95話 領都から無事帰宅
スマホで時刻を見ると11時過ぎ。
依頼を済ませたら、帰る前にどこか覗きたい。
馬車の窓から眺める街並みはフランタ市と同じ。店構えがしっかりしている雰囲気がする。
領主の館に近いので富裕層か貴族層の区域なのだろうか。
それと王都に近いせいか、衛兵ではない兵隊連中もちらほら見かける。
「ホントに甲冑が動いてるわ」
かなりガチ目の装備に驚く。
彼らは国軍――国の軍隊。
各領から兵役みたいな形で拠出されていて、仕事はもちろん国の武力組織。
ただし戦う相手は人。つまり国同士の争いのためにだけ働く。
魔獣や魔物、魔族などがいる世界でも、人との争いが最優先ということらしい。実に不毛だ。
とはいえマルゼン王国は戦争してないし、領都は他国と接してないので、彼らも殺伐とした感じではない。さしずめ後衛部隊といったところだろう。
街の雰囲気はとても穏やか。戦争で荒廃してない国でよかったなとつくづく思う。
俺の転移先がダイラント帝国だったらとっくに死んでいた可能性が高い。
マルゼン王国の北に位置するダイラント帝国――戦争で拡張しまくった国。
だが国情は絶賛火の車。
前に買った本『ダイラント戦記 ―対魔族戦―』に、数十年前に魔族との戦いに壮大に負けたとあった。
それで国の戦力が著しく低下したという。
しかも戦を吹っ掛けたのは帝国……あ~ららという感じ。
その結果、併合した区域の独立騒動が発生。内戦に近いところもある。
マルゼン王国との戦争の可能性は低いが、何かにつけていい話を聞かない国だ。
現代の地球でもそうだが、国境を接しているところは必ず小競り合いが発生している。
情報が伝わらないだけで、他領では揉めていると思われる。
マジで関わり合いになりたくない国だ。
フランタ市にも国軍はいるらしいが、他国と接してないせいで数はかなり少ないらしい。
大森林を経由すれば接しているのだが、距離も広さもわからないそんなとこに軍隊を投入することはお互いしない。
なるほど……国軍が自衛隊、防衛隊が警察、という役割なんだな。
そんなことを考えていたら冒険者ギルドに到着した。
御者にお礼を言ってギルドへ入る。すると目にした光景に思わず声が出た。
ボルトン冒険者ギルド――この街にある3軒のギルドのうちのひとつ。
ティアラと違い、討伐や護衛など、全ての依頼を扱う大きなギルド。
内観は都市銀行っぽい広さ。広々としたロビーに長いカウンター、奥の職員スペースも広く、人数も多い。
依頼を張り付ける大きな木の板はティアラより大きい。が、受注後なのか依頼の枚数は少ない。
職業紹介の冊子や、地図なども完備、商談スペースっぽいテーブルもあり、売店ももちろん併設されている。
古めかしくはあるが、その規模に圧倒された。
考えてみたらティアラ以外の冒険者ギルドに入ったのはこれが初めてだ。
いまだに地元のヨムヨムとアーレンシアに行っていないことに改めて気づく。
受付カウンターに向かい、配送依頼と伝えて依頼書と荷物を出す。
ところが依頼書の封筒は水に濡れてヨレヨレだ。
外側を乾かしただけで中身が読めるかわからない。
他の荷物も濡れたのを拭いただけ。乾かす時間が取れなかったので湿っぽい。
「どうしたんです? これ……」
受付の女性が眉をひそめる。
フニャっと垂れた封筒と濡れた荷物、明らかに不手際が見てとれる。
「水の事故に巻き込まれまして……」
彼女はやれやれといった感じでため息をつき、やぶかないようにゆっくり依頼書を開く。
「あー……ティアラの配送依頼ですか」
「ええはい」
チラっと一瞥する。おそらく新人冒険者だと確認したのだろう。そういう依頼だしな。
手続きが済んだら呼ぶので待つように言われた。
壁際の椅子に座りながら、びしょ濡れにした荷物のことが不安になる。
そういや荷物は何なのだろう……リリーさんは言わなかったな。
というか俺も聞くのを忘れていたが、ワレモノとかじゃないよね?
