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96話 大剣の冒険者アッシュ

 数日後、ギルド長が手紙を見せに降りてきた。

 領主からの手紙だそうだ。

 内容は先日俺を寄越してくれた礼と、俺への感謝も記してあり、またの来訪を期待しているとの内容だ。

 火事の件は当然書いてないが、ギルド長には報告してある。魔法を使用してしまったからな。

 みんなが読みたがったので渡すと、領主に感謝されている文言を羨ましがられた。

 だがもう出張は懲り懲りだと泣き言を言うと、また騒動を起こしそうだと揶揄われた。


 そして昼過ぎ、一人の冒険者がティアラを訪れる。


「御手洗瑞樹って職員はいる?」


 その声に顔を上げる。すぐに気づいた。

 上背のあるがっしりした体格に背中に携えた大剣……先日の出張時に遭遇した冒険者だ。

 街道で襲われていた親子を救助したあと、事後処理を押し付けたんだったわ。

 彼は、俺を見るなり途端に不機嫌な面になる。


「えーっと……なんでしょう」


 事務的対応……名前が思い出せない。


「なんでしょうじゃねえよ! お前、全部俺に丸投げしやがって……」

「何がです?」


 とぼけたせいでカチンときたようだ。


「お前が倒したあいつら――」

「声がデカい!」


 迷惑そうな顔で談話室を指さし、あっちで話を聞くと案内する。

 仕事中だし客でもないから相手をする必要もないが、あの親子の詳細を知りたくもある。

 主任に事情を話して許可をいただいた。

 部屋に入り、彼に座るように促すと、剣を置いてドサッと腹立ち気味に座った。

 どうやらご機嫌斜めらしい。めんどくさいこと全部押し付けたからな。おそらく文句を言いに来たのだろう。

 のらりくらりと相手するか。


「でどうだったの? 手柄全部自分のものになったんでしょ?」

「ふざけんな! お前がやったんだろうが!」


 すぐには返事をしない。

 俺に会って頭に血が上ってるな……少し間を空けよう。

 ウエストポーチからタバコを取り出し、火をつけてくゆらせる。


「お茶飲む?」

「あぁ!?」


 そう言って立ち上がり、扉を開けて受付を見やる。運よくリリーさんの手が空いている。


「リリーさん!」


 こちらに振り向いたので、俺は右手でお茶を飲むふりをしてみせる。

 するとコクリと頷いてくれた。

 俺は右手で「ごめんね」のポーズをすると、気にしないでと微笑んだ。


「あの親子、あの後どうなったの?」

「はぁ?」

「保護されたあと、どうしたか聞いてないんです?」

「……いや聞いてない」

「ふぅん」


 タバコを携帯灰皿にポンポンとしながら、肝心の内容がないことにがっかりする。

 そしてあの娘のことが頭に浮かんだ。

 となるとこいつはホントに文句だけ言いに来たのか……とっととお引き取り願うか。


「で、何しに来たんです?」

「お前がホントにギルド職員か見にきたんだよ! いたら文句言おうと思ってな」

「何の?」

「何のって……お前があいつら倒したんだろ!」


 ドアをノックする音がして開き、リリーさんがお茶のセットを運んできた。


「すみません」

「いえいえ」


 彼はリリーさんを見て、ドキッっとした表情を見せる。


「あんた俺があいつら倒したって衛兵に言ったの?」

「言ったさ!」

「でも信じなかったでしょ?」

「…………」


 どうやら図星だったようだ。思わず意地悪い笑みを浮かべる。


「あのさ~シャツ1枚のギルド職員と、大剣担いだ冒険者がいたら、どっちがあいつら倒したって思います?」

「だからって倒したのはお前だろ! 俺はそれが聞きたくて来たんだよ!」


 城門に到着したとき、衛兵は俺を襲われた側で報告していた。なので俺が親子を助けたなどとは絶対に思わない。

 そして俺が去り際「彼が助けた」と公言したのでそれが事実になっている。

 街へ向かう荷馬車の上でも、彼に散々聞かれたが、はぐらかして何も答えていない。

 別れたあと、もしかしたら顔見せに来るかなーとは思っていた。だが火事騒動もあって、ギルドに帰ったときは大して気にしなくなっていた。


