85話 領主からの招待状
仕事中、階段から俺を呼ぶ声がした。
見るとギルド長が階段から顔を出して手招きしている。
「瑞樹、ちょっと……」
「あ、はい」
何となく困った顔をしている。
俺、何かやらかしたかな……心当たりはないんだがなー。
「何ですか?」
するとギルド長は一通の手紙を差し出した。
少し嫌な予感がするな……と思いつつ手紙を拝見する。
「……領主!?」
案の定面倒くさい内容が書いてある――領主のお誘いだ。
あー何となく察した。
そしてやはり案の定、『紙飛行機』の件でお礼がしたいという話だ。
「はあぁぁぁぁ……」
目を閉じて深いため息をつく。
ギルド長は顎を触りながら困惑した表情を浮かべている。
「瑞樹、これ読むと前に断られたってあるんだが……なんでだ?」
「え? そりゃ決まってますよ。面倒くさいからです」
俺の答えにギルド長は一瞬固まると、そんな理由と思ってなかったのか、ふっと笑った。
「領主の招待を断る奴、初めて見たぞ!」
「いやいやいや、あれですよ。えーっと、次席執事だったか……アルナーからの手紙だったんです。で、帰り際に『そういうのはいいから』と言ってたんで、ホントにいいよって断っただけです」
「それに『領主が会いたい』って書いてなかったか?」
「…………あったような気がしなくもないかなー」
いや実はあった。
だが断らないといけない理由が俺にはあった。
それを受けると『ティナメリルさんとのお茶会』がポシャる可能性が大きかったからだ。
この世界はとにかく情報のやり取りと移動にとても時間がかかる。
予定は1週間後、行って帰るだけで1週間、なんてこともザラ。
時間に正確な日本人にとって、物事がとっとと片付かないというのは結構ストレスだったりする。
領主よりティナメリルさんを優先するのは当然だ。
「え……これって行かなきゃダメな案件ですか?」
「ん~……」
「俺としては丁重にお断りしたつもりなんですがね。たかが『紙飛行機のお礼がしたい』なんて、『ありがとう』で済む話でしょ」
ギルド長が返答に窮している。行かなきゃダメな感じなのかな。
この国だと貴族が「来い」つったら「はい」以外の選択肢はなかったりするのかな……。
しなかったことが『やらかした』状態になってしまったようだ。
そして今回は紙飛行機の件だけではなかった。
「これにはもう一件書いてあるな――『盗賊討伐の件のお礼』と」
「いやそれ俺じゃないんですけどねー」
「いやお前だろ!」
「…………」
ギルド長はにやけながら知ってるぞという顔だ。
俺は苦笑いしつつ、はいはいと頷く。
前の手紙も討伐後に届いたのだが、そのときは情報が届いていなかったのだろう。
現場に俺がいたというのが知られたようだ。
ギルド長は机の上で手を組み、諭すように話す。
「討伐はともかく、現場にいたのは伝わっているようだな。領主として直接聞きたいのだろう。瑞樹はギルド職員だしな」
「ん~……」
「しかもお前の上司に申し入れてきた話だ。わかるだろ……」
「まあ……そうですね」
国のお偉いさんが会社の社長を通して要求してきた内容だ。断れる平社員はいない。
苦虫を噛み潰したような顔でため息をつく。
「……そんなに嫌なのか?」
「はい……あ、いや……」
つい即答してしまった。
「んー……領都ってバララト市……でしたっけ? こっから馬車でどれくらいかかります?」
「そうだなー…………8じか――」
「もぉぉぉそれが嫌っ!」
被せ気味に大声で答えたので、ギルド長は驚いた。
「馬車で8時間とかもぉ~考えただけでも苦痛です。会いたきゃお前が来いって話ですわ!」
キレ気味に答える。
長時間馬車に乗って移動するというのを考えただけで頭痛がする。
日を跨いだり、数日かかるわけじゃないからまだマシではある。だが数時間でも間違いなく苦行だろう。
まして俺が好んでいくわけじゃないから余計にだるい。
「8時間といっても途中の村で休憩するし食事もできるぞ」
「そういうレベルの話じゃないんですよ!」
噛みつくような形相で反論する。思わず歯をカチカチさせそうな勢いだ。
それに俺には乗り物に関して重大な懸念がある。人の運転するものに乗りたくないのだ。
「……ちなみにギルド長は領主に会ったことはあるんですか?」
「そりゃあるさ。そうだなー……普通にまともな人物だぞ。人当たりもいいしな」
「いけ好かないとか偉そうとか物言いが鼻につくとか権力振りかざしまくりとか、そういう人物ではないんですね」