やはり濡れたのはマズかったのかなー……いやマズイよな。濡れてたら返品されるかな。
火事を消火したまではよかったが、荷物が水浸しになったのは想定外。持っていたアルナーのせいではないしな……仕方ない。
突き返されたら失敗と諦めよう……。
俺は呼ばれるまでベンチで足を組んで待っていた。
「御手洗瑞樹さん」
顔を上げて受付に向かう。
「これをティアラの方に渡してください。ご苦労様でした」
「……どうも」
受け取り時の険しい表情から一変したいい笑顔、報告用の一通の封書を差し出した。
気構えていた俺は拍子抜け、思わず安堵する。
つい「俺もギルド職員なんですよ」と口にしかけるが、馴れ馴れしいと思い引っ込める。
軽く会釈してギルドをあとにした。
「なんだ……大丈夫だったな。心配して損した」
外側が多少濡れた程度では問題ないようだ。
まあ現代日本と違い物が届くことが大変な世界だろうからな。届けばOKみたいな感じか……。
無事済んだようでホッとした。
その後は昼飯を食べ、街へ来た城門へ向かう道中にあった店を数軒覗き、街を出たのは15時だった。
乗合馬車はもう懲り懲りだったので帰りは徒歩。適宜《俊足》使って距離を稼ぎ、途中の村で一泊。次の日はのんびり帰り、ギルドへ着いた時は14時回っていた。
◆ ◆ ◆
「ただいま帰りました」
たった数日の小旅行、だがリリーさんの顔が懐かしい。
いや十分内容濃かった……濃すぎたな。
「早かったですね瑞樹さん、もう数日はゆっくりされるのかと思ってました」
「えっ? 済んだらすぐ戻るもんなんじゃないんですか?」
彼女はふふっと笑う。
「そんなことないですよ」
「マジか!?」
そういえば期日に余裕があった。
普通の冒険者はその期間に他の依頼を組み込んだり採取に勤しんだりする。
俺の場合はどうやら物見遊山でぶらついてきてもよかったようだ。
うーん……日本人独特の真面目さが裏目に出た。
封書を手渡すと、封を切って読み始める。
すると明るかった表情がすぐに曇り、怪訝な顔つきになって俺を見上げた。
「――瑞樹さん……向こうの評価がすごく低いんですけど……」
「えっ!?」
皆がこちらを向く。
「評価があるんです!?」
「何です? この『荷物の扱いが雑』って。『報告後に注意するように』と指示が出されてますよ!」
焦りからブワッと変な汗が出る。
主任がこちらにやってくる。
ラーナさんとキャロルもリリーさんのそばに来て手紙を覗く。そして俺を見る目は「何しでかしたの?」と語っている。
心臓がバクバクしだした。
「い…いや……ちょっと、荷物を水没させちゃいまして……」
「はぁ!?」
予想外の内容に皆、驚いている。
「えっ? 川にでも落ちたんですか?」
主任は何かトラブルにでも巻き込まれたのかと心配そう。俺の場合、襲われた前例があるからな。
「いや、違うんですが……領主の館で火事があって――」
「「「「「「「火事ぃ!?」」」」」」」
皆の揃った声にびっくりした。
「うん。それで消火の時に水被っちゃって~みたいな~……」
さすがに一大事、みんな唖然とする。
するとキャロルがじっと俺を見つめる。
「瑞樹さんが何かやったんですよね?」
「やってないやってない! 俺が燃やしたんじゃないから! 消したほうだから!」
みんな半笑いで呆れてる。
「気を付けてくださいね」
「あ……OKなんスね! よかった~~!!」
失敗なのかと心配したが、一応達成ということでホッと胸を撫で下ろす。
リリーさんは指示通り注意をしたということで、苦笑いしながら俺のギルドカードに配達依頼達成の認証をした。
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いよいよ話も佳境に入ってまいります。
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