98話 女性たちの入浴
作業場の隣には休憩室があり、男性陣はそこで彼女たちの風呂上がりを待つことになった。
「いやーまさか女性たちが入るって言い出すとは思ってませんでした……」
苦笑いする俺に、会長は満足げである。
「実に気持ちよさそうな顔してたぞ。そんなに風呂とはいいもんなのか?」
「いやあ……日本人にとって風呂は無くてはならないものですからね。入って疲れを癒す……これ最高!」
「疲れを取るものなのか?」
「そうそう。温かいお湯にザブンと浸かると気持ちいいんだよ」
ガランドの質問に答える。だが入ってない彼らにはよさはわからないだろう。
「ま~『百聞は一見に如かず』……話を聞くより実際に入れば一発でわかるんだがね」
腕を組み、右手で顎の下の皮をつまみながら、満面の笑みを浮かべる。
とはいえ『お湯に浸かる』という文化がない以上、風呂を販売するとなると一苦労な気もする。
へたをすると『お湯で煮られる』と誤解を生みかねない。拷問器具と思われてしまう。それでは台無しだ。
なので今日みたいな実演販売が必要かな……と、会長と風呂の設置や売り込み方法について議論する。
それに風呂はそもそも部屋込みで作るものだから、新築か増築を検討してもらうことになる。
加えてこの国の水事情が問題だ。
井戸水を使ってるので風呂に水を貯めるのが一苦労、毎日水を換えるというわけにもいかない。
使用回数や水換え頻度についても検討が必要だ。
すると会長は、俺が持ち込んだ瓶の中身について尋ねた。
「さっきの瓶のやつ……あれを説明してくれ」
「ああそうですね」
実はシャンプーの原液は、前もってマグネル商会に頼んで用意してもらっていた。
というのも液体シャンプーは、石鹸を作る工程の途中の代物だからだ。
石鹸は油脂を灰汁で鹸化させるのだが、それには1週間かかる。そして固形石鹸にするには3週間ぐらい乾燥させる。俺のはその乾燥させる前の状態のをいただいたものだ。
「シャンプーはほぼ石鹸なんですが、髪をよくする成分を入れてあるので、使ってれば確実に違いが出てきます」
「ふむ」
薬草を髪を保つために使うという発想はない。体を治すために使うという認識だからだ。
しかもその薬草はギルドの在庫にある、よさげな効能のを選んでブレンドした。まさに職場の有効活用だ。
「そしてリンスですが、実は中身はほぼ酢です」
「は!?」
皆、一様に驚く。
「え? 酢って料理に使う酢か?」
「そうそう。酢を水で半分に割ったものです。それにハチミツと香りづけに精油を数滴混ぜてます」
精油は先日バララト市から帰る際に店を見つけたので買っておいた。いろいろあったが無難なハーブ系のを選んだ。
酢も香りのいい果物酢を探したのだが、今日までに見つけられなかった。
なので穀物酢を水で薄め、誤魔化すために精油を足してある。理想はリンゴ酢がいい。
「そして今、女性たちが使ってるトリートメントですが……あれ卵です」
「たまごぉ!?」
「卵黄を溶いたものにオリーブオイルとハチミツを適量、それにさっきの精油を数滴混ぜたものです。あれを最後に髪に馴染ませるとツヤツヤになるんですよ」
卵黄なので本来1週間程度しか日持ちしないのだが、これには『保存の魔法』をかけているので腐敗しない。
エルフの魔法ばんざい。
「『男は使わない』って言ってたな。なぜだ?」
「いやまあ単に男は髪の見た目なんか気にしないので要らないって話です。そもそも石鹸で髪洗わない人だっていますから……」
言われりゃそうだなと、会長も頷いた。
「男には興味ない話なのでピンとこないと思いますが、女性は目の色変えて飛びつくと思いますよ」
「う~む……」
主任が不思議そうに尋ねる。
「瑞樹さんは、なぜこういう話に詳しいんです?」
「化粧品に詳しい女性が身近にいたんですよ」
転移前の話になるが、俺が所属していたゼミに自然派志向の女性がいた。
彼女は学校に泊まり込んでは研究室の流し台で、自作のシャンプーで髪を洗って教授に怒られていたのだ。
ずいぶん変わった女性だったと笑い飛ばす。
が、男性しかいないこの場ではまったく盛り上がらない。男は化粧などには全く縁がないし、そもそも髪の手入れという意味すらわからないだろう。
会長も瓶の中身が食材とわかり、商品価値としてさほど興味を示していない様子。そら普通に売ってるものだしな……卵と酢ってな。
