81話 架空の冒険者 ノブナガの武勇伝
盗賊団を殲滅して帰還した数日後、俺は休み時間に広場で聴衆に囲まれていた。
現場にいた当事者として『盗賊団を殲滅した冒険者たちの活躍』を、身振り手振りを交えて語っている。
「――いやもう現場に着いたとき、行商人のルーミルさんの姿もなくてさー、もうどうしようか困ってたんだよ。ラッチェルちゃんもワンワン泣いちゃってたしさー」
俺は頭を抱えて諦めの表情を見せる。
「すると突然、見たことある冒険者たちがババンと森から登場!」
驚いて振り返った。
「あ……あなたは冒険者パーティー『ホンノウジ』のリーダー『ノブナガ』さんじゃ、あ~りませんか!」
この説明的な台詞に聴衆は「おおー」という声が上がる。
話を聞いていた中には冒険者もいて、噂の冒険者集団の名前に反応した。
「本当に彼らだったのか?」
「うむ!」
大げさに頷く。
「で、行商人が襲われて追われてるって話をしてな、助けてくれないかと頼もうと思ったんだけど……見たら手持ちが小銭しかなくてな……」
革袋から小銭を取り出して、右手の上に数枚乗せている仕草をする。
「だから『解決したら金は払うがどうだろう……』と持ちかけたんだ」
すごく悲しそうな顔を見せる。
「そしたら彼は右手で小銭をガッと取ると――」
左手を腰に当て、右手で小銭を取る素振りをし、掌で小銭をチャッチャッと軽く宙に浮かせる動作。
そして小銭をギュッと握りしめ、拳を一瞥したあと俺に向き、決め台詞を吐いた――
「――『これでいい』と」
「おおー!!」
「俺は思わず『ホントに!?』彼に聞き返すと、彼はゆっくり頷いてそれで引き受けてくれたのだ」
大げさに懇願する顔、とても驚く顔、そして喜ぶ顔と、次々に表情を変えて演技をする。
すると聴衆は、目を爛々と輝かせて話に聴き入る。
「俺はそのときこう思ったね――『かっこいいなー、あこがれちゃうなー』ってね」
俺が勇者様でも見るような顔つきをすると、聴衆も「うんうん」と頷く。
颯爽と森の中へ消えてくと、十数分後にルーミルさんを連れて戻ってきた。
そしてラッチェルとルーミルの感動の対面……ラッチェルが泣きながら飛び出してくる様を熱演し、2人がガシッと抱き合う素振りを見せる。
泣き真似をしながら「思わず俺も泣いちゃいました……」と語る。
みんなもウルッとしながら「よかった」と感動している。
「そして荷物を奪われてしまった話をしたら、『それも取り戻してこよう……拠点の位置は判明している』と言ってな――」
聴衆は、盛り上がってまいりましたとばかりに俺をじぃーっと注目している。
「俺が『ホントですか?』と聞くと、彼は『是非もなし』って答えてくれたんだよ」
そう言ってサムズアップの仕草をしてみせる。
すると聴衆の1人が質問する。
「『ゼヒモナシ』ってどういう意味なんだ?」
「んー『大丈夫だ、問題ない!』って意味だな」
「なるほどー」
聴衆のみんなはお互いを見まわしながら、サムズアップの真似事をして「ゼヒモナシ」って言い合った。
そのあとは拠点までついて行き、冒険者たちが活躍するさまを「バーン ドーン ガキーン」みたいな効果音を交えて嘘八百の立ち回りを演じると、聴衆はやんややんやの大盛り上がり。
最後、俺に女性たちを預けて「じゃあ我々はこれで……」と手を挙げて去るふりをし、聴衆を満足させて話を終えた。
いくつか冒険者集団について質問をされるが、適当に容姿や風貌をでっち上げる。
大河ドラマやゲームキャラでもお馴染みだしな。
そしてこの冒険譚を人に聞かれるたびにしたので、数日のうちに盗賊団の討伐の内容はこれで確定した。
聴衆が去ったあと、俺は思わずニヤリと笑う――『計画通り』と。
