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86話

 フランタン領の現領都はバララト市である。

 元は別の領主が治めてた領なのだが、数十年前に不正だか何かで領地没収になる。

 その際、フランタン領の領主がうまいことやって、その地も治めることになったとのこと。

 すると街の繁栄具合と王都への近さを考えて、フランタ市からバララト市へ領都を移転したのだそうだ。


 それにしても領地没収というのは、もはや反旗を翻して負けたというレベルか。

 領都を移すというのだから、さぞいい領地を得たのだろうな。

 フランタ市としてはいい気はしなかっただろう。

 まあ戦国時代でも領地広げたら新しい城作って居城移してたっぽいしな。普通のことなのかもしれない。

 それに領都ならフランタ市より栄えてるのだろう。

 この時代、ちょっと隣街へお出かけ……という感覚で出かけるのは難しい。

 せっかく機会をいただいたのだ。何か得るものはないかしっかり目にしてこよう。


 乗合馬車――と聞くと、人を乗せる仕様の馬車と普通は思う。

 だが今回のは全然違う。

 ただの荷馬車に幌つけて、人を詰めて乗せてるだけの代物だ。

 観光地とかで見る、椅子に座って遊覧するタイプではない。俺たちはただの荷物扱い。

 まあ日本人だから床に座るのは慣れている。

 だが座布団もないただの板張りに直座り。

 車輪も木の輪っかでゴムじゃない。サスペンションも無いから衝撃がダイレクトに伝わる。

 ケツがくそ痛い。

 おまけに道路は舗装なんかされてないし、土道で段差もある。

 ときどきガタッとなり、尾てい骨を木槌で突き上げられた衝撃を食らう。

 これ油断してると鞭打ちになりそうだ……。


「いやマジつれぇわこれ……」


 見ると周りの乗客は乗り慣れてる感じがする。

 年配の女性は、腰に毛布らしき布を束ねて緩衝材にしている。

 別の中年男性は荷物を下に敷き、抱えたバッグを枕に寝る体勢になっている。

 一番奥の男性は、片膝を立てた状態で目を閉じている。

 フードを目深に被り、自分の背丈ほどもあろうかという大剣を背にして寝ている……これで寝られるのか。


「旅慣れてるって感じだな……」


 何も考えてなかった。ギルドのみんなに尋ねるべきだったな……。

 そんな俺は、体育座りでちんまりと身を縮めている。

 肩掛けのウエストポーチと、配送依頼の荷物を入れたショルダーバッグを腹に抱えてだ。

 ひ弱な現代人には拷問である。出発して10分も経たずに帰りたくなっていた。


 しばらくして小さな村に到着、10分くらい休憩を取る。

 皆そそくさとトイレに行く。もちろん俺も続く。

 出すもんなくてもとりあえずトイレには行く――これは過去の団体旅行で学んだ鉄則だ。

 子供の頃、バス遠足で2時間も尿意を耐える地獄を味わった。

 先生の「行っとけよ」という助言を聞かなかったせいだ。

 それ以来、自分の都合で休憩を取れないイベントは必ずトイレに行くことにしている。


 用を足したあと、村の様子を見る。

 この村は領都との往来の休憩地点のようで、かなり繁盛している。

 街道を突っ切る形で成り立っていて、着いた早々売り子があれ買えこれ買えと付きまとってくる。

 高速道路のパーキングでご当地グルメを売ってるようなもんかな。

 屋台も多く、あちこちから食べ物のいい匂いが漂ってくる。

 見ると乗ってた客も何人かは食べ物を頬張っていた。

 だが俺は我慢する。

 次の村での休憩時に小腹が空いてたら買うかもしれないが……まあ無理かなあ。


 というのも俺は、旅に対して致命的欠陥がある――

 乗り物に弱いのだ。

 三半規管が弱いのか知らないが、人の運転する乗り物はとにかく酔う。

 自分で運転する分にはまったくどうもないのだが、人の運転はダメ。車は最大1時間が限度。

 バスはあのシートの独特の匂いがアウトで数十分が限界。バス遠足は本当に地獄だった。

 今回も小刻みに食らう振動が災いして十数分でグロッキーになる。

 身をかがめてうな垂れ、必死に寝ようと努力していた。

 そして何とか我慢してたら村についた……という状況である。

 正直ここまでよく持ったなと思う。まだまだ先は長いけど。


 馬車に戻ると、奥の冒険者は降りずに中に留まっていたようだ。

 思わずほくそ笑む……あいつ絶対途中でおしっこするから止めてくれって言うな、バカな奴。

 そして出発する。

 だが彼は次の村に着くまで微動だにせず眠っていた。

 どうやったらこの振動の中で眠れるのだろう……その技術を教えてもらいたいものだ。

 そっとスマホを出して時間を見る。

 お昼を過ぎて1時を回った辺り。出発したのは朝8時だ。


「これホントに8時間コースか……」


 もはや尻の感覚が無い。

 そしてやはり馬車酔いして気分が少し悪い。

 途中で肉巻き食べたのがよくなかった。

 いや、たしかに小腹は空いていた。

 しかし食べたくて食べたというより、気持ち悪かったので味のあるものを口にしたかったのだ。

 此度はおしっこ我慢ではなく、逆流を我慢する羽目になってしまった。


