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83話

 俺が黙っていると、ティナメリルさんが口を開く。


「勘違いしているようだけど、人と会ってないわけじゃないわよ」

「えっ?」


 微妙にショックを受ける。

 も、もしかしてそれなりにいい人がいたりするのかな……と瞬時に思ってしまった。


「副ギルド長ですからね。来客はあるし、私自身も用事があれば出かけてるわ」

「あ……そうなんですか」


 なんだ、仕事では出かけてるのか。

 彼女は「当たり前でしょ……」という表情で椅子を立つ。

 そして自分の机に向かい、一冊の本を手に取って戻ってきた。


「……それは?」


 テーブルの上に置き、俺の方に差し出す。

 見るとその本の表紙には次のようなタイトルが書かれていた――


『シシル教の教え ―神聖魔法―』


 シシル教とはこの国の教会の宗教、聖職者たちの教義だ。

 そして次のタイトルが目に入った瞬間、驚いて口をつく。


「神聖魔法!! これって!?」


 動揺する俺を見ながら、背もたれにゆったりと身を預ける。


「あなた言っていたでしょ、治癒魔法の本が手に入らないって……」

「あー……はい……」


 言ったっけ……言ったかな……。

 思い出せずに焦る。


「あのあと伝手に手紙を書いたのよ……手に入らないかって。そしたら先日これを届けに来たのよ。ずいぶんかかったわね」


 何が起きているのか反応できずに硬直した。


「欲しかったんでしょ?」

「あ…え……あ、はい。ですが……」

「ん?」

「なぜわざわざ俺のために?」


 彼女の頬が緩む。


「あなたに興味を持ったからよ」


 その言葉に一瞬で顔が紅潮する。まるで瞬間湯沸かし器だ。

 照れて思わず顔を伏せる。

 ヤバイヤバイヤバイ! 心臓バクバクしてる……これ聞こえてないよな。


「あの……興味というのは一体、どのような点でございましょうか?」


 嬉しさのあまり、丁寧な言い回しになってしまった。

 だがここは調子に乗って真意を聞くところだ。


「ん? 本当に知らない言語を読めるのかなと思って……」

「……あ、さいですか」


 急速に体感温度が平熱に戻る。

 ちょっとでも好意を期待しちゃった自分が痛い。

 だがこれは態度に出てしまう……露骨にがっかりしてしまった。

 まあいっか。俺のために本を用意してくれたことには違いない。素直に喜ぶべきところだ。

 気を取り直すように一呼吸、お茶を一気に飲み干して本を手にマジマジと眺める。


「中を見ても?」

「どうぞ」


 本をペラペラとめくりながら目を通す。


「ちなみにこれ、ティナメリルさんは読めるんですか?」

「文章は読めましたが、魔法の呪文は読めません」

「なるほど」


 彼女は空になったカップにお茶を注いでくれる。


「せっかくなら俺個人に興味を持ってもらいたかったなぁ……」


 つい本音が口をつく。

 だがそれは心の中で呟いたと思っていた。

 その言葉に反応し、ちらっとこちらを見て口角を上げた彼女の笑みに気づかなかった。


「ティナメリルさん、その……伝手というのはご友人ですか?」

「いえ、この街の商業ギルドのギルド長です」


 驚いて顔を上げる。かなりのお偉いさんだ。


「は? え、なんで?」

「彼に頼めば手に入れてくれるかなと思って聞いてみただけです。ダメなら諦めてました」

「……もしかして届けに来たのも本人ですか?」

「そうね」

「あらま……」


 ふと本の値段はいくらなのかが頭に浮かぶ。


「……あの……ちなみにこれ、お金は……」

「聞く前に向こうからいらないって言われたわ」

「うわぁ……」


 完全に貢物か。まあそらそうだろうな。


「ちなみに親しいご友人ですか?」

「いえ」


 このバッサリ切り捨てる感じがティナメリルさんらしい。

 彼女にしてみればどんな年配者も子供だもんな。


「理由は聞かれませんでした?」

「聞かれたけど『言わないとダメ?』と尋ねたら『結構です』と言われたわ」


 そのあしらう様が、何となくイメージとして頭をよぎる。


「なんだか『高級クラブのママ』感がハンパないっすね。手玉に取ってる感がすごいです」


 彼女は落ち着いた様子でお茶を口にする。


「おっこれかな! 『…………祈りによって光が照らされる……その呪文……』」


 どうやら『光の魔法』らしき箇所を発見した。

 その文章の下に呪文らしい文言が記されてあったので、何とはなしに詠唱してみた。


《唱えます、聖なる光。力をお分けください。灯りを》


 すると突然部屋自体がパアッと明るくなった。顔を上げて部屋全体をキョロキョロと見る。

 光源がわからない。

 だがティナメリルさんを見ると、目を細めて俺の顔を見ていた。


「あっ……」


 すぐに気づいた。そしておでこに手をかざす。

 おでこが光っていた。

 ――いや違う……おでこの少し前に光源がある。


《消灯》


 焦って頭の中で、灯りを消す単語をイメージした。すると光が消えて、先ほどまでの明るさに戻った。

 ティナメリルさんは少し唖然としている。


「す…すみません」


 少しバツが悪そうにすると、彼女はいきなり笑い出した。


「ふふふふ……瑞樹、おでこが光っていたわよ」

「え? あ、おでこ……いや違います! おでこの前が光ってたんですよ、ティナメリルさん」


 俺のおでこ魔法は、正確には『おでこの少し前』が発生源になっている。