演説が終わって机に戻ると、リリーさんが呆れ顔でそばに来る。
「また大きく話をでっち上げましたねー」
「ちょ、人聞きの悪い! 事実を述べてるんですよ!」
とぼけて彼女を見上げると、みんなはクスクスと笑う。
ガランドが指でトントン机を叩きながら、話の筋に文句を言う。
「でも今回の話はだいぶ無理があるんじゃないか?」
「いやーまあー……そうなんだけどねー」
腕組みしながら背もたれによっかかる。
調子に乗って話を盛ったせいで、辻褄が合わないところが結構ある。
報酬がめちゃくちゃ少なかったり、盗賊団のアジトをなぜか知っていたり……。
そもそもいきなり森から登場ってのが胡散臭すぎる。都合よすぎにも程があるしな。
とはいえ実はあまり気にしていない。
「まあでもバレないよ」
「どうしてです?」
「話が面白いから」
「えっ!?」
リリーさんが小首を傾げる。
「人はつまらない事実なんか聞きたくないんだよ」
日本でも有名な話の1つに『水戸黄門』がある。
徳川光圀という徳川家の大名が、諸国漫遊して各地の悪事を成敗するという大人気ドラマだ。
ところが実は『諸国漫遊なんかしてないよ』ということらしい。史実の記録がないからだ。
だがそれが何だというのだ……。
お供を連れて、正体隠して諸国を旅し、最後に印籠ババンとだして成敗する……それがみんな大好きで観たいのだ。
事実はこうだったんだよ……なんて話はいらないし誰も聞かない。
みんな信じたい話を信じるのだ。
「ギルド職員が盗賊団を壊滅させたなんて誰も信じないし聞かないよ。かっこいい冒険者が倒してこその話さ」
満足気な笑みをリリーさんに見せる。
「しかし皆殺しですか……容赦ないなー」
盗賊団全員死亡という内容にロックマンは苦笑い。
「いやいやいやいやしてないしてない! 結果的に建物が壊れて下敷きになっただけ! 偶然……ぐうぜん建物の強度が弱くて崩れたんですよ!」
「ふぅうん……」
誰も信じちゃいない……まあいっか。
俺がした行為はどう考えても大量殺人だ。たとえ相手が盗賊団といえどもだ。
ギルドに帰ったら白い目で見られるかとすごく不安だったが、みんなの態度は変わらなかった。
それが本当に嬉しかった。
「ラッチェルちゃんを襲った連中なんて死ねばいいんです……」
「お…おう」
ラーナさんの思わぬ怒りに、席が近いレスリーが思わずビビる。
ルーミル救助後のラーナさんの怒りはすさまじかったという。あとで聞いた俺は、普段のおっとりからは考えられないギャップに驚いた。
その様子に俺のしたことは間違ってなかったのかな……と自己肯定する。
無法者にかける情けなどないのだ。
「それにしてもこの界隈で盗賊団が出るって話、聞かなかったんですけど……」
振り返って主任に尋ねると、あまり詳しくはないが……と前置きして実情を語ってくれた。
行商人が襲われる場合、大抵は金品を出せば見逃してもらえる。盗られて終いってのがほとんどで、殺すまではあまりしない。
彼らも襲われる可能性は考慮しているので、不慣れな行程や規模によっては冒険者を雇うなどの自衛策は講じる。
今回、ルーミルが矢で射られたのは猫人だったからだろう。
普通に襲っても逃げられると踏んだのではないか……実際逃げられているし。
それに殺しても、人間でないなら気に留められないとの考えもあったのかもしれない。
また、大規模な盗賊団だと、村を襲撃して強奪をする。
ところが、村も皆殺しを恐れて、その事実を隠すことがあるという。
たとえると『暴力団に村全体がみかじめ料を納めて見逃してもらっている』みたいなものだ。
領主による治安維持は小さな村まで行き届かないのも理由だ。
