88話
女性を背負って歩くのは人生で初だ。
年齢はわからないが高校生ぐらいの女の子、体重はめっちゃ軽くてびっくりした。
普段なら薄い布地を通して感じる彼女の体温にむっつりなシチュエーションなんだろうが、とてもそんな気分にはならない。
女性が暴行を受けている現場を目にしてしまい、精神的ダメージを負って気持ちが沈んでいる。
『気づかれないだけで結構被害はある』
先日の盗賊団壊滅したあとに主任から聞いた内容が頭に浮かぶ。
旅の親子が盗賊に襲われたわけだが、相手が4人じゃどうにもならない。
彼らが助かったのは本当に運がよかっただけだ。
今回たまたま俺が『探知の魔法』を使って警戒していたからで、ルーミルの件がなかったら使っていないだろう。
そしたら馬車ん中で必死に逆流に耐えてるか、後ろでゲーゲー吐きながら素通りしていた。
それに発見したとしても、助ける手段がなければ親子を見捨てるしかない。
乗合馬車だって襲われていた可能性もある。4人の武装集団なら余裕だろう。
そして俺たちは身ぐるみはがされるか、最悪殺される。
御者が有無を言わさず逃げたのも、乗客が無視を決め込んだのも当然だ。
気持ち的に腹は立つが、怒りをぶつける相手ではない。しょうがないことなのだと自分に言い聞かせた。
最後に休憩で停車したとき、時間は14時だった。
出立後しばらくして事件に遭遇……ということは現在15時ぐらいか。となると乗合馬車であと2時間ぐらいの距離。
歩きで倍だと4時間……休みをいれて5時間ってとこか。確実に途中で日が暮れる。
まあでも道沿いを進んでいれば着く。暗くなっても何とかなるだろう。
いざとなったら『光の魔法』のおでこライト……はマズイか。スマホのライトならいっか。
傷心の彼女に気休めでも話を振りたいところだが、何も浮かばず、ただ黙って歩き続ける。
さっきから冒険者が俺をチラチラ見ているのに気づいているが、真っすぐ前を向いて無視していた。
すると我慢しきれずに向こうから声をかけてきた。
「なあ、お前さっきの奴らどうやって倒したんだ?」
「なんで?」
「なんでって……お前武器持ってないだろ。どうやったのかと……」
「さあ……」
「さあってお前――」
まともに取り合わない俺にカチンときたようで、声が大きくなる。
「静かに! 父親寝てるでしょ。あ~冒険者って怖いわ~~……ねぇ~お嬢さん!」
彼を揶揄うと彼女は少し微笑んだ。
よかった、ちょっとでも笑う余裕があるようだ。
「……んだよ、お前は違うのかよ!」
「俺? あー……」
そういえば配送依頼を受けてたことを思い出し、自然と苦笑いを浮かべる。
「何だよ……」
「あ、いや……そういや俺も依頼受けてたのすっかり忘れてた。ハハハ」
肩ごしの彼女に顔を向ける。
「俺も今は冒険者だった……怖い?」
彼女はううんと首を振る。
「そっか~~怖くないか~~よかったよかった」
なるべく明るくふるまう。
黙ってるといろいろと聞いてきそうだ。詮索されたくないし、俺から話を振るか。
「そういやあんた、途中で降りてよかったん? 何か依頼でもあったんじゃ……」
「いや……ちょっと野暮用で出かけてただけだ」
「……ソロでやってんの?」
「ソロ?」
「単独で活動してんのかって意味」
「ああ、前は組んでたんだがな。今は1人でやってる」
「何、揉めたの? それとも追放されたの?」
お約束の追放系なのかと思わずにやつく。
「追放って何だ?」
「……いや何でもない」
話すと結構明るい青年で、現代風に言うと陽キャな人物ってとこかな。
年齢的には俺より上に見え、20代後半といったところか。
悪い奴じゃなさそうだし、ちょっとは態度を改めるか。
「馬車で見たとき寡黙そうに見えたんだけど、存外おしゃべりだな」
「ちょっと寝不足で疲れてたからな……馬車では寝たかっただけだ」
「なるほど」
彼は俺をマジマジと見やる。
「つーかお前こそ依頼って何だよ、冒険者にゃ見えねえが……」
「そりゃまあ冒険者じゃないから」
「あ? さっき冒険者だつったじゃねえか!」