「あの領主はそんなことはない……というかお前の領主像はひどいな」
「上の立場の人間でいい人物ってあまりいないでしょ」
そう言って目の前の人物を凝視する。
「おい、儂はすごくいい上司だろうが!」
「……ソウデスネ」
お互いにふっと笑う。
「わかりました。日にちはいつになりますかね?」
「そうだな……返事をすぐ送って向こうの都合次第だから、7日以内には返事があるんじゃないか」
「わかりました」
予定が決まるだけでもかなり時間がかかる。メールで済ませてた現代人にはホント考えられない。
そして日時が決まらない要件を待つことにも慣れていない身には、結構ストレスだなと感じていた。
席に戻ると、ガランドが心配そうに目を向ける。
「何かやらかしたん?」
「いや大丈夫……領主に会いにいく羽目になった」
苦笑いを浮かべて先ほどの話をする。すると皆にご愁傷様と労われた。
「あっ!」
リリーさんが何かを思いつく。
「そうだ瑞樹さん、せっかくだから1つ依頼こなしませんか?」
「依頼?」
「そう、配送依頼」
すぐにラーナさんが気づく。
「ああ例の……」
「そうそう」
2人を交互に見やる。
「瑞樹さん、うちに冒険者が森で亡くなってたのを知らせに来たの憶えてます?」
「ん? ああ、まあ……」
彼女に死体画像を見せて泣かせてしまった案件だ。忘れようもないな……。
「初めての市外への配達で、それが済めば遠方への配達や護衛が受けられるようになるんです」
「あー何かそんなこと言ってたね」
ゲームでいう初期クエストみたいなもんだったか。
それクリアしたら上位のクエスト受けられる……みたいなね。
「なので領都に行くんなら、ついでにその配送依頼もこなしたらいかがです? 討伐依頼受けられるようになりますよ」
「え!? 瑞樹、討伐依頼受けられないの?」
レスリーは驚いてリリーさんに尋ねる。
「はい」
「グレートエラスモス倒した人なのに……」
ガランドが意外だなという表情で呟く。
いや別に冒険者してるわけじゃないからな。あれはたまたまの出来事だ。
「いやーでも俺、討伐依頼とか受けないですよ? ギルド職員ですし」
「ですがここのみんなは済ませちゃってますよ」
「えっ!?」
振り返って主任を見やる
一瞬意味がわからずポカンとする。そしてみんなに目を向ける。
「え? みんな冒険者登録してて配送依頼もしちゃってんですか?」
「仕事上冒険者と常に関わってますし、何かあって討伐に付き合う可能性もないとはいえません。なので登録と初期依頼は都合つけば済ませてるんです」
キャロルが明るい声でギルドカードの裏を見せる。
「私もほら、済んでますよ~」
「……マジか!!」
キャロルが冒険者登録してたことに驚きだが、配送依頼も済ませてたことにさらに衝撃を受ける。
てか今までそんな話、一度もみんなしてないぞ。
「え…でもそれって馬車に乗って荷物運ぶみたいなのでもクリアになるんですか?」
「そりゃそうでしょ、運ぶのが依頼なんですから」
ガランドが当然とばかりに頷く。皆を見るとうんうんと頷いている。
聞くとみんな、実家に帰るときだの、知人に会いに行くときだの、出張時にしただのと、他の用事のついでに済ませていた。
そんなんありなのか!?
「何だかそれ聞くと、冒険者が馬鹿みたいに聞こえるんですが……」
「彼らはそれが仕事ですからね」
ラーナさんも冒険者カードを持っていた。
「今後討伐とかを生業にするなら野宿や森での採取などができないと生きてけませんしね。冒険者は」
別に冒険者も馬車に乗って済ませても問題はない。だがそんな奴は今後の仕事に支障がでるということか。
ズルとは言わんが護衛する側が馬車に乗っててどうするの……ということなのだろう。別にいいと思うけどなー。
ギルド職員はあくまでついでで済ませただけ。
依頼をこなせば馬車の運賃が多少浮くかな程度の理由なわけだ。
「俺だけ済ませてないのは仲間外れ感がハンパないのでやらせていただきます」
リリーさんに深々と頭を下げる。
すると彼女はクスクスと笑った。
「じゃあ行く日に合わせて依頼と荷物の準備をしときますね」
「よろしくお願いします」
そして5日後、領都に向けて出立する。
面会は次の日なので、前日に街で一泊することになった。
「じゃあ配送依頼頑張ってください」
「わかりました」
リリーさんから荷物を受け取ってバッグにしまうと、乗合馬車で領都へ向かった。