今回発覚がなかったのもその手合いか、衛兵に賄賂を渡して握りつぶさせてたか、領主が発覚を恐れて情報を隠蔽してたなど、いろいろあるので一概にはわからない。
「気づかれないだけで結構被害はありそうですね」
「そうですね……」
日本みたいに警察がいない世界での現状を改めて理解した。
◆ ◆ ◆
夜、自室にて一服。
今回の盗賊団殲滅で活用した魔法について少し考えてみる。
今回追跡にて初めて活用した『隠蔽の魔法』は、想像してた以上にすごい。
捜索に来た3人が目の前を通り過ぎても気づかれないうえに、何とこれ……『追跡中の足音が消されている』のだ。
葉っぱとか小枝を踏んでも音がしなかったのだ。
一瞬耳疑っちゃったよ……。
「これ天井裏でミシッて音させて『何奴!?』って槍で突かれるパターンが起きないな」
時代劇お約束シーンのフラグへし折る魔法である。
さらにすごいのが『足跡が残らない』こと。森で葉っぱを踏みしめようが、水に濡れた場所を歩こうが何も変化しない。
物理的にはありえない。
おそらく残り香みたいなイメージで、魔法の効果がその場にしばらく影響を及ぼすのだと思われる。
そして6人を狙撃した《中石発射》、人影が視界内に入って使用したのだが、威力的にはもっと距離が取れる。
だが数百メートルも離れると敵は全く見えない。ほとんど点だ。
ところが実は、この前買った『身体強化術』の本に、スコープみたいに視力を強化する技がある。
もう狙撃にバッチこいじゃん……と思うのだが、今は使えない。
――使った途端、激しい頭痛に見舞われるのだ。
決して使えない技ではない。
おそらく筋トレと一緒で、鍛えないと使えるようにならない技だと思う。
今回のことで、急いで習得する必要を感じた。
それと建物ごと盗賊ぶっ潰した《大石発射》、これは威力は砲撃そのものですごいのだが、素材がいまだに石だ。
できれば素材の変更――たとえば『鉄』などにできないのかを探す必要がある。
あの魔獣、サイ野郎に華麗に弾かれたしな。
素材や形状の変更もできないのかも調べる必要がある。
「あれ他の魔法士できんのかな?」
おそらく創造主の指輪だからできてるのだと思う。『初級魔法読本』には威力云々の記述はない。
防衛隊のクールミンとかに教えたら撃てるのだろうか……。
「いや……教えたらダメだよなこれ」
これからもバレないように運用していく必要がある。
一服し終えて窓を閉める。
盗賊団を壊滅させ、ルーミルもラッチェルも無事だったことを喜びつつ、眠りについた。
◆ ◆ ◆
この日、ある一都市が大災害に見舞われていた。
「ギャハハハ―――ッ! アハッ!アハハッ!」
マルゼン王国の遥か北東、ダイラント帝国のさらに東に位置する地域にある都市だ。
かつてそこらは人の領域であったが、大昔の戦争で追いやられ、今は魔族領となっている。
そこにある魔族の一都市が、大型の魔物に襲われていた――
体長20メートルほどもある黒褐色のドラゴン。
「ああああ面白ぇ~! 燃えろ燃えろ! そして潰れろ潰れろぉ! ギャハハハ!」
飛んで火を噴き、降りて建物を踏みつけ、尻尾をブン回して瓦礫を吹き飛ばす。
そしてありとあらゆるものを破壊する。
魔族も反撃を試みるが、魔法や投擲などは毛ほども効かず、ドラゴンに蹂躙されるがままだ。
一刻も経たない時間で街の大半を破壊された。
動く魔族が見えなくなって気が晴れたのか、首を左右に振ったのち一吠えして南の空へ去っていく。
「ああああ楽しいなぁ~~~!」
長らく居留地に籠っていたドラゴンが、気晴らしに外界へ出てきた。
運の悪いことに飛んだ先にあったその都市が一番目の被害にあったのだ。
だが襲われたのが魔族領の出来事であったため、この事実が人間の耳に入ることはなかった。