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90話 領主の館に到着

 馬車に揺られて領主の館に向かっている。

 多少振動はするが、椅子がふかふかなので乗合馬車とは雲泥の差だ。

 これなら長距離移動も……と思ったがやっぱ無理だ。普通の車で吐く体質だし、小刻みに上下に揺らされる時点でダメだな。


 すっかり日が暮れた領都の街並み。

 暗くてよく見えないが、たしかにフランタ市より規模がデカい。

 現当主が手に入れたのかな……それとも前領主かな。とにかくうまくやったものだ。


「会うのは明日ではなかったですか?」

「瑞樹さんが盗賊に襲われたと聞きましたので……」


 どうやら衛兵が勘違いして伝えたらしい。だが衛兵の判断ももっともだ。

 俺の格好はTシャツ1枚……襲われたように見えなくもない。


「それは勘違いですけどね……」


 笑いながら事の顛末を簡単に説明した。

 もちろん奴らを倒したのはアッシュだという筋書きで……。


「それは大変でしたね」

「だから来たくないって言ったんですよ!」


 若干不貞腐れたような態度を見せると、彼は少し恐縮したようだ。

 んー別に彼のせいではないしな……気の毒なのでとりなしておこう。


「いや……でも呼ばれたおかげであの親子が助かったわけだし、結果的にはよかったと思ってます」


 笑みを浮かべると、彼も安堵した表情を見せた。

 星の巡り合わせというやつだ。

 いろいろな要素が重なってあの親子は助かったのだ。

 俺自身も素直に喜んだ。



 程なくして領主の館が見えてきた……いや、正確には塀が見えてきた。

 暗いのでわかりにくいがそれでも凄さがわかる。

 広い、圧倒的に広い。おそらく正面広場で野球できるんじゃないかな。

 そして正面の門に到着、衛兵が敬礼する。門から見える屋敷が小さい。おそらく100メートル先ぐらいにあるな。

 ここは比較的明るい。街中のほとんどが灯は落ちていたが、屋敷は窓から光が漏れている。おかげで広場もまあまあ見える。

 お決まりの噴水はないが、広場の真ん中には台座っぽい感じの石舞台がある。そのうち彫像でも置くのかな。

 そして数台の馬車が停車しているのを目にして気づく。

 あーなるほど、これ馬車の駐車スペースか。それでそれなりの広さがいるわけだ。

『やっぱり領主、100台来ても大丈夫!』という感じだな。

 そういや領で一番偉い人の家だったな……と改めて思い出す。

 日本だと首相官邸……いや、京都御所……いやいやそこまでは広くないな。

 そんなことを考えていたら正面玄関に到着。

 待ち構えていたようにわらわらっと数名やってきた。

 アルナーが先に降り、続いて降りると「荷物をお持ちします」とホテルのポーターみたいな使用人が声をかける。

 Tシャツ姿にショルダーバッグの俺は思わず恐縮し、「依頼品なので……」と丁重に断った。


 玄関を入ると、数名のメイドがそばに来る。

 うはっ本物のメイド……あでも年配の人だ。キャピキャピの若い女子大生という感じの女性はいない。

 アルナーが彼女たちに指示を出すと、「あとで伺います」と深々とお辞儀をし去っていった。

 俺はメイドについていく形で広い正面フロアを進む。

 お約束の大理石の大きな階段を上がり、部屋に案内される。

 部屋を目にして一瞬、あれ……思ったより広くないな、と感じた。

 普通のホテルの一室といった感じだろうか。10畳ぐらいか……俺の部屋よりは当然広い。

 部屋に入り落ち着くと、すぐに体と髪を洗うお湯を用意してくれた。


「あの……風呂ってないんですか?」

「フロ……ですか? 申し訳ありません。おっしゃるものがわかりません」

「そうですか……」


 彼女は「終わったら呼んでください」とお辞儀をすると部屋をあとにした。


「やっぱり風呂はないんだ……」


 お湯につかる文化自体がないのかと諦める。

 そそくさと体を拭いて髪も洗う……が、へたくそで床がびしゃびしゃになった。これ怒られないかな……。

 終わったと告げると服を用意していただいた。パリッとアイロン仕立てのシャツとズボン。

 シャツの襟にひらひらがついている。き……貴族のコスプレっぽい。なんかやだな……。

 着替えて落ち着いていると、メイドが食事を運んできた。

 それを目にしてやっと気づく……俺、腹減ってたわ。

 途中で食ったもんリバースしたんだったな……。

 しかもどうやらずっと緊張していたようで、食事を目にして力が抜けた。

 考えたら普段の生活と全然違ってるもんな。

 初の市外への出張、乗合馬車、暴漢の討伐、親子の救出と搬送、そして領主の館……そらずっと緊張強いられてるわな。

 などと思いながら料理をいただく。

 パンとシチューとサラダとシンプルな食事。だが温かくて落ち着く……そしておいしい。さすが領主の館だ。

 がっついて食し、ものの5分で平らげてしまった。

 片付けに来たメイドにタバコを吸っていいかと聞くと、大丈夫ですと答えてくれた。

 外を見ながら一服……って真っ暗で何も見えん。領都でも夜は暗い……当然か。

 するとアルナーがやって来た。


「領主との面会は明日の朝9時になります」

「ん、わかりました」


 早々に済みそうなのは好都合。依頼も済ませたらとっとと帰りたい。

 ふと彼に疑問をぶつける。


「一応聞いときたいんですが、俺を呼んだ理由は何です? それほどのことをした覚えはないんですがね……」


 たしかに招待した客人が襲われたとなれば、領主の醜聞になるかなとは思う。

 それは勘違いだが、連れてきた以上はもてなすというのはわかる。

 だがそもそもの呼び出し理由がわからない。

 盗賊団討伐の件も、現場にいたってだけの話になってるわけだしな。


「実は……『紙飛行機』の一件で、コーネリアス様が瑞樹さんにとても興味を持たれました」

「……んぁあ!?」


 領主が紙飛行機に興味!?

