87話
女性が襲われているであろう場所を目指す。
茂みが生い茂ってるので人影が見えない。
ゆっくり近くまで進む。
すると男どもがヘラヘラと女を嬲る声が聞こえた。
襲われてる女性は口に何か詰められて、声を出せないようにされているのか、抵抗するうめき声がする。
周りの男どもは、早く代われと襲っている男に急かしている。
距離的に30メートルぐらいまで近づいたと思う。
だが草が高くて人物が見えない。
このまま射撃しても女性に当たらないな……立っている3人を排除する。
《詠唱、小石弾発射》
パンッ……パンッ……パンッ――
スリッパで頭を叩いたような音が3回響き、衝撃波で茂みの草が左右に割れる。
狙った場所は青い玉の中心、体のど真ん中だ。
威力はライフル並みで弾はビー玉サイズ。見えないがどてっ腹に大穴が空いて、体ごと吹っ飛んだはず。
3人はうめき声をあげる間もなく、そして青い玉が消えた。
すると女を襲ってた奴が気づいて立ち上がる。
だが茂みで向こうからこちらは見えない。
俺は女性に被弾しないのを確認して射撃。
バンッ――
青い玉は吹っ飛んだような動きは見せなかった。
もしかしたら図体のデカい奴だったのかもしれないな。
まあいい、被弾はしてる。動けなさそうだしな。
もう大丈夫だろう……他にはいなさそうだし、襲われていた女性のもとへ向かう。
人生で初めて女性が暴行を受けている現場――
女性は服を裂かれ、下も剥がされて下半身が露わの状態。
幸い意識ははっきりしていたが、俺を見て怯えていた。
沸々と怒りがこみ上がる。
俺は右手で彼女に「そのまま……」という仕草をして周囲を確認する。
最初に撃った3人は、背骨か肺を撃ち抜かれて大穴が空いている。微動だにしない。
最後の1人は腹の中腹辺りを貫通。
ただし肉が硬いのか筋肉質なのか知らないが、穴空いてるのに生きている。
そしてうつ伏せから振り返ってこちらを見ようとする。
「…………――」
すでに声も出せない様子、喉元へ一撃を見舞う。
実に腹立たしい。女性を複数の男で乱暴するという理不尽に、容赦のない殺意が湧いた。
「大丈夫……じゃないよね。助けに来ました」
俺は彼女の手を取りおでこに当てて《全回復》の魔法をかける――
が、発動しない!
「あ……あれ?」
一瞬焦るが、先ほど使って間がないことに気づいて大体察する。時間がないので大ヒールで治療だ。
《詠唱、大ヒール》
十数秒後、彼女の治療が完了した。
だがその時、すぐ後ろに人がいることに気づく――
しまった!
すぐさま飛びのいて振り向く。すると彼は慌てて手を挙げる。
「待て待て待て! 違う!」
外套のフードを脱いでたので一瞬わからなかったが、乗合馬車にいた冒険者だ。
右手に大剣を抜いている。目にして言葉を失う。
おそらく身体強化術を使っているのだろう……軽々と持っている。
あの剣で横薙ぎされたら俺は即死だ。
彼を目にした瞬間、頭が真っ白になった。彼がもし悪意ある人物で剣を振り下ろされていたら間違いなく死んでいる。
ふいをつかれるといくら無詠唱でもまったく対応できないな。
そのせいでまだ心臓がバクバクしてる。
顔に恐怖がこびりついているかもしれないが、一応平静を装おう。
そうだ……念のため身体強化術の『動体視力の強化』を試してみよう。
彼を目にして動体視力のアップを意識する――すると動きが4分の1再生ぐらいの速度になった。
おおーなるほどなるほど……こんな感じになるのか。
だがすぐに頭痛がしてきた。
まだほんの数秒しかできない。練習して時間延ばせるようにしないとな……。
人間版の身体強化術の発動は呪文ではない。
体全体にマナをいきわたらせるように意識して体を使う……と書いてあったが、とんと理解できない。
そんなもの全く感じないからだ。
気功か何かで「体内の“気”を感じて~……」と言われるようなものだ。全然わからない。
ところが俺の場合、指輪のおかげで頭には常にマナがいきわたっている状態と思われる。
これも『よくわからんが、使えるのでヨシ!』といった状況だ。
初めて使った技に感動を覚えつつ、彼の挙動を注視する。
「何しに?」
状況的に気が立っているので、物言いがつっけんどんだ。
「お前じゃ返り討ちだろうと思って助けに来たんだが……もう済んでたようだな。というかすごいなお前、何した?」
「まず剣を仕舞ってくれないか……それからだ」
彼もかなり警戒している様子だが、「わかった」と言って剣を収めた。
「馬車は?」
「あー行ってしまったな……」
「そう」
