9話 休日に出かける
就職してから1週間、職場にも慣れてきた。
ちなみにこの国の1週間は6日、1ヶ月30日。
12ヶ月+5日(感謝する日みたいなお休み)で1年だ。
ギルドの正面には約50メートル四方の広場があり、地面に石畳で円を描くような模様が描かれている。
中央に直径5メートルぐらいの花壇があって、高さ20メートルはある広葉樹が1本、横に大きく枝を広げている。
そして花壇の周りにベンチが据えてある。
道路側の近くには食べ物の露店が2軒あり、昼飯はそこのを買ってベンチで食べる。
昼休憩、いつものようにベンチで飯を食って一服していた。
するとギルドの玄関が開き、ラーナさん、リリーさん、キャロルが揃って出てきた。
彼女たちも昼休憩らしい。
揃って休憩とは……ティアラの看板娘はただいま不在か。
キャロルが俺を見つけ、笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。
「瑞樹さーん! リリーさんに聞きましたよー!」
その言葉に思わず咳き込む。
リリーさんにと言えば一つしかない――例の死体写真の失態だ。
「瑞樹さんの国の……写真?っての見せてくださーい!」
「あ? あぁ……あれね」
どうやら騒動のことではない……見るとリリーさんが申し訳なさそうに笑っていた。
俺のパーソナルスペースお構いなしにキャロルが左横に座る。
腕が触れるとその温もりに全神経が集中する。
そして右横にリリーさん、ラーナさんが並んで腰かける。
ウエストポーチからスマホを取り出して写真を表示する。すると物珍しそうに皆顔を近づける。
小さいスマホを覗き込むため、彼女たちの髪の毛が俺の眼前に寄る。
ラーナさんが写真を見ようと体をぐっと寄せたのでリリーさんの腕が触れる。
その感触に再び全神経が集中した。
キャロルが一番手で質問する。
「うわ可愛い! これなんて猫人です?」
「猫人じゃないです。猫です。マンチカンの子猫です」
彼女の近い笑顔に思わず顔が緩む。
リリーさんは、クリームたっぷり乗ったドリンクに注目する。
「これ何です? すごい綺麗ですね」
「飲み物です……トールアイスライトカフェモカエクストラミルクウィズキャラメルソースです」
「え…なんて?」
「トールアイスラ――」
「わかんない!!」
呪文のような名前に驚いている。
次は私の番とばかりにラーナさんが質問する。
「これは?」
「天丼です。メガ盛り天丼。ご飯の上に天ぷらを乗せて食べるんです」
「天丼……天ぷら……初めて聞くわ」
次々に写真を見せては口々に「わかんなーい」と、初めて見る日本の文化に興味を寄せていた。
そして俺も人生初の経験――美女3人に囲まれて話が弾むシチュエーションにリア充感を満喫する。
時折り見せる笑顔が眩しい。
どうせなら彼女たちが操作するところも見てみたいかな……と思いつきリリーさんにスマホを手渡す。
「わっ!」
突然の出来事に体をビクッとさせる。
「やってみて!」
画面を指でスライドさせる動きを見せてやってみてと促す。
キャロルがやってと促すと指でスライドする。
すると次の写真に移り変わり、操作できたことに驚いた。
キャロルがリリーさんの手元をグッと覗き込んでるので、俺が邪魔かなと思い立ち上がる。
彼女が驚いて俺を見上げたので、寄っていいよと手で促す。
すると嬉しそうな笑顔を見せ、3人で肩寄せ合ってスマホを楽しんでいた。
彼女たちがスマホを操る姿を眺めるのも乙なものだなと、楽しげな様子に心が和んだ。
写真が変わるごとに質問され、それに答える俺もちょっとした優越感に浸れて気分よかった。
ちなみにこの国の人は昼飯という習慣がなく、常食は朝と夜の1日2食。