 そこにまず光源が発生した。

 その光が直接、ティナメリルさんの目に入ってしまった。

 ティナメリルさんは『おでこライト』が笑いのツボだったらしい。彼女は腹を抱え、前かがみに肩を震わせている。


「すごいわね……ふふ、本当に……初めて見た魔法が使えるのね……ふふふふ」

「……光りましたね」


 彼女の様子をじっと見る。そしてもう一度『光の魔法』を唱えた。

 すると部屋がまた明るくなる。

 気づいたティナメリルさんは俺を見て、またクククと笑う。


「……ツボってますね」


 初めて見た楽しそうな笑顔、嬉しくなって俺も笑って眺めていた。

 ひとしきり笑った彼女は、落ち着くようにお茶を口にする。

 ふと、前回の『隠蔽の魔法』でのやり取りを思い出す。

 そしてカップを置いて顔を上げた彼女に提案してみた。


「ティナメリルさん、この『光の魔法』使えるか試してみませんか?」

「ん?」


 俺の提案に不思議そうにちょっと小首を傾げる。


「俺、全言語が読めちゃうので『文字を知らない人が詠唱しても発動する』のかを確認できないんですよ。なのでダメ元でやってみませんか……」


 若干曇る表情、あまり乗り気ではなさそうだ。

 本の言語はマール語だとのことなので、呪文の言語は仮に『神聖魔法言語』と自分の中で認識することにする。


「俺も性分で気になることが浮かんだら調べないと気がすまないんですよ。なのでできれば……」


 半分は本音、もう半分は興味本位というところ。

 現時点で『俺以外に魔法が使える人物』はティナメリルさんしかいない。魔法の話ができるのが彼女だけなのだ。

 それにエルフの魔法を人間が使えたということは、その逆も当然できるのではないか。確認しない手はない。

 彼女は机を指でトントンしながら考えている。

 チラっとこちらを見ると、少しは興味を引いたのか、やってみようということになった。

 そして教本を彼女の方に向けて、一応文字を確認しながら俺のあとに続いて詠唱してもらう。

 文字を認識していないとダメという可能性があるからだ。


「行きます……《詠唱》」

「……エイショう」

「そうそう、《詠唱》」

「えいしょう」

「OK。じゃ次、 《灯りを》」


 呪文の最後を指さして読む。

 途中の文章を飛ばしたことに、驚いて顔を上げる。


「ここの間の呪文はいいの?」

「――はい、そこいりません」


 じっと俺を見つめたのち、不思議そうに表情を緩めた。

 初めて目にする呪文をいきなり理解し、ばっさり短縮すればそりゃ呆れたように驚くわな。


「……ア…かりヲ」

「《灯りを》」

「……あかりヲ」

「はい、じゃあ今のを続けて言ってみてください」

「――えいしょう…あっかリヲ。――詠しょう、灯リヲ。…………」


 詠唱を続けること5回目――


「《詠唱、灯りを》」


 俺の耳にはっきりと呪文が読まれたように聞こえると、彼女の体がボワッと輝いた。


「おおぉぉぉ!! ティナメリルさん、光ってますよ!」


 また部屋が明るくなったことに驚き、すぐに原因が自分だと気づく。

 ゆっくり立つと、体のあちこちを調べるように手足を眺めている。

 するとすぐに何かに気づいた。

 右手を軽く前に出して人差し指を立てると、体全体の光がスススッと移動して指先に集まった。


「うぉおおお!?」


 俺はその不思議な現象に目が点になる。

 そしてその光は、さらに指先から30センチぐらい離れた空中に静止した。


「ティ、ティナメリルさん……それは?」

「ん? ああこれね、マナが光ってるのね。それでその位置をここにしただけ」

「なっ……『しただけ』って」


 これはエルフがすごいのか、それとも俺ができない『マナの循環』とやらなのかはわからない。

 とにかく『光の魔法』は、それが正解なのかなと理解した。


「瑞樹、これ消すのは何でしたっけ?」

「え、えっと多分……《消灯》」

「しょうとう……消とう……消灯」


 すると光が消えた。

 彼女自身、初めての出来事に満足気に笑う。


「瑞樹……光ったわよ!」

「そうですね!」

「おでこじゃなく指先が……」

「ソウデスネ!」


 自分の魔法と比較して揶揄われる。その仕草がとても楽しそうに見えた。


「ティナメリルさん、今日の出来事……ちゃんと日記に書いといてくださいね」

「わかったわ」


 彼女が再び人差し指を上に掲げ『光の魔法』を唱える。

 すると今度はサッと30センチ上方に光源が発生し、室内がパッと明るくなった。

 そして俺に勝ち誇ったような表情を見せる。

 それを目にした俺は、思ったことをそのまま口にする――


「ああもうティナメリルさん、かわいいなーこんちくしょう!!」


 軽口に心臓がバクバクしたが、彼女は気にする様子はない。

 見ているこちらが照れてしまうほど、彼女のドヤ顔は眩しかった。

 このあと魔法の話を少しして、今日のお茶会は終了した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今は指輪が吸い込まれてマナが集中しているであろう頭からしか魔法が出せないけど、マナの循環とやらを習得出来たら手などからも出せるようになる感じか しかし、魔法が頭部から出るってのは解ってるの…
[一言] ドヤメリルさんかわいい
[良い点] なんか二人とも青春してる感じがして良いなぁ…。
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