80話
今回は17話で瑞樹の事情聴取で登場した、防衛隊のカートン隊長の視点。
それと街の噂の第三者視点です。
防衛隊第一小隊隊長カートンは、フランタ市内の巡回を終えて本部へ戻る。
するとそこへ第三小隊の隊員からの一報が入る。
『猫人行商人が盗賊に襲われて重傷を負った』
今日は珍しく事件事故がなくて平穏に済みそうだと思っていた矢先にこれだ……。
少しため息をつく。
逃げてきたのは連れの子供だけで、当の行商人は森へ逃走して行方不明とのこと。
第三小隊のガットミル隊長が、街道の警備と各村への調査に人手を出したと聞き、わかったと返事をする。
彼なら適切に対応するだろう。
行商人の安否を気遣いながら、残っている書類業務を片付け始める。
森へ逃げるしかなかったのだろうが、防衛隊から捜索を出すのは難しい。うまく逃れられればいいが……。
仕事柄、この手の報告は聞きなれていたため、今回の件も特に注目することはなかった。
もしこのとき『ティアラ冒険者ギルドの職員、御手洗瑞樹が探索に出ている』の一言があったら、間違いなく反応は違っただろう。
そして日が沈んだ頃に、襲われた猫人行商人が救出された。
そのままティアラ冒険者ギルドへ送り届けられたが、その事実が本部に知らされたのは次の日だった。
翌日、市内の巡回中に衝撃の報告が届く。
『冒険者パーティーが盗賊団を壊滅させて人質の女性5名を救出した』
という内容だ。
自分の管轄ではないが、カートンは防衛隊全体の大隊長的な立場でもある。
急ぎ本部に戻り、自分の隊長机にドカッと座ると報告を聞く。
『昨日のうちに猫人行商人は救出されていた』
『盗賊団の拠点から人質の女性5名が救出された』
『救出と盗賊団壊滅は、とある冒険者集団によるもの』
というものだった。
その突拍子もない内容にカートンは呆然とする。
と同時にいくつかの疑問が湧く。
「なぜ昨日、行商人が救出されたことが本部に知らされない!」
「無傷で無事保護されたので緊急性はないと……今日の報告になったとのことです」
「無傷? 昨日は重傷って聞いたぞ!」
「はあ……」
「はあって何だっ!」
隊員の態度にイラつく。
「すみません! あの……重傷だったのは事実らしいんですが、その……」
「何だ!」
「まだきちんと事情聴取はしてないそうなので、詳細まではわかりません」
「ガットミルは何してたんだ!」
「それが、ティアラの女性職員に追い返されたそうで……」
一瞬、聞き間違いかと耳を疑う。
「……ティアラ? 冒険者ギルドのティアラか。なんでティアラがそこで出てくる!?」
「それが、ティアラに連れて行くように指示されたということで」
「誰に?」
「そこの職員です」
「誰だ」
「えっと……すみません。名前までは……」
隊長の威圧に萎縮する。
彼は本部の隊員で、第三の隊員から報告を受けただけ。
そして本部に報告に来た第三の隊員も、救出されたことを報告に行くように言われただけの隊員、細かい内容までは知らされていない。
カートンはティアラの名前を聞き、何やら胸に引っかかるものを感じる。
「その救出された女性たちはどうした? ティアラか?」
「いえ、教会の治療院に送られました」
「……ひどい状態なのか」
「いえ、全員大した怪我もなかったそうです」
その報告にまた違和感を覚える。
盗賊団に人質にされていて大した怪我もないという……そんなことあるのか?