「あ~だから言わないつったでしょ。こっちにもいろいろ事情があるの。お茶冷めるよ」


 カップを指さすと、彼はガッと掴んで一気に飲んだ。


「何か討伐の報奨金とかなかったんです? 指名手配されてた連中だったとかさ……」

「あ~それな~……」


 急に真顔になる。

 実は襲っていた奴らは『殺人や強盗の罪で指名手配』されていたそうで、相当ヤバい連中だったらしい。

 なんとバララト市の防衛本部から報奨金が出たという。


「おおーやったじゃん!」

「だから俺じゃねえつってんだろ!」

「いやもうそれでいいじゃん。死体から金品も奪ってんだからさ~。それしといて自分が倒してませんは通じないでしょ!」


 俺の指摘にぐうの音も出ずに黙る。

 死体漁りというと言葉は悪いが、倒した敵からアイテムを拾うのはゲームでもお馴染みの行為だ。

 もし俺が倒してたんならその権利は俺にある。漁らないのはおかしいって話になるのだ。


「襲われてた親子を助けた上に、指名手配犯を倒したという武勇伝が追加され箔もついた。それでなんで文句言われなならんの! とにかくこの話は終いね!」

「……お前、報奨金とかいらねえのかよ!」


 彼はなぜ俺がここまで隠そうとするのか不思議らしい。


「何……くれつったらくれるんです?」

「当たり前だ! 俺の手柄じゃねえからなっ!」


 揶揄い口調が気に障ったようだ。

 俺は苦笑いしながらタバコを持った手を振る。すると煙が左右に尾を引いた。


「あーいらんいらん、言ってみただけです。気を悪くしたなら謝ります」


 テーブルに目を落としながらタバコをゆっくり吸う。


「……お前ホント何なんだ?」

「ん? ただの新人職員ですが……あんたヨムヨムで活動してるんじゃないんです?」

「ん、いや……」

「ん?」


 どうやら彼は、領都のバララト市を拠点に活動してる冒険者で、フランタ市にはたまたま用事で来ていただけだった。

 途中で助けに来たのも、特に用事がなかったからできたことだという。


「あー……それで知らないのか……」

「なんだ……お前有名なのか?」

「ふっ、内緒……」


 そのうち『エルフに怒られて泣いてた新人職員』って噂を聞くのだろうか……それとも『盗賊団討伐時に現場にいた職員』という話を耳にするのだろうか。

 タバコを消して立ち上がり、話を切り上げる。


「とにかくこの件で話すことはないです。聞かれても倒したのはあんたって言いますしね」


 彼は不満そうな顔をする。しかしドアを開けると、特に何も言わずに部屋を出た。


「あーそうそう、聞くの忘れてた……」


 彼が去り際に振り返る。


「名前なんだっけ? ど忘れしちゃいまして……」


 その言葉にまたカチンときて顔を真っ赤にする。


「こんの……アッシュだ、覚えとけ!」


 俺は深々と礼をすると彼は出て行った。


 席に戻るとガランドが書類の手を止めて俺に向く。


「瑞樹、もしかして言ってた例の冒険者か?」

「そうそう。すっかり忘れてた!」


 皆には道中襲われた親子を助けたことと、そのときに出会った冒険者のことは話してある。


「何しに来たん?」

「んー、手柄を全部彼にやったんだが、それが気に入らなかったらしい」


 やれやれという表情で話していると、お盆を胸に抱えたリリーさんが横に来た。

 出したお茶を片付けに行くみたい。そっと右手でお盆を指さしながら小さく頭を下げて感謝を示す。

 すると「いえいえ」と軽く首を振って答えてくれた。


「手柄って何かあったんです?」

「どうも襲っていた連中が指名手配犯だったみたいです。いくらか報奨金が出たとか……」


 その情報にリリーさんは目を見開いて驚いた。


「報奨金出るってよっぽどですよ!」

「そうなんですか?」


 報奨金が出る指名手配犯は、凶悪犯罪者なので危険度が高い。

 捕まえるのは余程の実力者でないと無理だろうと主任が答えた。


「あれ? そういえばティアラでは指名手配犯の情報とか見ませんね」

「あーそれはですね……」


 主任が説明する。

 フランタン領では、指名手配犯の情報は防衛隊が管理する。

 討伐の依頼を出す場合は、それ相応の実績が求められるので、新人ばかりのうちには回らないという。