「いや、たまたま領都に行く用事ができたから配送依頼を受けただけです」
どうも俺の素性が気になるようだ。下から上まで視線を動かす。
「……普段何してんだ?」
「ん……冒険者ギルドの職員です」
彼を一瞥してため息をつく。
「ほぉお……どこの?」
「ティアラ」
「ティアラ?」
黙って頷く。
「ふぅん……」
あきらかに意外という顔、ギルド職員がこんなところで何をしているのかというところか。
まあ不審がられるのは仕方ない。俺も彼に気づかなかったのは誤算だ。
馬車の中から盗賊に気づき、撃退し、親子を救ったのだ。
その後はやれどうやって倒しただの、さっきの透明なのは何だのと聞いてきた。
俺がはぐらかし続けると少し機嫌を損ねたが、女性もいることから怒気をはらむことなく諦めた。
彼の話しぶりから、どうやら冒険者歴はそれなりにある感じ。
ちなみに乗合馬車では、ある程度の実力のある冒険者はとても喜ばれる。状況によっては運賃が割引か無料になる。
要は『臨時の護衛依頼』みたいなものだ。
ただし正式な依頼じゃないから保険で頼むという感じ。冒険者にしてみればラッキーぐらいの感覚。
領都への道路は主要街道なので襲われる確率は低い。それに格安の乗合馬車などに護衛などいない。
なので客に戦える人物がいるのはとてもありがたいわけだ。
今回、冒険者は彼1人……となると彼の運賃は無料だったのかもしれない。
しばらくして前方に4つの玉が見えた。
前方からかなりの速度で向かってくる。間違いなく馬に乗った人物だ。
「馬に乗った奴が駆けてくる」
「あ? 全然見えねえけど……」
「いや来るから!」
立ち止まり、道端に寄るように伝える。
歩いてる道はちょい上り、少し先で下りになっている。なので先が見えない。
彼は不思議そうに俺を見る。
そして程なく馬に乗った衛兵2人が到着した。
この街道沿いを巡回してる衛兵だという。
俺らが乗っていた乗合馬車の御者から通報を受けて駆け付けたのだそうだ。
衛兵は2人の容態を聞き、盗賊はどこかと聞く。
俺がその先の草むらだと答えると、冒険者が詳細な場所をスラスラと口にした。
「ここから2キロ程先、オオエノコロの生い茂る草地を左手に200ほど入った辺りに木の枝が刺してある。襲った奴ら4人が死んでるはずだ」
「んー……ダールの岩まで行くのか?」
「いや、そのだいぶ手前だ。岩からだと500手前だな」
「わかった」
衛兵の1人がすぐに確認に向かう。俺は彼の状況把握に感心していた。
「おー何か手慣れてる。目印つけてるとか手際がいい」
「当然だろ」
別にドヤるでもなく普通だろという態度。
距離を的確に答えたのはすごいと思う。たしかに経験はあるようだ。
考えてみたらティアラで冒険者は頻繁に目にしているが、外でその行動を目にするのは初めてだ。
残った衛兵が馬を操って向きを変える。
「あの……2人だけ?」
「巡回中だったからな。救援は御者に頼んだ」
「すぐ来るんです?」
「んー……」
残念ながらしばらく来ないと告げられがっくりする。
すると衛兵が男性を馬に乗せるという。
「いやー彼、意識がないんだけど……」
「足と背を俺に括り付ければ大丈夫」
その言葉に冒険者はさっさと彼を下ろした。
そして衛兵から紐を受け取る。
冒険者が男性を馬に乗せると、2人で巧みに紐で男性を固定していく。
男性の膝裏から衛兵の肩、背負った背中に紐を回し、冒険者が反対に回ってギュッと引っ張る。
反対側も同様に紐を回して、男がずれないのを確認すると、最後に衛兵が腰の辺りでギュっと結んだ。
2人の手際のよさを、俺と彼女は見ながら感心していた。
「すごいね」
「……はい」
「レスキューの救助みたいだな」
彼らはこれくらいは当然だという表情をしている。
「てかさっきのもう1人、確認はあとにしてこの子を先に乗せるべきだったんじゃないの?」
図星をついた指摘だったか、衛兵は申し訳なさそうに黙ってしまった。
とはいえもう日が暮れそうだし、現場の確認が必要なのかもしれないしな。
「ま…いいけど」
もう一度、男性が落ちないことを確認し、街に向かうことにした。