俺はため息をついて彼女に近づく。
「もう大丈夫です」
そして振り向き冒険者に注意する。
「俺の後ろに立つな!」
後ろからバッサリやられては堪らない。見えない位置に来られては困る。
さすがに不機嫌な表情を見せるが、俺が睨んだままだったので「ハイハイ」と横にそれた。
そして彼は倒した連中の確認に向かった。
「4人全員死んでるな……てか何だこの穴……」
「さあな」
そんな連中は死ねばいいのだ。
女性を抱きかかえてこの場を離れることにした。
「ぃよっと。連れの男の人も助けましたから」
彼女に目をやり笑顔を見せる。
すると安心したのか、抱きついて大粒の涙を流して泣き出した。
大丈夫大丈夫と諭しながら急いで男性のもとへ走った。
道端に横になっている男性のところに行く。だが彼はまだ意識が戻っていない。
「お父さん!」
彼女が大声で叫んだが眠ったままだ。瀕死だったから体力もないのだろう。
「傷はひどかったけど全部治ってる。じきに目を覚ますよ」
父親の切られてた箇所を指さす。
何も無くなってるのを確認すると、彼女はホッとしてその場にへたり込んだ。
「それより君は大丈夫? どこか痛いところとかない?」
少し伏し目がちになりながら小さく頷く。
服がボロボロにされているので大事なところも丸見え、恥ずかしいのもあるのだろう。
俺はジャケットを脱ぎ、着ていたYシャツも脱いで彼女に着るように促す。
丈が長いので彼女の下半身まで隠せた。そしてさらにジャケットをかける。
程なく冒険者の男もこちらへやってきた。
手には連中から剥ぎ取った戦利品を持っている。
「死んでた奴らが持ってた」
「要らん」
「ふぅん……じゃあ貰うわ」
助けに来たというのは本当だろう。
だが事は済んでしまったあとだったので、ただの死体漁りになっていた。
「ここで待ってても埒が明かんな。衛兵も通らねえし。他の馬車もおそらく助ける気ねえだろうしなあー……」
さっきの御者の反応から察するに、おそらく俺たちを見かけたら全力で逃げるだろう。
「さて、2人を連れて街まで行こうと思うんだが……あんた父親背負ってよ。俺は彼女を背負ってくから」
「はあ?」
彼の不満そうな返事にイラっとする。
「助けに来たんでしょ? 運ぶぐらいする気だったんじゃないの?」
「なんでお前にいちいち――」
「ああわかったわかったもういい。議論する気はないんだ。嫌なら構わず去ってくれ」
彼は文句を言おうとする。
だが俺が彼女の方を向いて「何とかするから」と笑顔で話しかけるのを見て黙った。
「喉乾いてない? 水飲む?」
そう言ってショルダーバッグから水入りペットボトルを取り出す。
水が半分に減っているのを見て、俺がさっきゲロ吐いた口をゆすいだことを思い出す。
まあボトルの口元は汚れていないし水も綺麗……少し申し訳なく思うが黙っておこう。
彼女は初めて目にする透明な物体に戸惑いを見せる。
透明なプラスチックボトルはこの世界にはないからな。
キャップを開け、飲んでいいよと手渡す。
彼女が手にすると、ペコッと音を立ててへこんだ。瓶だと思って強く握ってしまったのだ。
危うく落としかけてびっくりする。
「おっととと!」
俺がすぐさま支えて安心させる。
そして口をつけて水とわかるとゴクゴクと飲んだ。
「おい……それ何だ? その透明な……」
「何、まだいんの? てかさっきも言ったが大剣持った奴に近づかれると怖ぇえんだよ! 彼女も怖がるだろ!」
剣士というのは実に体格がいい。
防衛隊のカートン隊長やガットミル隊長もそうなのだが、俺より背が高くてがっしりした奴がそばに寄るとすごい怖い。
好き嫌いではなく威圧感がハンパない。
それに手にしている大剣、馬車に乗っていたときは布にくるまれていたが、むき身の刃物がそばにあるのは恐ろしい。
俺は再び睨みつけ、彼女は少し身を縮こませる。
すると彼は少し後ずさり謝った。
「わ…悪かった。で、その透明の入れ物は何だ?」
「何でもない! で、彼女の父親を背負うのか背負わないのか?」
「……わかった背負うよ」
「んー……その大剣背負ってんじゃ無理だろ。どうするんだ」
彼はまず剣にスルスルっと布を巻く。
父親を背負い、剣を横にして彼の尻に敷く。
そして両肘の内側で剣を抱え上げた。
おおー器用だな。
無言でさっと済ませる様は、経験積んでる冒険者のように見える。ほんのちょっぴし見直す。
俺もしゃがみ、彼女に俺の背中に被さるように告げる。
「じゃあ行きましょうか」
俺と大剣使いの冒険者は、襲われた2人を背負って街へ向かった。