その間にお腹がすけば適当に間食するらしいが、彼女たちが食事してるところを今のところ見たことはない。
休憩も、就業中に好きな時間に取る。昼に一斉にみたいな決まった時間ではない。
誰が何時に……とか、それぞれ交代で……とかローテで取るという考えもない。
今みたいに受付嬢が誰もいないときは、客は彼女たちが帰ってくるまで待つか、ギルド側で対応できる職員がいれば代わりに対応する。
日本じゃ考えられない緩さ――『働き方改革、斯くあるべし』だと思った。
昼休憩を済ませ、戻って主任に尋ねる。
「主任、明日か明後日お休みを頂いてもいいですか?」
「休み?」
「はい。落ち着いたので身の回りの物を揃えようかと」
「なるほど」
理由を知ると、笑顔で了承してくれた。
この世界コンビニなどないので、必要なものは日中でないと揃えられない。
「お金は?」
「大銀貨で買える程度のものしか考えてませんので大丈夫です」
「わかりました」
まだはっきりとこの国の物価は掴めてないが、大銀貨はだいたい1~2万円程度の価値だと思われる。
食料品は安定供給で価格も安いみたいなので、国が安定している証拠だと思う。
だが金属製品は高い模様、冒険者は剣を買うのも一苦労じゃないかな。
目的を身の回りの物とは言ったがそれは建前で、ホントは本屋に行って魔法関連の書籍がないかの確認が目的。
何となく本は高そうだが、とにかくこの国の実情が知りたい。魔法以外でも面白そうな本があればチェックしときたい。
ところでティアラ冒険者ギルドの休業日は月1回程度。
不定休らしいが最近は月初めに休むことが習慣化している。月末が給料日だからだ。
休めないブラック企業かと思ったらそうじゃなく、職員は休みたいときに勝手に休んでよいシステム。
数日休んでも問題にされない。
理由は二つ、一つは移動に時間がかかりすぎること。
遠出の場合は馬車でも数日、王都は行って帰るだけで数週間は潰れるらしい。
王都に気軽に行けないのはとても残念。
そしてもう一つは民族性。日本人みたくワーカホリックな人間はいない。
現代でもヨーロッパ人は2ヶ月バカンス休みを取るし、盆暮れしか休まない日本人がおかしいのだろう。
まあでも俺は週1で休めれば十分なので、しばらくはそんな感じで休もうと思っている。
◆ ◆ ◆
次の日、仕事お休みで街へ出かける。
目的は本屋、魔法関連の本を探す。この街には3軒あるとのことなのでできれば全部回りたい。
とはいえ先に屋台で腹ごしらえだ。
『豆とひき肉のトマトスープ』『茹でポテト』『サラダ』を買う。
まずはトマトスープ。
「おっ旨い。あーだが何だ……後味にカレーに使われるスパイスのやつがくる。ターメリックだかクミンだかのやつ。肉が何だろう……牛じゃないな。何かよくわからん」
トマトスープでカレー風味……まあ旨かったので良し。
次に茹でポテト。
「んー……すごくバターが欲しい。バターが乗ってたら満点だっただろうに……」
やわらかく塩が利いてておいしい。芋自体は普通で甘みもないが、バターがホントに欲しいと思った。バターはこの世界にあるのだろうか。
そしてサラダ。
「…………くっさ!」
ダメな臭いじゃなくてバジル臭い。
「……パセリか! 後何かよくわからん草、バジルとパセリと草のサラダ……超キツイ!」
思わず口をすぼめて固まる。まあ異文化ってことで無し寄りの有りってことに――――嫌やっぱ無いなこれ。
カメムシ食った気分だ……これは諦める。
「しっかしあれだな……料理の傾向がわからない」
香辛料がとにかく臭い。何となくカレーに使われてるやつのような気がする。舌に後味がすごく残る。
肉の焼き方が串に刺してそぎ落とすやり方なので、確かこーいうのは南米か中東か……全然方角が違う文明同士だがとにかく知らない料理ばかりで困惑している。