今までの自分の経験では救出された女性は大抵、殴る蹴るの暴行を受けている。
聴取はまだと聞くと、自分がすると治療院へ向かった。
そして人質になっていた女性たちと面会する。
1人衰弱しているので、しばらく治療院で養生することになったという。
話を聞きたい旨を告げると、エレノアが代表して対応する。
「……つまりあなたたちは盗賊団がどうなったか全然見ていないわけですか?」
「はい。私たちはずっと一室に閉じ込められてたので何も……」
「救出は誰が?」
「よくわかりません。おそらく冒険者の方だと思うのですが……話はティアラの職員の方としかしてないので」
「ティアラの職員はなんでそこに?」
「知りません。何も聞いてませんので……」
ふとある人物の名前が浮かぶ。
「その職員の名前は?」
「御手洗瑞樹さんとおっしゃってました」
違和感の正体はこれだ!
街で冒険者に襲撃を受け、返り討ちにしたあいつだ。
「あなたたちの治療は誰が?」
「よく覚えてませんが女性だったと思います」
「ティアラの職員ではなくて?」
「はい」
やはりひどい暴行を受けていた。だが救出に来た冒険者の女性に治療してもらったという。
他の3人もそうだと頷き、1人は寝ていたので知らないと首を振る。
これ以上聞いても無駄だと聴取を切り上げた。
治療院を出ると、ちょうどガットミル隊長と遭遇する。
彼はカートン隊長がいることに驚き、自分が女性たちを聴取して報告するつもりだったと告げる。
それはもう済んだと告げ、それより行商人の件を問いただす。
「なぜ昨日救出を報告しない?」
「無事保護しましたので報告は明日でよいかと」
ガットミルの言葉に眉をひそめる。
無事保護できたのなら問題はないが、報告ぐらい入れるべきではないか……。
まあいい、それよりもあいつだ。
「なぜティアラに?」
「あーそう指示されたと」
「御手洗瑞樹か」
「そうです」
「彼は?」
「今はギルドに戻っていると思います」
カートンは少し腹立たしく思っている。
別にガットミルが悪いわけではない。ただ御手洗瑞樹の名前が出てきたことが気に入らないのだ。
彼は自分が聴取に行くとガットミルに告げるとティアラに向かった。
ティアラに入ると、受付の女性陣が露骨に嫌な顔を見せる。
それに一瞬気圧される……だが仕事だ。
「猫人親子は?」と聞くと、「もう帰路に就いている」と告げられ唖然とする。
すると御手洗瑞樹が顔を見せる。そして「話は私に聞けばいいでしょ」と談話室へ案内された。
十数分の聴取……だがたいした情報は得られなかった。
『偶然冒険者パーティーに遭遇した』
『彼らに依頼して救出してもらった』
『拠点を殲滅して女性を保護したので連れていってほしいと頼まれた』
『彼らは他の用件があるといって去っていった』
という話を大げさに、とても感動的な出来事として語るだけ。あとは見てない知らないの一点張り。
その言い草はとてもうさん臭い。
だが目撃したという人物が証言しているのだ。他に何もない以上言い分を信じるしかなかった。
◆ ◆ ◆
ルーミルとラッチェルは救出された次の日、帰路に就く。
瑞樹と再会したあと、お互いの無事を確認し喜んだ。
「……なあ父ちゃん、兄ちゃんはなんで自分が助けたって言わないの?」
「んーいろいろ事情があるんだろう」
ルーミルとラッチェルは、救出後に瑞樹からあるお願いをされる。
助けたのは俺ではなく、ある冒険者パーティーがしたことにしてほしいという。
ルーミルは何となく事情を察して了承する。
というか死にかけていたので何も知らない……自分が教えてほしいと笑った。
2人がティアラに到着すると、女性たちは嬉し涙を流して生還を喜んだ。
ところがガットミル隊長が話が聞きたいと告げると猛然と反発。襲われて大変だったのに聴取とは何事だ……と叩き出す。
特にラーナの剣幕は凄まじく、ギルド長が驚いて部屋から顔を出したほどだ。
