82話 三度目のお茶会
盗賊騒動から数日後。
いよいよ今日は大事なイベントの日――ティナメリルさんとの3度目のお茶会だ。
此度は俺から誘った……これ重要。
先週お見えになった時にアポの確認もしてるので問題なし。
今日に限って時の進みが遅く感じられる時計を見ながら、終業時間が来るのを心待ちにしている。
間違ってもまた盗賊騒動とか起こるなよ。
などといらんことを考えるとフラグになる。考えを打ち消しながら、淡々と机の上に積まれてる書類を処理していく。
そして閉店。
先に女性陣が帰宅する。次いで経理の3人もギルドを退社。
俺は宿舎が近いので、正社員になってからは遅め。主任とギルド長が一番最後。
そして今日はこのまま副ギルド長の部屋へお邪魔することにした。
トンットンッ
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けた瞬間、本棚に向かって立っている姿が目に入る。
俺はおじぎをして一旦ドアの前で姿勢を正す。
「今日はありがとうございます」
彼女は小首を傾げる。
「ん? 何がです?」
「あ、いや…今日の約束を覚えていただいてて嬉しかったといいますか……はい」
思わず恐縮、すぐに経験不足が表に出る。
誘い誘われ時の口上の仕方がわからない。ちとかしこまり過ぎだな。
なるほど、こういうときに手土産があると導入が楽なのか。
訪れたとき「これ」とか言ってかざし「何それ?」てなって「おいしそうなもの……」「あらありがと」「それで今日……」と話が入っていくわけだ。
んなこと考えて、ずっとドアのところで立っていたので座るように促された。
「そう言えば前回のお話のときに聞きたかったことがあるんですよ、ティナメリルさん」
「何です?」
「ティナメリルさん、好きな食べ物って何ですか?」
すぐに返答はない。
彼女はティーセットをトレイに乗せ、ゆっくりテーブルの上に置く。
そして2人分のお茶を用意するのを眺めて待つ。
「好きな食べ物?」
ティナメリルさんの受け答えは、時折りかなり間が空く。
事情を知らないと、聞こえなかったか無視されたと勘違いするだろう。
慣れたが今回もずいぶん時間がかかった。
「はい、その……前回、聞けてたら今日お呼ばれする時に手土産を持参できたなーと思ったので……」
「……『テミヤゲ』とは何?」
特に表情を変えることもなくお茶を俺の前に置く。
「あ……手土産わかんないのか……そうか」
この国の文化にないのか、エルフとしてないのか、とにかく伝わっていない。
彼女はお茶を一口付けると手を組んだ。
「えっとですね……日本ではお呼ばれしたときにですね、何か食べ物とか飲み物とかを持参するんですよ。相手に喜んでもらいたいとか、それをつまみながら話をするとか、そういう意味合いのプレゼントみたいなもんです」
彼女はテーブルに目をやり、そして何かに気づく。
「お茶だけじゃお腹が空くってこと?」
俺は即座に否定した。
「違う違う違う違う! そうじゃない……そうじゃないです! ん~~~~!!」
意味が伝わらず目を閉じる。
「ティナメリルさん、こういうお茶を飲むときって、何かお菓子……んーと、何か食べたりしないんですか?」
「………食べたりはしないわね」
エルフはお茶しか飲まんのか……。
「他の人とお茶をしたときに何か食べ物用意されてたりしなかったですか?」
またもや記憶の引き出しを一生懸命探し始めた。
「あ…や、もういいです。単刀直入に聞きます。ティナメリルさん、普段何、食べてます? ご飯ですご飯」
何でもいいからまず食べてるものを聞き出す作戦に変更する。
「そうね……パンとスープだったかしら」
やっと答えが聞けてホッとする。
「な…何のスープで――」
だが彼女の答えはまだ終わってなかった。
「――3日前に」
一瞬、何を言われたのか理解できずに戸惑う。
「ん……何て? 3日前? …………え? 毎日食事……しないんですか?」
「しないわね」