髪に対する女性の執着心は、現代の男でも理解してない人いるしな。
さてと、女性たちはまだ時間がかかりそうだ。
そこでもう1つ、お願いしたい案件を会長に話す。
「実は別に作ってもらいたいものがあるんですが……」
そう言ってスマホの『国際百科事典』に載っている、ある商品の絵を見せて説明する。
「それは何かね?」
「これはですね~……寝るときに寒くないように温まる道具です」
説明するとシャンプーより興味を示した。
俺は開発費がいるなら出すので試しに作ってほしいとお願いする。
その商品説明をしていたら、突然、休憩室のドアが開いた。見るとカルミスさんが困った顔している。
「瑞樹さん、ちょっといいですか?」
「はい?」
「あの……お湯が減っちゃいまして、どうしましょう……」
「あ、ラーナさんとキャロルが髪洗うのに使っちゃったからか……」
「ええ」
「い…今行きます」
◆ ◆ ◆
男がいなくなった作業場に4人の女性が集まっている。風呂を目の前に順番を決めていた。
「じゃあ私から入りますね」
そう言うとラーナは服を脱いで、バスタオルで体をくるむ。
女性の場合、『バスタオルで胸のところからくるむ』ということなので、胸のところでタオルをしっかり止める。
風呂に近づき、左足を椅子に乗せてから右足をゆっくり湯船につけた。
「あぁぁぁ」
初めて感じる熱さに驚き、自然と声が出る。
そして左足も入れて体をゆっくり沈めると、初めて体全体で知る熱がビシビシと痛い。
だがすぐにその刺激が不思議と心地よくなった。
じんわりとした温かさが体の中に伝わるのを感じ、得も言われぬ恍惚感に満たされる。
そして静かに息を吐き出した。
「う……あ……はぁぁぁあぁあぁぁぁ!」
ラーナは目を閉じ、天上の調べを聞いているような、うっとりした表情を浮かべている。
まさに極楽といったところ。
「ラーナさん…ラーナさん……」
「んんん~?」
「どうなんです?」
「んんん~~ん」
キャロルの問いかけに、彼女は返事すら億劫になっている。
「はぁ……温かぁぁぁい……もう出たくなぁぁい……」
頭をぐるっと回したのち、後ろに体を預けると、そのまま動かなくなった。
しばらく羨ましそうに眺めてたキャロルだが、なかなか出る気配を見せないラーナに痺れを切らす。
「ラーナさん……そろそろいいんじゃないですか?」
「んんん~~ん~……」
「ね……そろそろ髪洗いましょ? 出ましょ?」
「ん~~……」
とうとう返事すらしなくなった。
キャロルは強硬手段に出る。パパッと服を脱ぎだすと全裸になり、ラーナの両肩をガシッと掴んで揺らした。
「ラーナさん交代! 髪、洗ってください! その間、私が入りますから!!」
彼女に揺らされてハッと目が覚めた。
「わっ! あ…私寝てた?」
「キャロル…タオル!」
リリーがタオルを取ってキャロルに渡そうとする。
「いらない! はいはい出て出て…交代交代!」
ラーナは仕方なさそうに湯船から出る。
するとキャロルが乱暴に湯船に入り、少し水しぶきが飛んだ。
彼女は風呂の縁に両手をかけ、思いっきり足を広げた状態で浸かった。まるでオヤジが風呂に浸かっている格好だ。
そして彼女もまた湯船の心地よさに、何とも言えない声を上げた。
「ふわぁぁぁぁあぁぁ~~~!」
目をつむり、口を半開きにして温かさを味わう。
ラーナは早速シャンプーで髪を洗い、続いてリンスを試す。
するとキシキシだった髪があっという間に指どおりがよくなった。
「これすごい! ホントに指が引っかからないわ!」
その言葉にリリーとカルミスが近づいて髪を触る。キャロルは風呂の縁に両腕を乗せてラーナを見た。
そしてトリートメントをしようという段になってキャロルがあることに気が付いた。
「あ…ねぇねぇ、お風呂のお湯が少なくなって上の穴が見えてきたんだけど……」
「えっ?」
カルミスが風呂の中を覗くと、たしかに上の穴が見えている。
「大変! 穴が水から出てるとダメらしいのよ!」
「ええ~~~!!」
カルミスは『穴が水から出ていると "空焚き" という状態になって釜が壊れる』と注意を受けていた。
「どうしよ~~!!」
「とにかく水を入れなきゃ……キャロル、出て出て!」
「ええ~~~!?」
女性陣がどうしていいかわからなくなったのを見て、カルミスは一番詳しい人物を呼んでくることにする。
「とりあえず瑞樹さんを呼んできます」
彼女はすぐに休憩室に向かった。