そして次の日の朝、瑞樹が帰還。2人と顔を合わせて喜び合う。
そしてあとは自分に任せてと、早々に送り出してくれたのだ。
「私たちは瑞樹さんに助けてもらったわけだし、彼がそういう話にしてって言うんだからそうしなきゃダメだ」
「だって兄ちゃんすげえ強いのに……」
ラッチェルは納得がいかなくてつまんない。
「彼も言ってただろ? 『ラッチェルと兄ちゃんの秘密な』って。誰も知らない秘密だぞ? 羨ましいじゃないか」
2人だけの秘密って言われるとまんざらでもないかな……そう思うと少しは気が紛れた。
「今度会った時にでも聞けばいいじゃないか。な?」
「……わかった」
ラッチェルは別れ際に貰った『折り鶴』を鞄から出して眺める。
「帰ったら部屋に飾ろうな」
「うん」
ルーミルは、自分もラッチェルも無事で本当によかったと彼に感謝していた。
◆ ◆ ◆
盗賊団を潰した5日後、フランタ市のあちこちで噂が飛び交っていた。
「なあ聞いたか? 例の連中の噂」
「ああ聞いた聞いた。盗賊団壊滅の話だろ?」
討伐専門のヨムヨム冒険者ギルドで、冒険者たちが噂話で盛り上がっていた。
5日前にある行商人が盗賊に襲われた。
だが運よく冒険者パーティーが現れ、行商人を救出し、ついでに盗賊団を拠点ごと殲滅した。
しかも拠点には女性が囚われていて、見事全員助け出したという。
冒険者の武勇伝としては羨ましいかぎりだ。
そしてその連中というのがなんと、先のグレートエラスモスの討伐で話題になった所属不明の冒険者集団――『ホンノウジ』というのだ。
気にならないはずがなかった。
「でもよーなんでそいつらなんだ?」
「それが何か……ティアラの職員が行商人の娘と捜索中に偶然出会ったんだと。でその場で依頼して受けてもらったってことらしい」
「誰から聞いたんだよその話?」
「いや……本人が広場で話してたぞ」
「ホントかよ……」
救出の数日後、冒険者と防衛隊の有志で盗賊団の拠点の現場検証が行われた。
案内はもちろん、ティアラの御手洗瑞樹。
猫人行商人の救出と、人質の女性たちの保護に立ち会ったギルド職員だ。
彼は遺跡を案内しながら、現場で見ていた状況をつぶさに証言する。
そして街へ帰ったあと、広場で冒険者パーティーの話を大げさに披露しまくった。
その結果、その話が真実になった。
護衛専門のアーレンシア商業組合でも噂で持ちきり、輸送から帰ってきた商人や冒険者たちが、仕入れた情報を交換し合っている。
「何でもレミンドールで悪事を働いてた連中らしい」
「女性が見つかって村が襲われてた事実が明らかになったって騒動になってた。村自体が脅迫されてたとかでな」
レミンドール領はマルゼン王国に属する一領で、フランタン領の西方に位置する。
盗賊団は主にそちらで活動していた。
街道で行商人が襲われる事件も結構発生していたが、取り締まりがぜい弱で、盗賊団のやりたい放題だったという。
「で、その襲われた行商人って猫人なんだって? 無事だったのか?」
「ああ。何でも救助した冒険者パーティーに凄腕の聖職者がいたんだそうだ」
「おーそれは何よりだったな!」
その上、安い報酬だったという情報に、商隊連中は興味を引かれていた。
「えっ? 盗賊団殲滅の報酬ってその場で払える程度の額なのか?」
「いやー詳しくは知らんがその場で即決してくれたそうだ」
「本当かよ! 俺たちもそのパーティーに護衛を依頼したいもんだなー」
「まったくだな!」
そして数日後にはティアラに問い合わせが殺到することになる。
この話はマグネル商会の耳にも入る。
ファーモス会長はカルミスから話を聞き、2人してにやにやと笑う。
会長は「わかった」と告げ、カルミスは下がった。
2人とも口にはしないがわかっている――盗賊団を壊滅させたのは御手洗瑞樹だと。
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