それが当たり前みたいな涼しい顔。逆に俺はその答えに固まる。
「……エルフって飯、食べないんですか?」
「食べるわよ。ただ……一週間ぐらい食べなくても平気ではあるわね」
「食事に興味がないってことですか?」
「ん~どうなのかしらね……よくわからないわ」
その答えを聞いて驚きはしたが、思考は意外にも落ち着いている。
種族が違うというのはこういうことなんだろうなと。改めて人じゃないんだなと理解する。
食うこと自体に興味がないのか……エルフの生命維持はどうなってるんだろう。
だが食べないわけではない。何かしらの興味はあるはず……好きな食べ物を聞き出すことを続けた。
「じゃあですね、何か食べたときに『おいしい』と思うことはありますよね?」
「ありますよ」
即答で返ってきた。
「じゃあ最近、何がおいしかったですか?」
だがこれは返答が返ってこない。
「あ…やっぱりいいです」
もう質問はシンプルにするしかない。
「ん~とですね、ティナメリルさん……甘いものは好きですか?」
女性で甘いもの嫌いな人はいないだろ……と思いつつ、これがダメなら諦めるしかない。
彼女の反応を待つ。
「そうね……好きだと思いますよ」
「よし!」
感想が他人事だけど、好きなものが甘味と聞けて右手でガッツポーズ。
そして彼女の目の前で指折りしながら確認する。
「『食事はする』『おいしいという味覚はある』『甘いものは多分好き』――これで合ってますね?」
ティナメリルさんは、なぜ俺がこんなに食べ物のことを聞くのかわかってなさそう。
だが必死な様子が面白いのか、俺を見て笑みを浮かべている。
「ふふ…そうね」
「よし!」
彼女に向けて、とても満足げな笑顔を返した。
そして話のネタとして、日本はとても食べ物がおいしい国で、日本人は食べ物にこだわりがある民族だと話す。
食に頓着がない彼女にはピンとこないだろうが、俺が聞いてもらいたかった。
「まあすぐには無理かもしれませんが、ぜひティナメリルさんにおいしいものを食べてもらいたいと思います」
「わかったわ」
たとえ社交辞令だったとしても、了承を得られて嬉しかった。
そして少し踏み込んだ質問をする。
「そういえばティナメリルさんって、お住まいこの近辺なんですか?」
「どうして?」
「いや…他意はないんですが、あまり人と接してる様子がないのでどうやって通勤してるのかなーと思ったので……」
「『ツウキン?』」
通勤がわからないみたい。
「あーっと……この部屋にどこから通ってるのかなという意味ですが……」
「……通う?」
何だろう……話が全然通じない。
「んーと……いや、単にどこに家があるのかなーと思っただけで……」
「ここよ」
「いやそうじゃなくて……ここ副ギルド長室でしょ」
彼女は指で俺の後ろの壁を差しながら答えた。
「隣に住んでるのよ」
彼女の指を見る。
それから後ろの壁を見る。
そして彼女の顔を見た。
「えっ!? 隣……って、ここに住んでるってことですか?」
「そうよ」
さすがに予想外の答え……だがすぐにピンときた。あのいただいた日記は自室に取りに行っていたのか。
「え? じゃあこの建物から出ることないんですか? 最近いつ街に出かけたとか……」
「んー……ここしばらくは記憶にないわねー」
あんたの『ここしばらく』は数十年単位なんでしょーが!!
そう心の中で大きく叫ぶ。
そういうことね……ティナメリルさんをほとんど目にしない理由が判明した。
話の開始からいろいろと衝撃の事実だらけだな……と苦笑いする。
「人が嫌いってわけじゃないんですよね?」
「嫌いじゃないわよ。うちの職員とも話してるでしょ」
「それ一番底辺でしょ!」
口ぶりから人が嫌いというわけではなさそう。単にライフサイクルの違いなだけ。
彼女にしてみれば引きこもってるつもりは全然ないんだろうが、人の基準で見たら立派な引きこもりだ。
話をする度に種としての基準が斜め上すぎて、どう対応していいか悩む。
まあとりあえず、住んでるところを聞けたのは前進だ……ここだったけど。