 要するに『うちに回すと被害が拡大する可能性のほうが高い』のだそうだ。

 なるほど、低レベルの冒険者のところには高レベルの討伐依頼は来ない……ゲームと一緒か。


「瑞樹さん無茶してませんか? 危ないですよ」


 リリーさんが不安そうな表情を見せる。


「ん? んー相手見てませんからわからなかったです」

「え?」


 ロックマンが机から顔を上げる。伝票処理しながら話は聞いていたようだ。


「姿見ずに倒したん?」

「あーっとね……背の高い草が生い茂ってて見えなかったんだよ。ま~その、相手の居場所はわかるっていうかな……」

「……魔法?」

「そうそう」


 もうみんな、魔法と聞いても驚かない。さも当たり前のこととして受け流す。

 ガランドが机に肘をついて顎を乗せる。


「それでどうやって倒したか聞きにきたって事か……」

「正解!」


 彼を指さす。事後処理全部丸投げしたと話すと、ガランドは呆れた顔をした。

 そして今の話でレスリーは、先の盗賊団壊滅の方法がわかったらしい。


「瑞樹、例の盗賊団壊滅の件……相手見えなくても居場所わかるってことはそういうこと?」

「あ……」


 思わずネタバレしてしまったことに気づき、誤魔化せないなと諦めて頷いた。


「みんな内緒ね?」

「誰がいるかってわかるんですか?」


 キャロルの質問に手を振って否定する。


「いやいや、誰がってのはわかんないよ。何か生物がいるなってのがわかる。まあ人か動物かは区別つくがな」

「ほえ~~」

「でもあまり危ないことはしないでくださいね」


 主任の苦言に、自重しますと頭を下げた。



 2日後、アッシュは再びやって来た。


「お前聞いたぞ! エルフの上司に怒られて泣き入れたってんだな!」


 カウンター越しに声をかけてきた。うっとおしい奴め。しかも仕入れた情報はそっちかよ!


「仕事の邪魔なんですが……何しに来たんです?」

「いやな、しばらくこっちで仕事しようかなと思ってな……」

「なんで?」

「なんでってそりゃお前……」


 そう言うと彼はチラっとリリーさんに目をやる。とてもわかりやすい理由だった。


「うちは大きな駆除とか護衛の依頼はないよ?」

「そうみたいだな。でもここ薬草採取とかはあるんだろ?」

「いやあんた、薬草採取って……」


 大剣担いで薬草採取……呆れて鼻で笑い、好きにすればと言い放つ。


「じゃ仕事行ってくる。リリーさんまたね!」

「え……あ、はい」


 彼は手を振って出て行った。

 ラーナさんとキャロルは吹き出し、リリーさんは軽くため息をつく。


「リリーさん、モテモテですね~!」

「結構いい男なんじゃない? リリー」

「ちょっとぉ~~!!」


 2人に揶揄われて照れたのか、少しムッとした表情で俺を見る。


「待って待って……俺のせいじゃないですよ! リリーさんが魅力的なのが悪いんです!」


 冗談めかして言うと皆がうんうんと頷く。

 彼に限らず、リリーさんに好意を寄せている冒険者はかなり多い。

 もちろんラーナさんやキャロルも同様で、ティアラの受付嬢はフランタ市の冒険者にとってはアイドルなのだ。


「もーみんなしてー!」

「まあいつもみたく掌で適当に転がしちゃってくださいよ」


 掌で転がす仕草をして笑うと、リリーさんは頬をぷくっと膨らませた。


「瑞樹さん、ひど~い!」


 彼女の困り顔を、ハハハとみんなで笑った。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 元が大学生であることとして、実に学生っぽいところが残ってるとして見ていましたが、アッシュとのやり取りをはじめ、基本的にこの主人公は他人の面子を軽んじる上に、社会戦能力が現時点では高くな…
[一言] この主人公、マジで嫌い
[一言] >襲われてた親子を助けた上に、指名手配犯を倒したという武勇伝が追加され箔もついた。それで何で文句言われなならんの! そりゃあ問答無用で虚偽報告の片棒担がされたら文句も言うやろ……
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