来ないといけないからな。
彼女たちからも「そのほうが助かる」と同意を得た。
何ていうか、堂々と女性が入浴しているところへ出入りできる身分に、優越感みたいなものを感じている。
他の男どもには許可されないもんな。しかもラッキースケベもあったし。
呼ばれるのを待つ間、俺はタバコを吹かしながらご機嫌だった。
その後、水の継ぎ足しで2回ほど呼ばれる。
やはりというか……リリーさんとカルミスさんもお風呂に入った。
そして彼女たちのお風呂が終わる気配がまったくない。
代わる代わる風呂に入り続け、気づけばあっという間に1時間経っていた。
「ぼちぼち帰ってきますのでそろそろ切り上げてくださいな」
「「「「は~い」」」」
やんわり釘を刺すと、彼女たちは体を拭いて服を着た。
そして俺は先ほどのネタ晴らしも兼ねて、魔法をお披露目することにする。
「あ~ちょいとお嬢さんたち、そこに並んで立っていただけますか?」
「え?」
わけもわからず指示されたとおりに並ぶと、俺は風の魔法を詠唱した。
《詠唱、微風発射》
するとおでこから柔らかい風が発生し、彼女たちの髪をなびかせる。
「「「「は!?」」」」
いきなりの風に驚いて硬直する。
「これで髪を少し乾かしてくださいな」
魔法で発生する風の温度も体温、寒々しい作業場の気温に比べればはるかに温かい。
柔らかい風に煽られて、強張った顔が徐々に緩む。
俺は「これがネタですよ」とばかりにニヤリとする。
彼女たちはお互いを見やり、クククと笑いながら髪をとかす。
「それが瑞樹さんの魔法ですか?」
「まあそうです」
キャロルの問いに口角を上げる。
面と向かって魔法を見せるのはこれが初めて。自分でも少しドキドキしている。
「どっから風出てるんです?」
「ここ」
おでこを指さす。
「なんで!?」
「それは俺が知りたいですよ」
驚くリリーさんにお手上げのポーズをする。
みんなは魔法を見たことなさそうだけど、おでこから出るのが普通だとは思わないよな。
「それでさっき風呂に顔突っ込んだんですね」
「そゆこと」
カルミスさんの指摘に軽く頷く。
ギルドの職員以外にも知られてしまったが、まあ彼女なら大丈夫だろう。
「もういいかな?」
《停止》
風を止めて休憩室に向かった。
しばらく座って待っていると、ガヤガヤと声が聞こえ男性陣が帰ってきた。
そして風呂上がりの彼女たちを目にした途端――
「うぉおおお!」
「はいぃ!?」
「なっ……は!?」
「おおぉ!!」
みんな揃って驚きの声をあげた。
ツヤツヤでサラサラの髪をなびかせた4人の麗しい女性たちがそこにいる。
先ほどとはまったく違い、髪の毛がキラキラと光沢を放っている。もちろんトリートメントの効果である。
俺も正直、そんなにすぐ効果が出ると思ってなかった。やはりこの世界の薬草やら食物は効果が強いみたい。
褒められたことに彼女たちもまんざらではないようで、嬉しそうに互いの髪を見て喜んでいる。
しかも香料の香りが彼女たちの魅力を引き立て、男たちも自然に顔が緩む。
「いやこれはすごいな。カルミス、お前も……」
彼女は照れ臭かったようで、恥ずかしそうに俯いた。
それをティアラの女性陣が冷やかした。
これで男たちも洗髪料のすごさを理解したことだろう。俺は満足気に笑った。