89話
だいぶ日が傾いた頃になってやっと応援部隊が到着した。
4名の衛兵と、リアカーみたいな荷馬車を連れている。これで歩かなくて済むなと安堵する。
彼女を荷馬車に直接下ろし、次いで俺が乗ろうと縁をつかむと、右手がプルプルと震えている。
人を背負って数時間歩くという、普段しない行為で腕の筋がつりそうだったんだなと気づいた。
決して彼女が重かったというわけではない。だが顔や態度にだすと彼女が申し訳なさそうにするのは明白、むしろ安心させるように笑顔を向けて誤魔化す。
「ごめんね、背負うのへたで。つらくなかった?」
「いえ。大丈夫です」
「そう、よかった」
横並びに座ってやれやれとくつろぐと、冒険者が荷馬車に乗ろうと足をかける。
彼の大剣と体重は、俺と彼女と合わせたぐらいありそうだ。彼が左側に座ると、荷馬車のバランスがとれたような気がした。
彼女の父親は衛兵が背負ったままで出立する。そして冒険者の彼が仕切り直すように口を開く。
「そういや名乗ってなかったな。俺はアッシュ……冒険者だ」
「ん、俺は御手洗瑞樹……ティアラ冒険者ギルドの職員です。瑞樹と呼んでください」
「ミタライ…ミズキ……貴族か何かか?」
「あーいや、一般市民だが俺の国では全員苗字、家名があるんだよ」
「国……どこだ?」
「日本ってとこなんだけど、知らないでしょ」
「……知らんな。で、ティアラの職員が何しに領都へ?」
両手を組んで、掌を上に向けて上に伸ばす。
彼女にしんどかったと思わせないように、けだるい感じで彼から視線を外す。
「んー……いや、領主がなー俺に会いたいとからしくてなー。めんどくさいから一度断ったんだよ。だが今度は上司を通して手紙寄越したんでな。しょうがなしに伺うことになったんだよ」
「は!?」
アッシュは驚きの声をあげる。
荷馬車を囲むように周りにいた衛兵も一堂に俺を見る。
「え、何……お前、領主の客人なの?」
「客人? あーまあそうだな。話をしに行くだけだがな」
首をグルグルっと回し、めんどくさいって感じを態度で示す。
すると衛兵の1人が恐る恐る尋ねてきた。
「あの……コーネリアス領主様の御客人なんですか?」
「んー……どーーしても来てくれって言われたから、しょーーがなしに行くんですけどねー!」
いやもう本当にめんどくさいんだよ……とうんざりした表情で衛兵を見やる。
乗合馬車に揺られ続けて吐きそうなのを我慢していたことが本当につらかったせいだ。
盗賊の襲撃事件に遭遇して歩く羽目になったが、むしろ馬車に乗らなくて済んでよかったとさえ思っていた。
衛兵がずっと俺を見ている。本当の話か疑っているのだろうか……。
そういうことなら……と、ショルダーバッグから手紙を出して封蝋の印を見せる。それを衛兵が馬から乗り出すように顔を近づいて確認する。
そして顔を上げ、周りの衛兵に頷いた。どうやら本当だと理解したようだ。
すると先頭にいた1人が馬を駆けって先に報告に行った。
「あ……あ……」
その声に咄嗟に彼女に向くと、恐縮するように顔が引きつっている。
思わずびっくりし、慌てて事情を説明する。
「違う違う! 偉い人とかそんなんじゃないって!」
ウエストポーチからギルドカードを取り出して彼女に見せる。
「あの……字が読めなくて……」
「あ……はいはい。でもホント普通の人だから……ただの冒険者ギルドの職員だから安心して!」
安心させるように破顔した。
「えっと……フランタン領で盗賊団が討伐されたって話知ってる?」
彼女は首を横に振る。
「うん、まああったんだけど、それの詳細を聞きたいって呼ばれただけなんだよ」
「あーそういや聞いたな。遺跡を根城にしてたとかいう連中……たしか冒険者パーティーが解決したとかなんとか……」
「そうそうそれそれ。その話をしにいくだけだから」
どうやらアッシュの耳にも入っていたようだ。さすが謎の冒険者パーティー『ホンノウジ』だな。
そして、もうじき日が沈むという時間になって、やっと城壁っぽい物が見えた。
「あーこの都市では城外にも家があるのか……」
通り沿いにも家がポツポツ見える。
そういえば今回、フランタ市の南門から出たのは初めてなのだが、街道沿いに家を少し見かけた。
だが俺が街にやってきた東門方面の街道沿いでは見ない。おそらく大森林が近いからだろう。
なお西門の街道沿いには麦畑があるらしく、おそらく農家の家があると思われる。
街に近づくにつれ、たくさんの家や屋台を目にするようになった。さすが領都だな。
店じまいで片付けなどをしている人を見る。外で商売しているということは往来が多いのだろう。
そして外でテント張って寝泊まりしている人たちもいるみたい。冒険者だろうか……それとも難民とかかな。
人々の往来も日暮れというのにまだそこそこいる。俺たちはその一団に紛れる形になった。
すると衛兵は道を空けるようにと先導する。優先して通してくれるようだ。ありがたい。
城門の中に入るとすぐに衛兵がわらわらっと出てきた。
衛兵が彼女に毛布を掛けると、彼女が俺の服のことを気にした。
「あーいいのいいの。それいいから」
「でも……」
首を左右に振って念押し、手で拒否する仕草をする。
すると彼女は頭を下げてお礼を言った。
そしてアッシュにあることを提案する。
「なあ、あんた襲った奴の状態見たんだよね?」
「ん? 見たが?」
「じゃああんたが倒したことにしてくれよ」
「……は?」
彼は意味がわからないという顔をする。
「あんたが倒したってことのほうがみんな納得するだろ……な!」
アッシュが何か言いかけたようだが聞かずに降りる。
すぐに隊長らしき人物と、見知った人物がやってきた。
「あ、たしかあんた……次席執事の……」
「アルナーです。先日はありがとうございました」
どうも領主のとこに報告がいったようだ。
先に戻った衛兵から、俺が領主の客人だという話を聞いたみたい。
アルナーは俺のTシャツ姿を見て顔色を変えた。そしてすぐさま館に案内すると隊長に強く進言している。
もちろん隊長は即座に了承した。
アルナーが俺に頭を下げたのを見て大事な客だと判断したようだ。
何とどうやらこのまま領主の館に泊めてもらえそうだ。予定ではどこぞの宿屋で1泊する予定だったのだがな。
恩を売っておくとどこで役立つかわからないものだな……と内心ほくそ笑む。
というわけで館に案内されることになった。
用意された馬車はとても豪華な装飾が施されている。おそらく乗り心地もいいのだろう。
最初からこの手の馬車で領都に来たかったよ。あんな乗合じゃなくてさ……。
そして去り際、隊長に告げる。
「あー襲ってた奴ら倒したの彼だから話は彼に聞いてね。戦利品とかも彼が全部持ってるし」
何か叫んでるアッシュに笑顔で手を振り馬車に乗った。