 ……いやこれさすがにもうギブ――


 とダウン寸前、ふと怪しい動きをする青い玉が目に止まる。

 今回、盗賊に襲われる危険も考えて、定期的に『探知の魔法』をかけている。

 ルーミルやラッチェルが襲われた件もあったからだ。

 現在、街道沿いにこの馬車以外の人影がない。

 ところが道から外れたところに微動だにしない玉が1つ、だいぶ道から外れたところに5つ、わさわさ動く玉が見える。

 俺の位置からは幌で景色は見えないが、玉の動向だけ目で追っていた。

 そして道路わきに見えた玉のところを過ぎる。

 馬車の後ろから外を見た。

 背の高い草に覆われてて何も見えない。

 そして茂みの奥で蠢いていた集団――2つの重なった玉を3つの玉が囲むように立っている。


 あーこれは……女性が複数の男性に襲われている!


 実はこの玉の動き、2つ重なる動きには見覚えがある。

 自宅で夜『探知の魔法』を使うと、周辺に結構な数の2つ重なった玉を見かけてしまう――

 うむ、夜の営みだ。

 現代日本と違い、テレビやゲームといった夜に楽しむ娯楽はない。

 となると男女で楽しむといえば、おのずとそういうことになる。

 ちなみにうちの宿舎でも「毎晩お楽しみですね」という人たちがいる。

 ホント……「リア充爆発しろ」という感じだ。

 なので街中で夜に『探知の魔法』は使わないことにしていた。


 見ると玉の場所は森の中だ。明らかにそんなことをする場所ではない。

 俺は急いで御者に馬車を止めてくれるように頼む。

 襲われている人が気になるのもあるが、それ以上に俺が限界……もうとにかく吐きそう!!


「おい! すま…すまんが馬車を止めてくれ! 緊急だ!」


 何と御者はこちらも向かず、不機嫌そうに拒否する。

 お前なー、ゲロ吐きそうな奴はしゃべるのも大変なんだぞ!


「いや頼む……もう吐いちゃう!」


 もう今の台詞がラスト……次、口を開いたらアウトだ。

 その言葉に俺を一瞥すると、顔が真っ青になってるのを目にして眉をひそめる。

 悪かったな、旅慣れしてなくて。

 彼はため息をつき、しょうがないと馬車を止めた。

 そして俺は降りた瞬間、安堵からその場で吐いた。


 オロ…オロロォ…ボホッ…ロロロォ……ハアハア……


 涙目で吐きながら、道外れの青い玉の所に向かう。

 そして茂みをかき分けたどり着く。

 するとそこには血だらけの中年男性が転がっていた。

 見ると仰向け状態で体前面をバッサリ斬られている。袈裟切というやつかな。

 もはや死んでるようにしか見えない。

 しかし青い玉が消えてない――辛うじて生きている。

 俺は即座に治癒の魔法をかけた。


 《詠唱、完全回復》


 この魔法は『神聖魔法書』に書いてあった魔法である。

 効果は『詠唱者の残りマナを全部使って一瞬で対象を回復させる』というスーパー治癒魔法だ。

 使用者の残存マナなどの詳しい条件は不明だが、一発完治の最終奥義だ。

 当然、普通の聖職者は1日1回だろう。使ったらぶっ倒れるんじゃないかな。

 ところがどっこい、俺はマナが指輪依存なので関係なかった。

 茂みから彼を引きずりだして馬車のところまで連れていく。

 そして御者に声をかけた。


「おい! 道端で人が切られてた!」


 その台詞に御者は驚いて後ろを振り返った。

 血だらけの人物を目にして驚愕する。


「お…おい! そいつ死んでるのか?」

「いや、治療したので大丈夫だ。だが森に襲われている女性がまだいる。助けてくるからここで待――」

「冗談じゃない! 俺には関係ないことだ。それに盗賊だと!? こんなとこで止まってられるか!」


 そう吐き捨てると、急ぎ鞭を叩いて馬車を出した。


「おいおいおい、乗客置いてく気かよ!」


 俺は叫んだが馬車は気にせず走り去る。

 乗客も関わる気はないという感じでこちらを見向きもしない。


「マジで置いて行きやがった……」


 だがそれどころではない。

 森で襲われているであろう女性がいるのだ。

 ゲロ吐いて涙目の俺は、念のため持ってきてた水入りペットボトルを取り出す。

 口をゆすぐと呼吸を整えて、急ぎ青い玉が見える方へ向かった。


 そしてこのとき、俺は気づかなかった――

 走り出した馬車がすぐまた止まり、中にいた大剣を持った冒険者が降りたのを……。


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[気になる点] 荷馬車だし整地されてないし我慢して載っててもそんなに早くないだろ多分 疲れはするだろうけどこんだけ酔うならもう脚力上げて自力で走った方がマシなんじゃないか……?
[良い点] >冗談じゃない!?こんなところで止まってられるか! なんだろう、パニック系作品で真っ先に自分勝手に部屋に帰るなりして一人に→セカンド犠牲者になる登場人物みたいなフラグ立ててないか御者さん?…
[一言] まあ馬車が襲われたとかでもないしわざわざ待っててやる必要もないだろうからねえ
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