 あれ……領主の息子が欲しがったのでっていう話だったと思うのだが……。

 予想外の内容に思わず固まる。

 吸ってたタバコの灰が床に落ちそうになり慌てて携帯灰皿に落とす。

 まさか領主が紙飛行機に夢中になったとかいうんじゃないだろうな。

 アルナーが俺をソファーに促し、彼も座る。

 そして、紙飛行機の作り方を覚えてからのいきさつを話してくれた。



 領主は当初、紙飛行機に興味などなかった……というか今でもあまりない。

 息子が学校でそれを自慢して喜んでいる……と聞いたがすぐに忘れたという。

 アルナーが紙飛行機の作り方を習得後、息子が学校などでアルナーの自慢をする。紙飛行機を作るのが上手……と触れ回ったそうだ。

 すると領主は他の貴族から「おたくの執事はすごいな」と褒められたそうだ。

 そのとき領主は詳しく内容を聞かずに生返事だったという。うちの執事だから当然だろ……ぐらいの考えだ。

 その話をあとで筆頭執事に尋ねるが、彼は心当たりがないと首を振る。

 このとき次席執事のアルナーには聞かなかったので、話はそこで終わってしまった。


 しばらくして王都の子供たちにも紙飛行機が伝播する。

 ところが紙飛行機を作れる人材というのは限られる。仕組みは簡単だが上手に作れない。

 そこで出所のアルナーに子供を持つ貴族から問い合わせがくるようになる。ぜひ作り方を教えてほしいと……。

 ここでアルナーは身に染みる……ホントにこの国の人たちは紙飛行機が作れないのだなと。俺の苦労がわかったようだ。

 彼が覚えるのが困難だったように、教えても他の人たちは上手に作れるようになれなかった。


 するとアルナーに製作の依頼が殺到する。

 そして彼が紙飛行機を作っては、貴族の子供たちに送る事態にまで発展した。

 ここで領主は、何かしらの問い合わせが殺到している事実を知る。

 だがアルナーから「紙飛行機を作って送っています……」と聞かされるが意味がわからない。紙飛行機とは何だ!?

 アルナーのしていることを見るが、ただの紙切れを折っているだけだ。金銭でも高価な贈答品でもない。

 意味不明な作業に「まあ失礼のないように……」と指示してまた忘れた。


 王都の学校で流行ると、当然その情報は王宮の耳に届く。

 後日、領主が王宮へ出向いた際、失態をやらかしてしまう。

 なんと王族から紙飛行機の件を聞かれたんだそうだ。

 ところが領主は紙飛行機についてまったくわからず、まともに説明ができずに焦った。

 そらそうだろう。王族にも子弟はいる。

 そして彼らが手にしているものを見て気づく……アルナーが頼まれたとか言われて作っていた物だと。

 幼い王子から「なんで? どうして? 誰が作ったの?」と聞かれたが、適当なことしか答えられずに失望された。

 王子に失望されるなど大失態にも程がある。そしてその話は本人や周囲から上に伝わってしまう。

 王族からの覚えが悪くなるなど背筋が凍る。王都から真っ青になって帰ってきたそうだ。


 すぐにアルナーに詳細を聞く。

 出所はフランタのティアラの職員からだと。俺のこともかなり優秀で、懇切丁寧に教わった事実を述べる。

 そこで俺を招待して話を聞こうとアルナーに手紙を出させた。

 が、それを俺はあっさり断った。

 領主はまさか断られると思ってなかったらしく、俺に相当おかんむりだったらしい。

 すぐにアルナーがマズいと思い、「業務多忙で大変なんですよ……」みたいな言い訳でなだめることに成功した。

 さすができる次席執事だ。だが彼もかなりつらく当たられたそうだ……申し訳ない。

 ところが情報伝達の妙というか、このタイミングで盗賊団討伐の詳細が領主に届く。

 そしてなんと、それに俺が関わっていると知り、驚くとともに閃いた。

 この件で呼べると踏んで、領主自らギルド長宛に手紙を出した……という顛末だ。



 話を聞き終わると、腕を組んで目を閉じた。そして自然と顔が緩む。


「うーむ……冗談みたいな展開だな。たかが『紙飛行機』ごときで大騒ぎとはな……」

「いやいや瑞樹さん、私も作り方は教えてもらいましたが、これがなぜ空を飛ぶのかいまだにわかりません」

「あー……そこか」


 要するに『飛ぶこと自体が不思議』なのか。

 これを発見した誕生秘話みたいなのが聞きたいってことかな。魔法がある世界のくせに……。

 てことは魔法で空を飛ぶ……というのは存在しないのか?

 それとも未発見なのか。

 空を飛ぶ魔法がないというのは勘弁願いたい……と心の中で思った。


いつもお読みいただきありがとうございます。

何とか90話まで来ました。

今後も頑張りますのでブックマーク、評価を5つ星をぜひよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 空飛ぶ魔法があったとして、ミズキの場合はタケコプターみたいに頭から吊り下げられる形になるんだろうか?
[一言] 領主に招かれて風呂ねーの?は笑った。
[良い点] 地球初のグライダーが19世紀。航空学というやつは近代以降のものなのですよね。 ルネサンス期の天才ダヴィンチでさえ羽ばたき飛行機や螺旋ヘリコプターまでしか発想できなかったわけで。 [気になる…
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