日本人の魂である米味噌醤油は絶望的な雰囲気がした。
ティアラから南へ雑貨街を通り抜け、川沿いを西に進むと1軒目の本屋へ到着。
個人商店規模の小さなお店で客は数人いる。そういえばこの国の識字率はどれくらいなんだろう……。
現代でも日本が異常に高いだけで他国は結構低いところも多い。アメリカでさえ7割じゃなかったかな。
それによって本の普及率も違ってきそうだ。街に図書館なんてものはあるのだろうか……。
店主は眠たそうにカウンターに座っている。俺が近づくと顔を上げた。
「魔法関連の本はありますか?」
「魔法? ここにはないよ」
いきなり変なこと聞くやつだなと怪訝な表情。
「何処ならありますか?」
「魔法は魔法学校でないと習えないだろ。学校がないここにはないよ」
いきなり終了のお知らせ。魔法関連の書物は無理そうとわかりがっかりした。
何かよさげな本でも探そうかとも思ったが、それは他でもできるなとすぐ店を出た。
次へ行く道中に武器と防具を売ってる店を見つけた。
建物横に車数台分の駐車スペースほどの作業場があり、工具やら剣やらが見える。
そして奥で数人の職人が座って作業をしている。
「ホントに武器屋ってあるんだな」
ゲームや漫画でお馴染みの店に思わず心が躍る。気づくと店のドアを開けていた。
入ってすぐの入口付近の樽に、剣が無造作に突っ込んであって雑さ加減に驚く。
だが壁にはちゃんと綺麗な武器が飾ってあり、槍や盾なども見えた。
なるほど……樽の剣はPCパーツ店のワゴンセール品みたいなもんか。
「何か入用で?」
声をかけた店主は若い茶髪の青年で、見た目スマートだが薄手の服装から筋肉質なのがわかる。
細マッチョというやつでイメージ的に消防士が似合いそう。
「あーっと……」
冷やかしだとわかったら露骨に嫌がられるかなと思ったのでギルド職員の肩書を使う。
「ティアラの職員なんだけど最近入社したんです。この街初めてだから物珍しくて覗いてみました」
「ティアラ?」
「そうそうそこの……」
「ふぅん……」
客もいなくてちょうど話し相手になったのか愛想は悪くなかった。
「売れ行きは悪くないが武器ばっかり売れる。防具はそれほど出ないな」
ざっと見渡すと長剣や短剣、ナイフばかりが飾ってあり飛び道具がない。
「弓矢は扱ってないの?」
「弓矢は別の店だな。両方扱ってるところもあるがうちはやってない」
「ふぅん……」
そういえば森で遭難してた時に手袋がなくて枝木集めるのに苦労したのを思い出した。
「手袋置いてある?」
「こっちだな」
種類はそう多くはないが、手にはめてサイズと柔らかさがよさげなのを選んだ。
「これください」
「ん…毎度」
金を払ってそのままバッグに仕舞う。
「ここは武器や防具の買取もするの?」
「するぞ。だが素材としての価値だけがほとんどだがな」
なるほど、それであのセール品か。
「ありがとう」
「またどうぞ」
思わずゲームの雰囲気を味わえて少し気分が良くなった。
次いで街の北側にあるという2軒目を探す。
街の北側には門がないので大通りがない。建物も似たような作りなので油断すると迷子になりそうだ。
ちょうど家の前で大きな壺に水を汲み入れている人が見えたので尋ねてみる。
「すみません、この辺に本屋ありませんか?」
手を止めて答えてくれた。
「あーそこの路地抜けた反対側の通りを行けばあったはず」
「どうも」
日が当たらず薄汚れている路地を抜けて反対の通りへ。右を見たらそれっぽい店が見える。
「あれかな……」
50メートル先ぐらいの店へ疲れた足取りで向かう。
すると突然右腕の袖を引っ張られ、横の路地に引き込まれた――